report2_アートボード_1

対話の価値とは?——参加者が「対話イベントの価格」を決めるという実験

あなたは、ある土曜日の朝、都内某所で行われた哲学対話のイベントに参加したとします。

そして、ひととおり対話が終わった頃、ファシリテーターからこんな質問をされたとします。

「いまあなたが参加したイベントの価格を決めてください。」

さて、あなたはどんなことを考えるでしょうか?

こんにちは。TOI|Think Out Insideのタガイです。

2019年7月から毎月1回、吉祥寺のバツヨンビルで哲学対話プログラム「Think Out!」を開催しています。

画像1

Think Out!では毎回、「考える」「生きる」「自由」「幸せ」「本音」など異なるテーマを設定し、実施をしてきました。最近では、過去の参加者からのリクエストに応える形でテーマを決定していましたが、2019年最後の回であるvol.006は趣向を変え、私タガイの発案で「価値」をテーマにすることにしました。

なぜ「価値」なのか。それは、これまで私たちTOIが提供してきた対話の場である「Think Out!」の“価値”を考えてみたい、という思いがあったからです。

画像2

ありがたいことにThink Out!は毎回、15人の定員に対して満席に近い申込みをいただき、参加された方の多くからは「いい体験だった」という感想までいただけています。

こうした反応を得ることで、この取り組み自体に少なからず意義があるということを感じられている一方で、ある疑問も出てくるようになりました。

■価格自由。対話を経験した後に、その経験の価値を決める。

それは、「自分たちが提供している対話の場には、いったいどれくらいの価値があるんだろう?」というものです。

もちろん、参加者の方々にさまざまな価値を感じていただけていることは、各回のアンケートを見て実感しています。ですが、それを「計測可能な形」として可視化するとどうなるだろうか、と考えたのです。

価値を表現するもっとも計測可能な形式といえば、なんといっても「お金」でしょう。そこで今回は、Think Out!をテーマ「価値」で実施するとともに、その「参加費」の決定を参加者自身に委ねることで、この疑問を検証することにしました。

画像3

Think Out!の従来の参加費(1,500円)は、原価(会場費や飲み物・お菓子代など)に広報宣伝費を上乗せし、持続可能な活動にするため赤字にならないような価格設定をという観点と、いち生活者の観点から妥当と思える金額として、設定していました。

それを今回はあえて踏襲せず、約2時間のThink Out!に参加いただいたのち、参加者一人一人に参加費を自由に決めて支払ってもらうという方式にしました。そして、参加者の方々に従来の価格設定は伝えず、あくまで「たったいま参加した対話の場にいくら支払ってもいいと思うか?」という観点だけで価格を決めていただきました。

■結果:11人の参加者はそれぞれ「対話の場」にいったいいくら支払ったのか?

当日のThink Out!は、いつにも増して大盛況。詳しくは参加者のおひとり、クラユキさん渾身のレポートをご覧いただければと思いますが、最後は「時間が足りない、延長したい!」というリクエストが出るほど盛り上がった対話の場となりました。

画像5

そして、対話後にひとりひとりが感想を話す「チェックアウト」を終えたタイミイングで、アンケートとともに「価格申告シート」を配布しました。

画像6

これは、実際に支払う「金額」と「その理由」を記入していただくものです。書き終えた方から順番に、お金を封筒に入れてボックスへと投函していただきました。

イベント自体は、全員の投函が完了した時点で終了としました。なので、参加者の方々もまだ、他の人がいったいいくら支払ったのかを知りません。このレポートで、参加者もそうでない方も、「対話の場」の(金銭的)価値を初めて知ることになるわけです。

それでは、いよいよ結果発表です。はたして、対話に参加してくださった11人の方々は、「対話の場」にいったいいくら支払ったのか。

500円・・・1人
・「これ以上、これ以下もおもいつかなかった。参加しやすい金額です。飲み物なども持参でもっとやすくてもよいですが。」

1,000円・・・5人(うち1人は理由無記入)
・「自分の収入と普段のお金の使い方。参加者の人数、時間。哲学対話が世に広まって欲しい。期待。」
・「レンタル料。レンタル会議室。12人。6,000-8,000、600-800。そのほか調整。1,000–1,500。その資料を書かされた感じも。−500=1,000。」
・「30分×2回で新しい発見が多かったので。良い体験でした。」
・「根拠はありません!ありがとうございました!」

1,070円・・・1人(理由無記入)

2,000円・・・3人
・「1時間1000円位かなと。もう少し高い気もしたのですが、あとは自分のおさいふと相談の上。」
・「手持ちですぐに出せる最大限の額」
・「学生時代にはサークルでカフェ代だけで哲学を語り合った。大人になったので、もう少し出せるかな、と。」

2,112円・・・1人
・「(実施当日の)12/21の数字の組み合わせを考えたときに、何となくしっくりきたから」

これらを平均すると、「1,335円」となりました。

従来の参加費である「1,500円」が一人も出なかったことが興味深いですが、結果的に平均すると1,500円に近くなったということも、とても興味深いところです。

■考察その①:価格決定の「理由」は何か?

