ピョエ坊(テツラボ)

ふつう・当たり前と向き合い、自分の”これでいいんだ”を見つける…みんなの自然体をエンパ…

ピョエ坊(テツラボ)

ふつう・当たり前と向き合い、自分の”これでいいんだ”を見つける…みんなの自然体をエンパワーするダイアログ、ソジテツです。ファシリテーターによるリレ哲日記や、おしらせを投稿します。 https://www.tetsulab.jp/

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  • テツラボ:リレ哲byファシリテーター

    「ふつう・当たり前と向き合い、自分の”これでいいんだ”をみつける」多様性のためのダイアログ…『ソジテツ』をファシリテーションする仲間による、「答えのないことに向き合う」「まずは自分の価値観をみつける』リレー日記(リレ哲)記事です。

  • テツラボ:おしらせ

    「ふつう・当たり前と向き合い、自分の”これでいいんだ”をみつける」多様性のためのダイアログ…『ソジテツ』のイベントなど、テツラボからのおしらせです。

最近の記事

Nakataさんのこたえ:親とはどういう人のこと?(リレ哲)

こんにちは。Nakata です。 このテーマについて、思うところは下記の通りです。 親=生物学上の親? 生物学的な視点から見ると、親は遺伝的なつながりを持つ人々のことを指します。私には父母がいて遺伝子を共有しています。 映画やドラマのように、遺伝子の繋がりがなくても愛や絆によって「親子」となる状況もあるのでしょうが、私には「親」というと、遺伝子の繋がりのある実家の両親になります。 未成年の頃に考えていた「親」 子供の頃は、親の庇護がないと生きていくことが難しく、親を頼

    • まゆこさんのこたえ:もし、今と違う性別に生まれたとしたら…?(リレ哲)

      性別、…とは?? いつも、そもそもから考えるまゆこさんです。 ふむ。まゆこさんの性別を可能な限り、明らかにしてみましょう 自分自身では「ノンバイナリー」と認識しています。 前置きが長くなりました。さてさて。 もし、今と違う性別に生まれたとしたら…? なかなか難しいっす。 ゆえに自分で質問の定義をします。生物学的な性別を問われているとします。 この脳みそと考えを持ったまま、男性のからだを持っていたら、今の私なら時間をかけて納得して、それから自分のからだを使い実験すると

      • まりさんのこたえ:もし、今と違う性別に生まれたとしたら…?(リレ哲)

        このお題を見た時「おまえが男の子だったらよかったのに」と祖母に言われたことを思い出した。前後の文脈もわからないような幼い頃だが、ちくちくとする感覚だけは覚えている。 言葉という記号よりも、この“ちくちく”する身体感覚を思い出す度に、大人になった私は「やはり人も動物、言葉よりも空気や雰囲気の方が伝わるんだなぁ」と、皮肉にも脳みそで考えられるようになって、この“ちくちく”から距離をとれるようになった。(それはそれで有難いことだ。) さて、もしも私が「男の子」に生まれたとしたら

        • ゆうじさんのこたえ:もし、今と違う性別に生まれたとしたら…?(リレ哲)

          今の私は肉体的に男性で性自認も男性なのですが、女性に生まれたとしたら。。。 最初に思い浮かべたのは [産むのか、子供を。] という課題に向き合うことになってしまうなあ、ということです。 喜ばしいというイメージが強いわけではなく、かといっていらない!という思いでもなく [(肉体条件的に難しい場合もあるかもしれないけど) 産める能力を持っており、前提さえ満たしてしまえば産もうと試みることができる] という事実がすごくついて回ることになるのか、、ということを想像すると、それはなか

        Nakataさんのこたえ:親とはどういう人のこと?(リレ哲)

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        記事

          Nakataさんのこたえ:もし、今と違う性別に生まれたとしたら…?(リレ哲)

          こんにちは。Nakata です。 このテーマについて、思うところは下記の通りです。 別の性別に興味はある 私は女性として数十年を生きてきています。「今と違う性別」というと「男性」を想像しますが、経験がないものを知りたいという興味はあります。 隣の芝生は青く見える 女性と男性で、どんな違いがあるのか考えると、真っ先に思いついたのは体の造りです。私にもっと丈夫な強い体があれば、、と思うことはよくあります。 (先日、腹筋ローラーをしていたら鎖骨にヒビが入り、なんて軟弱な体な

