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脚本「ネクタイ屋」

ネクタイ屋: いらっしゃいませ。
客: すいません、ここネクタイ屋さんですよね。
ネクタイ屋: ええ。主にネクタイに関するサービスをさせていただきます。
客: そうですか。あの〜このネクタイなんですけど、修繕とかってやってもらえますか?
ネクタイ屋: すみません。当店そのようなサービスは行ってなくて。
客: そうですか。じゃあせっかくなんで、予備の新しいネクタイ買います。あれ?
ネクタイ屋: どうされましたか?
客: ここネクタイ屋ですよね?
ネクタイ屋: ええ。
客: 見た感じネクタイが売ってないように見えるのですが。
ネクタイ屋: ええ。当店ネクタイの販売は行っていません。
客: え?じゃあネクタイ屋じゃなくないですか?
ネクタイ屋: いいえ。
客: じゃあ何をやってるんですか?
ネクタイ屋: そうですね・・・当店はネクタイを締めるサービスを中心に提供しております。
客: ネクタイを締めるサービス?
ネクタイ屋: 一つお伺いしますが、お客様はネクタイをご自分でお締めになりますか?
客: いいえ。大卒なんで。
ネクタイ屋: そうなんですよ。近年の若者は自分でネクタイを絞められない方が非常に多いんです。
客: そうなんですか?
ネクタイ屋: 私服生活の大学4年間、制服廃止の高校、ブレザーはあるけどネクタイはない中学校。
客: 確かに僕の学校もそうでした!
ネクタイ屋: そんな大人の事情でネクタイと縁の無い人生を送ってきた若者は大学を卒業したらスーツに身を包んで社会に出なくてはならない。
客: あれには参りました。
ネクタイ屋: 私たちは、そういう困った若者のニーズに応えるために当店をオープンいたしました。
客: なるほど〜。いや言われてみればそうですよね!いつまでも母親に結んでもらうわけにもいかないですよね〜。
ネクタイ屋: 仰る通りです。着物、ウエディングドレス、袴、大切な衣装は専門の人に診てもらいますよね?
客: ですね!考えたらスーツだけ違うのはおかしいですよね。
ネクタイ屋: わかっていただけて嬉しいです。

ネクタイ屋: 本日はどうなさいますか?
客: そうですね〜。ネクタイの修繕は無理なんですよね。
ネクタイ屋: 申し訳ありません。
客: でも、せっかくだからちょっと利用してみようかな。
ネクタイ屋: ありがとうございます。

ネクタイ屋: こちらが当店のサービスの一覧表となっています。
客: どうも。へえ。結構種類があるんですね。
ネクタイ屋: サービスの豊富さも当店の自慢でございます。

・スタンダードコース
・ダーリンコース
・「俺の妹が最近やけに距離が近いんだが」コース
・おふくろさんコース
・「普段は何も語らないクソオヤジが今日に限っては頼もしく見えた」コース

客: このスタンダードコースが一番普通のやつなんですか?
ネクタイ屋: ええ、出勤前などに当店にお越しいただき、ネクタイを締めるお手伝いをさせていただきます。
客: これって¥19,800〜ってなってますけど実際はどうなんですか?
ネクタイ屋: そちらはですね、ご利用の期間によって変わってきまして。
客: 期間ですか?
ネクタイ屋: 基本的には1ヶ月間の契約となってます。1ヶ月の月曜日から金曜日ですね。土日祝日は含まれておりません。
客: 平日のみこちらでネクタイを締めていただけると?
ネクタイ屋: そうなりますね。
客: なるほど。でも土日祝日に出勤をしなくてはならない日もあると思うんですよね。
ネクタイ屋: そのような時は+¥2,980で年末年始以外の全ての日はご利用いただけるように変更できます。
客: そうですか。安心しました。

客: このダーリンコースは何なんですか?
ネクタイ屋: こちらですね。
客: 普通プレミアムコースとかだと思うんですけども。
ネクタイ屋: こちらのダーリンコースはプレミアムコースの一つでして、スタンダードコースよりもより満足度の高いサービスを提供させていただきます。
客: 具体的には?
ネクタイ屋: こちらのダーリンコースはですね、結婚したての夫婦という設定を用意いたしまして、とても甘〜いシチュエーションを体感していただけます。
客: それは良いですね。でもちょっとイメージが湧きづらいというか。
ネクタイ屋: お試しなさいますか?
客: できるんですか?
ネクタイ屋: ええ、せっかくお越しいただいたので、普段は¥3,9800一月単位での契約なのですが、1日契約で・・・1283円ですが、今日は1200円でお試しいただけます。
客: それは嬉しいですね。ぜひ、お願いします。
ネクタイ屋: かしこまりました。

