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シロクマ文芸部掌編小説「十二月の雨の日」


十二月の雨の日、ぼくは街の小さな商店街のベンチに腰掛け、流れる人波を見ていた。

驟雨はそろそろ止む頃だから、わざわざコンビニで傘は買わなかった。
そのせいでぼくの髪や衣服は雨に濡れ、冬の冷たい風によって、剥き出しになった心が裸のまま街へ晒されている。
悪くない感覚だと思った。
長く続くぼくの憂鬱が雨と一緒に、あの小洒落たドーナツ屋の前にある排水溝へと流れていくような気がしたのだ。
ぼくはそのまま白いベンチに座り続けた。

行き交う人々がずぶ濡れのぼくを傘を差して見る。
傘を少し上げ、不気味そうに視線を向ける人。
それとは反対に傘をぼくの方に傾け、一切を遮断へと努める人。
端から無関心の人。
別の目的のため、そもそもぼくが視界に入っていない人。
そうして流れる人波がぼくを見ている。


しばらく経ち、雨が止んだ。
暗い雲が空へと徐々に溶けていくように薄く消え、気付けばすぐに太陽が雲の隙間から見え始めた。
人々は傘を閉じ、ついさっきまでの雨が嘘みたいに、或いは一種の演出だったかのように商店街を歩いている。
ぼくはベンチに座りながら、自分に対する視線が少なくなっていることに気付いた。

人波に踏まれる商店街の地面から、雨の匂いが立ち込める。
ひび割れたコンクリートに溜まった雨水が、日の光を反射させながらぼくを見つめている。
喫茶店のドアが開くとベルが小気味よく鳴って、ぼくは一体なぜこんな所に座っているのだろうという気持ちが沸き立った。
そうして今まで忘れ去られていた寒さと羞恥心が一気に押し寄せてくると、追いやられるようにぼくは歩き出していた。

人のいない帰路、再びぼんやりと滲み始めた憂鬱をぼくは雨で濡れた衣服と共に抱きしめると、すっかり晴れてしまった空を見上げ、涙を堪えた。


#シロクマ文芸部


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