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なかやまきんに君

同僚がダイエットをはじめたと言い、「なかやまきんに君の動画に励まされている」と言っていたので心配になって見てみることにした。

なかやまきにんに君といえば昭和生まれ平成育ち引っ込み思案は大体友達みたいな世代にとっては「面白いんだか面白くないんだかわからないむきむきの人」くらいの印象から始まり、アメリカに留学しちょっと鬱々としてしまったやはりむきむきの人、という位置付けである。

動画配信サービスを拝見したところ、見るのが初めてではないことに気が付いた。
コロナ禍の空前の宅トレブームでこの機会に自分だけ痩せて周囲をびっくりさせてやろうと世界中の人間が目論んでいた最中になかやまきんに君のそれを見たことがあったのだった。

しかしリアルタイムの作品(作品?)だったのかは定かではない。
だって見たのはアメリカの海岸で行われている筋肉コンテストのような大会に出場するという内容であった。(最近もまた同大会に出場されたようです)

私はまずそういったコンテストにひとりで参加する彼の姿にいたく感動してしまうという上から目線を発動していたのだった。

はからずも留学経験があるので海外留学がどれほどの地獄か申し上げると、外国に行ってしまった以上現地の言葉をネイティブ並みに喋れなきゃ帰れないという無理ゲーの焦燥感と絶望感、そして「クラブで泥酔してたら年の近い男女らと意気投合してそのまま海いって落ちていたわかめを食った〜」くらいの性的?な危険を感じるエピソードがないと英語と真逆の文法を操る島国の人間たちにはまったく刺さらず、果ての大陸まで行ってLサイズにビックリしたくらいのエピソードしか持てなかった人間は政府から消されるレベルでこの小物野郎と扱われる。

そんなリスクをきんに君はちゃんと血肉にし、現地のコンテストに飄々と参加して太陽の下で順番待ちをしながら筋トレマシンを使っているのである。ちみなにもちろん私にワカメを拾い食いするような体験はない。なんなら18時には自室にいた。小物代表である。

そして、筋肉コンテストの選考方法などは素人の私が完全理解しているわけもないのだが、なんときんに君は優勝するのである。

何回でも書くが素人なので筋肉の美しさやそのディテールについて理解しているわけではないが、彼の姿は素人目にも美しい筋肉と肢体の持ち主である。

日々の鍛錬のたまものなのであろうが、容姿では欧米人へのコンプレックスが消せない日の本出づる国の民のステレオタイプを見事に破砕してくるほどのゴールデンボディ。

競い合っていた相手がたまたまブルース・ウィリス的なコミカルな感じだったから、なおかつ同じ級で対戦相手が彼だけだったから、というだけでは決してない優勝を彼は手にしていた。

きんに君みずから選曲しているのであろうボンジョビの曲に合わせてポーズと笑顔を決めて審査員にアピールをするのだが、すでに会場は大盛り上がりである。

内輪のファンももしかしたらいるのかもしれないが、絶対にそれだけではない。地元民たちや、通りすがった大会出場者たちの声援がきんに君に集められているのである。

加えてあの「パワー!」と言われるだけでこんなに妙な気持ちを与えてくれるとは筋肉恐るべしである。しかし目は怖い。目は笑っていないのにチェシャ猫よろしく口角を引き上げてくるので、こちらは戦慄と不気味さの狭間で悶絶せざるを得ない。

彼はいつの間にやら大変面白い人になっていたわけだが、これは別に我々大衆のために面白くなったわけでもなく、いやお笑い芸人なのだから笑いはとりたいと考えてはいると思うのだが、彼は筋トレが好きで筋トレを信じている、それがまぎれもなく見ていて心地よい気がするのである。こちらに笑いを託そうという重さがないのだ。

もう一回書くが目が怖い。あの目で後ろに立たれたら例のスナイパーでなくても怒るだろう。この目の怖さは独特の中毒性がある。先日舞台で見た藤井隆にも通じるものがあり、藤井隆にいたってはもう色々ヤバいのだがこれはまた別に書きたいと思う。

この機会にきんに君の他の動画をちょこちょこと見てみたが、なんだかとっても優しい人だなと感じてしまった。
大きな声を出して鼓舞または叱咤するわけでもなく筋トレの仕方や筋肉の説明、こんなことが待ってる、やる気がない時は……という素人に添い寝してくれるかのような目線。終始敬語交じりなのも萌える。

このままほだされてついきんに君を抱きたい、またはきんに君に抱かれたいと願う男女は後を絶たなさそうであるとすら感じた。もちろん私もその一人である。

ということでなかやまきんに君と聞いただけで我が同僚の精神の揺れを懸念したのだったが、杞憂に終わった。むしろこんなに普通であることをさらけ出してくる筋肉質な人も珍しく、ダイエットに対して前向きになれるようなことを発信してくれるのはイージーにくじけそうな揺らぎ系人間にとってとても親切だと感じたのだった。

なかやまきんに君の動画を夕飯をむさぼりながら見終わり、過去のインタビューなどを漁っては読みふけり、ブログを書き、風呂に入って寝る。
筋トレが欠如している人生をいつかどうにかしたいと思った。It’s my life。


2019年日本橋にて。

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