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『世界はラテン語でできている』(ラテン語さん・SBクリエイティブ)

twitter.comで見かけてフォローし、ラテン語を中心とした古代語にまつわる話を日々堪能してきた。誠実な姿勢に好感がもて、またもちろんその専門的な見識に教えられることが多かった。そうした声がひとつの本になる、というので期待した。いろいろあって即購入とは動けなかったが、セールの表示を見て、すぐに動いた。電子書籍で入手した。
 
twitter.comとは異なり、ある程度ボリュームのある記述となるのと、まとまった内容で展開する必要があったと思われるが、概ね一口知識を並べるというスタイルに近いと思った。だからどこから読んでもよいのだろうが、そこはやはり最初から読み進むのが適切だろうと思われる。
 
最初の章は、「ラテン語と世界史」と題し、歴史にまつわるラテン語が集められている。最初のhistoryとstoryは、時折知識人でも引っかかるものであり、his storyからできている、などと語る教授もいないではない。もちろんそうではない。詳述は、本書をお開き戴きたい。日頃短い文で要点を伝えている著者なので、要点を簡潔に示すのは流石に巧い。関連知識を周囲に引き寄せると、簡潔にして広範囲の知識を見せることができるメリットがあると思うが、本書は正にそれに値する。
 
この「世界史」は、もっと具体的な出来事に関連するものがたくさん揃っている。ローマ帝国の名前そのものや、カエサルやブルータスといった時代から、大航海時代やラテンアメリカの名にも言及される。アメリカ独立100周年を記念してフランスから贈られた自由の女神の話から「自由」にまつわる英語の意味を比較すると思いきや、そもそも何故に「女神」なのか、という問いかけがなされて楽しい。
 
次の章は「ラテン語と政治」。政治にまつわる語についての蘊蓄が語られるようなものだが、voteの語源や鳥占いが根拠となる不思議さ、ファシズムとは何か、など興味が尽きない。
 
そして私が特に楽しみにしていたのが「ラテン語と宗教」である。著者が信仰をお持ちなのかどうか知らないが、その道を調べているだけあって、聖書や宗教についても相当に詳しい。語源を含めて、言葉というものに携わっているから、その概念についての理解のためには、詳しくならざるをえないのだろう。「グロリア・イン・エクセルシス・デオ」については、その発音の歴史における違いなど、実に興味深かった。「アカペラ」の意味くらいは知っていたとしても、「チャペル」と「合羽」がつながり、そこへ「アカペラ」が重なってくると、読むだけでわくわくしてくる気がした。
 
有名な文献や言葉については、ラテン語の原典を載せてくれるのもうれしい。しかもカタカナでふりがなを打っているのは、一般の方々には助かるはずだ。学術的に書かれたものなら、そんなことをしない。だが、案外長音なのか短音なのか、という点など、よほど勉強しないと分からないことは意外と多いのだ。ルターの『95か条の論題』も、ラテン語が添えられている。そして、ルターが必ずしも最初から教皇を相手に挑んだのではない、ということを文面から読み取っている。そして、カトリック教会への問題提起の意味ではないか、という考えを述べている。言葉そのものをとことん追究する人の、言葉に対する捉え方というのは、思い込みや感情から私たちを守ってくれるのかもしれない。
 
ミケランジェロのモーセ像に角があることについては、有名であろうが、もしもご存じないクリスチャンがいたら、説明を開いてみるとよいだろう。
 
その他「ラテン語と科学」には、学名に触れるならばいくらでも話題が出てきそうであるしかしそこは、うまくまとめられている。各章により分量は偏りがないというのは、よほど選択編集に時間をかけたことだろう。そのため、1冊の本としても、バランスのよいものになった。さらには「ラテン語と現代」において、ハリー・ポッターやディズニーランドに隠れたラテン語など、誰もが首を突っ込みたくなる話題を持ち出すなど、エンターテインメント精神も豊かである。そして、ラテン語は決して死語ではない、と言おうとする。ラテン語を話すグループがあり、ラテン語で喋るニュース番組があることなどをも紹介してくれ、驚いた。
 
最後には「ラテン語と日本」として、とくに日本で関心が寄せられるであろうことがまとめられている。ゲームやアニメからも探してくるし、いろいろな施設にラテン語由来のものがある、とサービスしてくる。確かにこれだけカタカナが溢れていると、語源的にそうだというケースはたくさんあるだろう。私がかつて運転していたイプサムは、もちろん買うときからラテン語として意識していたし、名前がいいと思って選んだ面もあった。
 
巻末に、本書を推薦した人でもあるが、ヤマザキマリさんと著者との対談が収められている。これが実に楽しい。イタリアに住むこともさることながら、やはりローマ時代と日本とを結んだヒット作『テルマエ・ロマエ』が、二人をつなぐ大きな道となったことだろう。ラテン語ということへの関心を呼ぶには十分な役割を果たしている。案外、最初にここから読んでも、楽しいかもしれない。
 
啓蒙としても、魅力がある話題であるし、その書き方や構成についても、なるほどと唸らせるものがある。本としても、こうした分野では珍しく、かなり売れて読まれたという。納得である。それは、教養のための一歩となるであろうし、そもそもラテン語に興味をもつ人が増えることも貢献するものだろう。
 
ということで、お読みになってみるのは如何だろうか、と私もお誘いする次第である。

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