ネクタイ屋: 一ノ瀬さん!
客: はい。今参ります。

ネクタイ屋: ではこちらに立っていただいて。あ、こちらのネクタイはオプションとなってますので後ほど¥700頂戴いたします。

ネクタイ屋: こちら当店にてプレミアムコースを担当する一ノ瀬です。
一ノ瀬: 一ノ瀬です。お願いします。
客: あ、はい。
ネクタイ屋: じゃあ、ダーリンコースのお試しで。

ネクタイ屋: こちらに食卓テーブルがあるので、ここがスタート地点になります。
客: わかりました。

ネクタイ屋: ではどうぞ。

一ノ瀬: あら、もう食べ終わったのね?よっぽどお腹が空いてたのかしら?
客: 君の料理が美味いからだよ。
一ノ瀬: いやだもう〜。
客: そろそろ行かなきゃ。
一ノ瀬: え〜もう行っちゃうの〜。
客: 今日は朝から会議なんだ。

一ノ瀬: 何時ごろ帰ってらっしゃるの?
客: 7時には戻るよ。
一ノ瀬: そう。行ってらっしゃい。
客: 行ってくる。

客: あら、またネクタイそんな風にしちゃって。こっち来て。

一ノ瀬: これでヨシッ。いってらっしゃい。ダーリンッ。

ネクタイ屋: はいどうでしょう?
客: いいですね!
ネクタイ屋: でしょう?

ネクタイ屋: こちらになさいますか?
客: う〜ん。もうちょっと他も見たいんですよね。気になっちゃって。
ネクタイ屋: かしこまりました。どうぞ。(メニューを渡す)
客: ありがとうございます。この「おふくろさんコース」というのはお母さんに結んでもらえるんですか?
ネクタイ屋: いえ、そちらは森進一になります。
客: やっぱりそうですよね。あれ?「普段は何も語らないクソオヤジが今日に限っては頼もしく見えた」コースは他のプレミアムよりも若干値段が高いですね?
ネクタイ屋: そちら、両親がセットとなりますので、プラスで高くなっております。
客: なるほどね〜。
ネクタイ屋: お試しなさいますか?
客: うーん・・・どうしようかなぁ。
ネクタイ屋: 当店で最も高価なサービスとなってます。
客: そういわれるとねぇ。やっちゃおうかなぁ。
ネクタイ屋: かしこまりました。こちら1ヶ月につき¥45,000ですので、お試しは1451円となりますが、特別に¥1,400にさせていただきます。
客: ありがとうございます。
ネクタイ屋: ではこちらへ。

一ノ瀬: 芳樹、今日から新社会人ね。
客: うん。母さん。
一ノ瀬: 早いわね。
客: そうかな。
一ノ瀬: この間までこんなんだったのにね。
客: また昔話かい。
一ノ瀬: これからは自分1人でで歩いて行かなくちゃならないのよ。社会はね、自由だけどその分責任もつきものなの。ね?あなた?

(ネクタイ屋、新聞を読む)

一ノ瀬: この人ったら、今日くらい無愛想なのはやめたら?
ネクタイ屋: やかましい。全く。1人でデカくなったようなツラしやがって。
一ノ瀬: 相変わらずね。ネクタイちゃんと締めれるの?
客: え?うん。ほら?
一ノ瀬: ダメよそれじゃあ。ここをちゃんと、え?あなた?

(父(ネクタイ屋)、無愛想に芳樹のネクタイを締めてやる)

客: オヤジ。
ネクタイ屋: さっさと行っちまえ。馬鹿野郎が。
一ノ瀬: 素直じゃないわね。
客: オヤジ。母さん。行ってくるよ。
ネクタイ屋: 待てっ。

(父、何かを芳樹に投げる。芳樹、それをキャッチする。)

客: これは・・・?オヤジのトラクターの鍵。
ネクタイ屋: ここから歩いて行く気か馬鹿野郎が。

客: 行ってくるぜ!クソオヤジ!お袋泣かすなよー!

