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手が離せないお料理

手が離せない忙しい日々にお料理を。

僕はフランスパンが好きだ。

高校時代、土曜日の午前中に授業が終わると
1時間ぐらいかけて、練習グラウンドに向かう。

三条京阪でバスに乗り換える。

そこに京都のパン屋、SIZUYAがあるのだ。

カルネと明太子フランスパンは必ず買って
バスの中でモグついていた。

当時はあの食べ応えが
高校生の尽きない食欲を満たしていく。

硬いパンを噛んで噛んでモシャモシャ。

口が明太子臭いと言われても
モシャモシャなしに練習は頑張れない。

だからフランスパンは硬い方がいい。

僕の思い込みはある料理のおかげでふやけた。

ある日、食卓に異常に熱を発している
大きめのマグカップが並べられた。

フランスパンがスープの上に乗っている。

「ふやけていいのは、お麩だけだ。」と心の声。

スプーンでフランスパンをほぐしてみる。

ガーリックとチーズの香りが伝わってくる。

そのまま食べた方が美味しいんじゃないか。

スープは熱々。マグカップが持てないほどに。

下に潜んでいるオニオンスープと一緒に
フランスパンをスプーンで掬う。

お口に放り込む。

熱い。スプーンの柄尻に歯がカチッと当たった。

辛くもない。甘いわけでもないのだ。

ヒガンバナ科の仲良しさん。
性格は違えど、阿吽の呼吸だ。

ピリッとしたガーリックがガツンと口に広がるが
甘いオニオンが味をマイルドに仕立て上げる。

スープとパンはするりと流れ込むと思いきや
自身の歯がそれを許さない。

噛み締めて、噛み締めて。

ただ、モシャモシャはフヤフヤに。

フランスパンが自慢げに味を染み出してくる。
私が新感覚パンなのだ!と主張してくるような。

パンで身体が温まるといった感覚は
経験したことがなかった。

良いじゃないか。新感覚は好きだ。

二切れのパンをザクザクとスプーンでほぐしては
オニオンスープと一緒に流し込む。

スプーンを噛むカチっと音はリズム良く。

「さよなら。」

ガーリックフランスは行った。

「ここからだよ。」

マグカップから聞こえてきた。

パンの油とガーリックが凝縮されたヤツが
キラキラ光りながら、僕を見上げていた。

旨味たっぷりのオニオンスープである。

マグカップの熱さは少し抑えられていて
右手で持ち手を左手でカップを抑えて
旨味が凝縮されたスープをじっくり飲んでいく。

じっくり、コトコト。

胃袋も次第に熱くなってくる。

ふいー。完飲。

一度で二度美味しい。

新感覚パン料理から鉄板スープ料理に様変わり。

実は、飲んで終わりじゃないのだ。

未だに身体の内側とマグカップは温かい。

マグカップを45度、右に回す。

今度は両手でマグカップに触れ続ける。

心がふやけていくような。

僕はこの料理で一番好きな時間は
飲み終わった後の余韻である。

飲んだ後は暫く身体がポカポカしている。
マグカップには手が離せない温かみ。

手が離せない忙しい日々。
たまには手が離せないお料理を楽しむのは如何?


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