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飽くなき夢の行き着く先は翼か義足か

人間に機械のインターフェイスを取り付けて計測するような実験をしていると、機械に対する人間の不具合にも気づくようになる。筋の電位ひとつを計測するのにも、生きているこの身体が産生し続けている皮膚の角質が邪魔でヤスリで擦り落とす。汗をかくと接触面が不安定になるので実験室の温度は低めに設定しなければならない。生きている自分たちの身体に興味を持ってはじめた計測が、いつしか生きていることの一部を排除していかに綺麗なデータを取り出すかというプロセスに侵食される。
さてそれで本当の人間のデータなのか?という哲学的な疑問はとりあえず横に置いたとしても、機械の無機質な冷たさと、人間のやさしい体温の間には、埋め尽くすことのできない溝がある。

先日、先天性四肢欠損症の人の義足によるロコモーションを分析する会に参加した。ロコモーションとは、脚を使って移動すること。歩くこと、そしてその先には走ること。これまでずっと電動車椅子を使って40年生きてきた彼のロコモーション。もし走れたら。それはそれは素敵な討論が繰り広げられた。

そしてわたしはその間ずっと、その人が義足をつけたときの「感触」が気になっていた。これまで一度もつけたことのない義足の冷たさは、彼のあたたかい脚にどのように感じられただろうか。


義足と人間の脚のインターフェイスは、シリコンと、皮膚だ。空間は陰圧になるようにコントロールされて吸着するように身に付ける。その外側を硬い素材のソケットが覆っていて、地面からの反力を受け止める。

義足の美学はこのインターフェイスにあるとわたしは思う。断端の複雑なカーブ。痩せれば細くなり傷ができれば化膿する。そこに体重の何倍もの力を伝達して、義足は彼を歩かせ走らせる。義足は変形しない。腐らない。ふたつの全く違うものの間に、なんとか親密な関係性を持たせようと努力する。義足を調整し、身体を調整する。どちらかが強くてもいけない。どちらかが変化し過ぎてもいけない。手探りのお見合いから、一生付き合える伴侶になるまで、そこには多くの人間と、果てしない時間と努力が、欠かせない。

一方で、義足と人間の関わりを考えるとき、より機械になるか、より人間になるか、という命題も突きつけられる。例えば義足をモーターで動かすことにするか、それとも出来るだけ人間側の残された筋力を使うか。例えば、見た目が人間に近いことを重要視して重くなっても靴型にするのか、それとも軽さを追求して末端の形状はカーボンそのものでも良いのか。バランスを取るために義足の人工的な関節を調整するのか、人間の関節の可動性を調整するのか。中庸がありそうで、そこには幅がある。

義足のインターフェイスは、人と機械が作り上げる社会の中で「あなたはどこに立つ人間なのか」と問いかけてくる。

もっと機械になりますか。もっと、人間のままでいますか。


ロコモーションの中でも、「速く走る」ことは、より機械に近づくことを意味している。両下腿義足のアスリートがオリンピック標準記録を超えて久しいが、その背景には機械への接近という事実がある。

速く走るのに必要なのは地面反力で、地面反力を生み出すのは蹴りだす力だ。より大きな力が発揮できればより大きな地面反力を得ることができる。走行中の力発揮の重要な要素の一つがアキレス腱の弾性で、反力を受けてたわみそこから元に戻ろうとする力が強いほど速く走ることができる。だから、スプリント用の義足は足の形をしていない。ただただ、大きな力を受け止めて推進力へと変換することを追求した形をしている。そう考えると、人らしい足部というのは走るためには無用である。一方で、あの義足では静止したり歩行したりするのは難しい。静止や歩行には足部の柔軟な動きが欠かせない。だから義足のスプリント選手は、日常生活では義足を履き替える。便利だ。いや、不便か。

とにかく義足で走るためには、人らしさの一部を放棄しなければならない。見た目としても。機能としても。ただ、義足ならば、人には達成できない速度に近づいていくことができる。もちろんそこには「義足が発揮した力の反力に耐え得る身体を持てるか」という別の問題も生まれてくるのだが、理論的には、そして現実的にも、義足を持つ人間が生身の足の人間より速く走れる時代がすぐそこに迫っている。


速く走る。高く跳ぶ。より速く。より高く。そんな根源的な欲求が、義足という夢となる日も来るだろう。

そのとき人は、脚を切るか。

脚を切れば速く走れる、遠くへ跳べる、そうなったとき、人はそれでもより速く走りより高く跳びたいと願うのか。

義足は人類のフロンティアかもしれない。


(*追記 : 義足プロジェクトについてご本人の手記がこちらに掲載されています。義足をつけるの初めてじゃなかった!後から知ったので、ご理解ください。https://gendai.ismedia.jp/articles/-/64065)