ネクタイ屋: はいどうでしょう?
客: うーん。どうですかねぇ。
ネクタイ屋: あまり満足していただけませんでしたか?
客: いや〜。なんだろうな。そういうのじゃないんですよね〜。やっぱりさっきのダーリンコース経験しちゃうとなぁ〜。
ネクタイ屋: そうですか。おふくろさんコースはいかがですか?
客: それは結構です。
ネクタイ屋: なるほど。男は要らないと。
客: 要らないですね。というか馬鹿野郎呼ばわりされてるのもなぁ。
ネクタイ屋: 申し訳ありません。

客: この「俺の妹が最近やけに距離が近いんだが」コースってのはどんなやつですかね。
ネクタイ屋: それはもう、タイトル通りです。
客: このラノベっぽい感じですか?
ネクタイ屋: ええ。
客: 妹モノか〜。ちょっと試していいですかね。
ネクタイ屋: かしこまりました。こちらはお試し料結構ですので。
客: いいんですか?
ネクタイ屋: ええ。サービスとさせていただきます。
客: それは嬉しいなぁ。
ネクタイ屋: ではこちらへ。

客: ごちそうさま。
一ノ瀬: あ、アニキ。私のも重ねといて。
客: ったくお前はさ、これくらい自分でやれよ。
一ノ瀬: 昨日の体育で疲れてるの。
客: どうせ仮病使ってんだろ。

一ノ瀬: あ、インターホン鳴ってるよ。黒川くーんだって。女子高生かっつーの。
客: それはお前だろ。ちょっと待っててね〜。

一ノ瀬: フーン。今日もあのブスとデート?
客: 違うよ。一緒に会社行くだけだって。ブスとかいうなよな。
一ノ瀬: あんな尻だけでかい女のどこがいいんだか。
一ノ瀬: ってかアニキってホント女の趣味悪いよね〜。
客: それ以上言うとマジで怒るぞ。

一ノ瀬: ねえアニキ。私さ、昨日告られちゃったんだ。客: へぇ、誰に?
一ノ瀬: 一つ上の部活の先輩。
客: 良かったじゃん。イケメン?
一ノ瀬: まぁ後輩には結構モテてるかな。
客: それは良かったな。
一ノ瀬: (それが聞きたいわけじゃないの。)(小声)
客: なんか言った?
一ノ瀬: 別に〜。

一ノ瀬: ほら、ネクタイ曲がってる。

一ノ瀬: ちょっと。

(ネクタイを締めてやる)

一ノ瀬: あーあ。こんなアニキを持って私ってなんて不幸なんだろ。
客: うるさいな。

一ノ瀬: いってこいよ。バカアニキッ。

ネクタイ屋: はいどうですか?
客: ヤバいです。これ全国の男子の夢ですよ。
ネクタイ屋: こちらになさいますか。
客: ちょっと決めちゃおうかな〜。いやでもね、ダーリンコースもいいしな〜。あの〜、プレミアムで組み合わせて利用とかできないですかね?
ネクタイ屋: 組み合わせですか?
客: 例えば何曜日は〇〇コースみたいな。
ネクタイ屋: それでしたらこちらのランダムコースが宜しいかと。
客: ランダムですか?
ネクタイ屋: はい。プレミアムコースから毎日ランダムでサービスをさせていただきます。
客: それには妹もダーリンコースも入ってるんですか?
ネクタイ屋: ええ。
客: いいかもな〜。でもランダムって選べないんですか?
ネクタイ屋: そうですね。こちらのQRから友達登録をしていただいて、アプリ上のクジを引いていただきます。そして出た目のサービスを当店で受けていただきます。
客: それってクソオヤジも入ってますよね。
ネクタイ屋: ええ。ダーリンコース、妹コース、おふくろさんコース、クソオヤジコースからのランダムとなります。
客: 後ろ二つ引いたら来ない可能性ありますけどもね。
ネクタイ屋: その場合当日のキャンセル料も発生いたしますので。
客: じゃあナシだな〜。

客: でもね、いつまでもサービスを利用するわけにもいかないですよね。
ネクタイ屋: そうでしょうか。
客: 毎月数万のお金をネクタイを結んでもらうのに払うのはね〜。
ネクタイ屋: 大丈夫ですよ。金銭的に困ればスタンダードコースもありますし。
客: いや〜プレミアム体験したらもう戻れませんよね〜。
ネクタイ屋: そうですか。

客: 決めました!
ネクタイ屋: はい?

(客、一ノ瀬の方へ力強く歩いていく。)

一ノ瀬: なんでしょう?

客: 僕決めました!一ノ瀬さん!結婚して下さい!
一ノ瀬: あ、ムリです。

えんど


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