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少年と積乱雲

せわしなく流れる日々と流されて生きてる少年。

八月はもう終わりが見えていた。

蝉の死骸で溢れたいつもの通学路は彼にとってはなんてこともなかった。

長ったらしい夏休みに、エアコンのききすぎた部屋の片隅で蹲る。

時々勉強をして、時々誰かと遊んで、

そんな日々を過ごしているとどうしようもなく切なさが漂う。

別に不幸せなわけではないけれど、

突然の通り雨にふられるようにどうしようもない感情に静かに襲われては悶える。

彼は他人からは分からない程度に思い悩んでいた。

ある日の何でもないような帰り道、

掴みどころのない川の流れを果てしなく彼は眺めていた。

そこにあったのは一匹のセミと積乱雲。

か細く響いていた蝉の声は川の潺に負けじとより一層強くなっていった。

もう仲間もだいぶと死んでしまって、

もう僕と空以外誰も聞こえないような彼の声は、

強く、真っすぐあの夏の昼下がりに響いていた。

それからしばらくして彼の声も聞こえなくなった夕刻狭間の時間帯に

今度はゴロゴロと積乱雲が唸りだした。

手遅れになる前に帰る支度をすべきだとはこれまでの経験上重々承知していたが、

これまでと変わったことを見てみたい、彼はその時強くそう思った。

そんな若さならではの探求心に甘く誘われた少年は身動き一つ取らず、

ただただ呆然と空に目を奪われ、自然に耳を傾ける。

ぽつりぽつりと雫が顔に、

瞬く間に河川敷の雑草の群れが轟轟と風に揺られる。

彼はこれ以上ないほどに生に満ち溢れた世界を全力で体で感じていた。

世界はまだ生き生きしている。

ふと油断をしていると風に吹かれるように彼は昔へ引き戻された。

幼かった自分が、そこにはいた。

無邪気に笑う、新しい何かに驚く、どうにもならないことに怒る、

そんな自分が昔に取り残されて行き場を失ってただそこにいた。

ふと彼と目が合った。

その瞬間今まで封じ込めてきた感情が決壊した。

”バンッ”

大きな雷だった。

耳を劈くその音で僕は我を取り戻した。

生温い大粒の雨が容赦なく僕に降りかかる。

バリバリと雷も鳴り止まない。

でも、それでも、

僕は負けなかった。

ずぶ濡れになった僕をもう誰も止めることはできない。

どれだけ雨に打たれようが、

どれだけ強い風が吹き荒れても、

僕は立ち続けることができる。

そうして抗っていると、

次第に彼らが僕を包み込んでいくような感じがした。

共に生きている、ビリビリとエネルギーを感じる。

嵐を味方につけた僕はもう何も怖くなかった。

僕は今ここに生きているんだ。





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