          Nakataさんのこたえ:もし、今と違う性別に生まれたとしたら…?(リレ哲)

          ソジテツの「リレ哲」の3問目のお題を発表

          こんにちは。ソジテツ広報ピョエ坊です。『ふつう・当たり前と向き合い、自分のこれでいいんだをみつける』哲学対話とゲーム…ソジテツシリーズの広報活動をしています。 「ソジテツのファシリテーターってどんな人たちなんだろう?」と知っていただく企画のひとつとして、2月から、読み物の「リレ哲」(リレー形式の、書く哲学対話)を始めています。 第2問目は、「成長しなくてはいけない?」で、5名のファシリテーターの方が参加し、思い思いの言葉をつづってくれました。 ご参加いただいたみなさん、

          ソジテツの「リレ哲」の3問目のお題を発表

          みっちーのこたえ: 成長しなくてはいけない?(リレ哲)

          成長ってなんだろう? 大人になるとか、キャリアアップするとか そうゆー”目に見える”ことではなく、 私にとって成長とは”心の領域が広がる学び” のようなものだと思える。 学びたい、知りたい。 もっとたくさんのことを知りたいと常々思っている。 宇宙のダークマターのことも知りたい 海底に沈む古代遺跡を見てみたい 地球を真っ二つに割ってマントルとか地殻とか見てみたい 宇宙人がどんな声をしているのかも知りたい、聴きたい。 50年生きているけど、 まだまだ、何も知り得ていないなあ

          みっちーのこたえ: 成長しなくてはいけない?(リレ哲)

          まゆこさんのこたえ: 成長しなくてはいけない?(リレ哲)

          「成長」は、勝手にするものだと思います。 しなくてはとか、しなくてはならないとか、そんな選択肢は私達個人にはない。 なぜなら、生まれたら死にまっすぐ向かうだけだから。そこに、よい悪いもありません。 って、救いねえなと思うかもですが、 私は、生きること自体に個人の意味はないと思っています。 個人としての感情は当然ありますし、大義を持つことは大事だと思います。 私もこれはありますよん。(伝わるか…!) 昔の建物、直す前提で組まれてますよね。 エントロピー増大法則をご存じ

          まゆこさんのこたえ: 成長しなくてはいけない?(リレ哲)

          ゆうじさんのこたえ: 成長しなくてはいけない?(リレ哲)

          成長。。。なんとも距離感が難しい言葉だなあ、、と思いました。 30 歳ごろまでは人間関係、仕事、自分で自分を見た時の人間力が低い、と思い倒して [日々成長せねば。。!] と追われるような足りないような、焦燥に駆られていたように思います。なんとなく、自分が何か大きなことや立派なこと、すごいこと (と自分が思うこと) を成し遂げられる人にならねば、と思っていたように感じます。 その後は徐々に自分で自分を大きく見たり、人に大きく見られたいような欲から距離が明けられるようになり、

          ゆうじさんのこたえ: 成長しなくてはいけない?(リレ哲)

          Nakataさんのこたえ: 成長しなくてはいけない?(リレ哲)

          こんにちは。Nakata です。 このテーマについて、思うところは下記の通りです。 成長 ≒ 変化 「成長」とは、新たな知識やスキルを獲得することで進歩し、自分が「変化」することかと思います。新しい状況や環境に適応するなど、「変化」することが即ち「成長」ともいえます。「何者かになること = 成長」だと、私は息苦しく感じます。 自己満足と挑戦のバランス ・現在の状態や、これまでの自分の成果に満足して安心感を得ること ・新しいことに挑戦して現状を変えるべく活動すること こ

          Nakataさんのこたえ: 成長しなくてはいけない?(リレ哲)

          あっこさんのこたえ: 成長しなくてはいけない?(リレ哲)

