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愛が苦手でもいいじゃない ― 「マルク・シャガール 版にしるした光の詩」@世田谷美術館

インスタを開いて一旦閉じて、さて次は……とインスタのアイコンをタップして開いているという、頭がおかしい状況になっているので本当にデジタルデトックスが必要かもしれないと感じました。

やることが無いというか暇が怖い、なぜなら時間が空いたら余計なことを考えて傷ついてしまうから。しかしやらなければならないことからは目を背けたい、というジレンマからこのような行動になるのでしょうか。

私は人が得意ではないという自己認識から「SNS依存とは無縁」という根拠のない自信があったのですが、それは普通に勘違いなのではないかと思うようになりました。本当は人のことが気になって気になって仕方がないのです。

そんな自分の左手から、もともと生えていたかのようなスマホ。
自分が情報を逃して損をしないように。またはスマホを見ていたせいでとても重大なことに気づけなかった、という事実に気づかないように。
傷つきたくない、傷つきたくない、と私はスマホを見ているのです。

世田谷美術館で開催中の展覧会「マルク・シャガール 版にしるした光の詩」では、ほとんどの部分が撮影禁止で強制的にデジタルデトックスタイムが入ります。

厳密には撮影禁止というだけで、スマホ禁止ではないのでそれ自体は見てもいいわけですが、鑑賞者の空気的にも監視員からの鋭い眼光的にも「シャガールからの圧」的にもスマホは取り出さないことをお勧めします。

シャガールというと親戚の家に置いてあるカレンダーの8割方がそうなんじゃ?と思えるほど日本における浸透率が高いという印象があるのは私だけでしょうか。トイレだろうが居間だろうがシャガール。優しく個性的な色合いと見つめ合う男女、散らかる花々、こんなところに動物、それがシャガール。

嫌悪される要素が一切ない無敵愛され芸術作品を生み出す彼ですが、子供のころからその作品にはなんとなく苦手意識がありました。いつも美しい色合いの中で寄り添う男女。シャガールは大変な愛妻家で妻のベラを尊敬し深く愛していたといいます。

それは結構なことなのですが、こうも愛の絵ばかり見せられて食傷気味というか、べたべたしなきゃいけないの?パートナーっていないとダメなの?と子供心に「これが愛なら辛い」と気づかせてくれたのがシャガールだったのかもしれません。
今思えば商品として売り出されやすかった(わかりやすかった)のが愛をテーマにした作品だったと理解できます。

今回の展覧会では、神奈川県立近代美術館の望月冨防コレクションより、寓話の挿絵やサーカスを題材にした版画作品などが集められており、モノトーンで表現された寓話のワンシーンなどかなり幻想的かつ不穏な空気さえ纏っており、従来のカラフルなシャガール作品とは違った視点が感じられます。 

(図録より)

「ダフニスとクロエ」という古代ギリシアの純愛小説をもとに製作された版画作品シリーズでは、これまで通りのシャガールの風合いが感じられ全体的に華やかな作品群です。色彩によって空気を自在に操る技法はさすがシャガール、といったところです。

しかしながら印象的だったのは「夏の真昼」という版画。今年の世界的な熱波を予見しているかのような「赤」が人物をも塗りつぶすかのように表現されています。「……暑そう」と前にいたご夫婦もぽつりと感想を述べられていました。

夏の真昼 (図録より)

展覧会の最後にはシャガールの来歴が表示されていました。ざっと拝見したところ目についたのが「諍い」「対立」の文字。

芸術学校に通うも先生と諍い。
学校を設立するも仲間と対立。

その作品の数々からさぞや穏やかで朴訥な愛にあふれた芸術家というイメージを抱いていましたが、どっこいだいぶ衝突の多い人生です。激しく口論することだけが「対立」ではないので一概には言えませんが、善悪はともかく、自分に主軸をもって人と相対するという姿勢があってこそのシャガールだったようです。

出自がユダヤ人である彼にとって世界は決して生きやすいものではなく、ユダヤ人ゆえに受ける迫害、ナチスによる自作品没収など、想像を絶する試練の連続も見て取れます。そんなシャガールと共に生きた友人たち、妻、家族。愛失くしては生きられなかったのかもしれません。

私のように「傷つきたくない、傷つきたくない」と思って身構える体質の人間がシャガールの作品に負い目を感じるのは、見事な色彩の奥にある確固たる信念に全てを見透かされているような気になるからかもしれません。

愛を前にして自らの主張を、痛みを避けることはできないのかもしれません。そこにこそ愛がなければならないのに、どうしても生易しいほうに逃げて愛を放棄してしまう。
対立から逃げることは、愛から逃げること。愛とは、自分の生き様から目を逸らさないこと。そんなことをシャガールは教えてくれたような気がします。

(図録より)シャガール。気難しそうに見えてきました

マルク・シャガール 版にしるした光の詩
神奈川県立近代美術館コレクションから

会期:2023年7月1日~8月27日
会場:世田谷美術館
住所:東京都世田谷区砧公園1-2
電話番号:050-5541-8600(ハローダイヤル)
開館時間:10:00~18:00 ※入場は閉館の30分前まで
休館日:月

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