金額とともに、各自申告いただいた「理由」も注目です。人は、体験の価値を決めるときにどんなことを考えるのでしょうか。

大別すると、以下の4つのような「決め方」が見られました。

決め方1:体験への満足感から、直感的に。
決め方2:自分の所持金や普段の消費金額と比較して、相対的に。
決め方3:過去に経験した同様の体験と比較して、相対的に。
決め方4:かかったであろう原価を推測して、合理的に。

画像5

■考察その②:何が価値を左右するのか?

また、アンケートと見比べてみると、さらに興味深いことがわかってきました。

Think Out!ではこのvol.006から、プログラムの項目別に5段階評価で満足度を聞くアンケートに改善しています。その数字を重回帰分析にかけ、各項目と「支払った金額」との相関を見てみた結果、意外な3つの事実が明らかになりました。

画像11

◯事実1:
「全体の満足度」と「支払った金額」に関係はない

どんなイベントでも、アンケートでは必ず「全体の満足度」を聞きますよね。Think Out!でも初回から調査していて、各回の定量的な評価として受け止めていました。

が、別軸の定量的な評価といえる「金額」が、「全体の満足度」と関係しないということは、必ずしも「全体の満足度」だけでイベントの価値を判断することはできない、ということが言えるのではないでしょうか。

事実2
「良い問いが出せるか」と「支払った金額」には関係がありそう

これは、「問い出し」の満足度と価格の関係を見たものです。「問い出し」とは、対話を始める前に10分間ほど時間を取って、対話の場に提出したい「問い」をそれぞれが考える、という項目です。この時間は誰ひとり一言も言葉を発さず「ひとりで考える時間」、言い換えれば「自分の内面と向き合う時間」になっています。

ここでいかに経験に基づいた問いを出せるかどうかが、対話の質を決めるのではないかという仮説をもって、私たちはこの「問い出し」の時間を作ろうと考えました。それが、今回の結果で(金銭的な評価ではあるものの)部分的に立証されたことになります。

やはり、「対話の質は問いが決める」ということに間違いはなさそうです。

画像10

◯事実3:「対話の時間」よりも「会場の雰囲気」と「支払った金額」に関係がありそう

最も意外だったのがこの結果。前半、後半それぞれ30分ずつの対話の時間であるThink Out!の満足度よりも、「場そのもの」と言える「会場の雰囲気」というアンケート項目の数値が、決定価格に強く関係していたのです。

リラックスして良い対話をするために、多すぎず少なすぎない人数であったり、広すぎず狭すぎない会場の規模感であったり、朝の光が差し込む柔らかな雰囲気であったり、を大切にしたいという考えは当初よりありました。

画像10

ただ、そうしたものはあくまで「演出」であり、一番肝心なのは「対話そのもの」だと考えていました。そのために、問いカードを配布したり、対話のルールをしっかりめに共有したり、「問い出し」の時間を新たに設けたりして、工夫を重ねてきたのです。

それが、「会場の雰囲気」も「対話の時間」と同じかそれ以上に大事だったということ。ただの演出と思わず、よりよい雰囲気づくりを目指す必要がありそうです。

■実験結果を受けて決めたこと。

さて、こうして得られたさまざまな示唆をもとに、私たちTOIでは今後のThink Out!の運営に関して以下の3つの決定(または確認)を行いました。

1.参加費はこれまでと同じ「1,500円」のままでやってみよう。

あくまで「平均」ですが、高いと感じる人も、安いと感じる人も同数いらっしゃるということで、やはりこの金額が適正な価格だと考えました。

2.「いい問い」が出せるお手伝いをしよう。

これは「問い出し」と「価格」の相関が強かったことを受けてのものです。

「問い出し」に関しては、あくまで「これまで経験したことを思い起こしながら考えてみてください」程度のサジェスチョンに留めていたのですが、クラユキさんがレポートで書いてくださっているように、いきなり10分でいい問いを出せと言われても難しい場合がありそうですので、参加者の方々に「いい問い」を出していただけるようなお手伝いをもっと積極的にしようと思います。

いま、運営メンバーで資料を読み込みつつ、実践者の方々からヒアリングを行いながら「問いの研究」を進めていますので、そこで得られた知見を実践に生かしていきます。

3.「いい対話」ができる雰囲気づくりをしよう。

「問いの研究」と同時に、「場の研究」も積極的にやっていきます。

何が「場の良し悪し」を決めるのかについては、正直に言ってまだまだ手探りの状態です。しかし今回、これほど強く「会場の雰囲気」が(金銭的な)評価と相関したことを鑑みて、先行研究や各地の実践を参照し、小さく「実験」を重ねながら、より良い「対話の場」づくりを目指していこう、と話し合いました。

画像11

以上、「対話の価値を計測する実験」の結果報告でした。

実験にご参加くださったみなさん、改めてありがとうございました。
このレポートでご興味を持ってくださった方は、ぜひ次回のThink Out!にご参加ください。

頭のワークアウト Think Out! vol.007 「時間」

header_アートボード 1

日時|2020年1月25日(土)10:00-12:30(9:45開場)
場所|吉祥寺バツヨンビル(吉祥寺駅徒歩5分)
地図https://goo.gl/maps/zCP1hywxBMcuCDoL6
定員|15名
参加費|1500円/人(会場費)

(執筆:タガイ)

この記事が参加している募集

イベントレポ

よろしければサポートいただけますと幸いです。いただいたサポートは哲学対話を広げるために使わせていただきます。