          「成長」はとても素晴らしいことだ。 私は、自分が「成長しているな」と実感できるととても嬉しい。 でも「しなくてはいけない」かというと、言いようのないモヤモヤを感じる。 かつて上司から「成長」を求められ続け、心のバランスを壊した友人を思い出すからだ。 彼女は結局退職した。 最後は上司と直接話せなくなるくらいに参ってしまっていた。 「しなくてはいけない」というプレッシャーは、さぞ苦しかっただろうと思う。 そもそも「成長」というのは「結果」だ。 「結果」は出てしまうもので、意

          あっこさんのこたえ: 成長しなくてはいけない?(リレ哲)

          ソジテツの「リレ哲」の2問目のお題を発表

          こんにちは。ソジテツ広報ピョエ坊です。『ふつう・当たり前と向き合い、自分のこれでいいんだをみつける』哲学対話とゲーム…ソジテツシリーズの広報活動をしています。 「ソジテツのファシリテーターってどんな人たちなんだろう?」と知っていただく企画のひとつとして、2月から、読み物の「リレ哲」(リレー形式の、書く哲学対話)を始めました。 第一問目は、「自分の人生は本当に自分のもの?」で、4名のファシリテーターの方が参加し、思い思いの言葉をつづってくれました。 Nakataさんのこた

          ソジテツの「リレ哲」の2問目のお題を発表

          しみさんのこたえ: 自分の人生は本当に自分のもの?(リレ哲)

          私は、「自分の人生」の舵取りをしたいです。 でも、私も経験があるのですが、みなさんも多かれ少なかれ舵をうまく操作できなくなるときが訪れませんか。 ある方が、自分の「こころ」と「頭脳」の関係を「馬とジョッキー」に例えていました。これは、「頭脳」=ジョッキーで、「こころ」=馬という考え方です。 悪い状態にはまればはまるほど、馬もジョッキーも自分なのに、どんどん分離していって、両者が苦しくなってしまうということです。 私は、自分の人生も似たように考えています。 私の考え方

          しみさんのこたえ: 自分の人生は本当に自分のもの?(リレ哲)

          ゆかりちゃんのこたえ: 自分の人生は本当に自分のもの?(リレ哲)

          自分の人生と言いたいわたし ソジテツファシリテーターがつなぐ「答えのない問い」に自分の言葉をつむぐリレ哲に参加しています。 今回投げられた問いは 「自分の人生は本当に自分のもの?」という問い。 これを受けて最初に浮かんだのは 家族の為など、自分以外の人の為に自分を使っている時間も、 自分の人生と言えるのかな? という問いでした。 ふむふむ、と頭の中を巡らせてみて至ったのは、 悲喜こもごもありながら 自分の意思で決定した状況であったとしても やらされ感の受け身の状況で

          ゆかりちゃんのこたえ: 自分の人生は本当に自分のもの?(リレ哲)

          ゆうじさんのこたえ: 自分の人生は本当に自分のもの?(リレ哲)

          [自分の人生] は自分のものだな、と少し後ろめたい気持ちが湧きつつ思います。 いわゆるモラトリアム期にはむしろ前のめりに "一度しかない人生、自分のものだ!" と考えていましたが、人に感謝したり反省したり、傷ついて距離を取ったりと様々なコミュニケーションの経験を経るうちに自分の価値観は人と触れ合って影響を受けて形成されたし、これからも変化するのだろうと確信していたりします。 ただ、人からの影響を受けて生まれた価値観を、"自分" が望ましいと判断すればそれは自分の価値観であ

          ゆうじさんのこたえ: 自分の人生は本当に自分のもの?(リレ哲)

          Nakataさんのこたえ: 自分の人生は本当に自分のもの?(リレ哲)

          こんにちは。Nakata です。 このテーマについて、思うところは下記の通りです。 人生は誰のもの? 私の人生は、私のもの。 外側からの影響も受けますが、オーナーシップを発揮するのは自分自身です。 オーナーシップとは ○○に対して主体性や当事者意識をもって取り組む姿勢のことを指します。 人生は枝分かれする大河のよう 私は人生を大きな川に例えて考えています。川に浮かぶ船に乗り、舵を握って航海するようなイメージです。嵐の日も凪の日もあり、大きく舵を切るときもあれば、

          Nakataさんのこたえ: 自分の人生は本当に自分のもの?(リレ哲)