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ロシア・中国による選挙干渉~これこそ本当の内政干渉ではないか

先月、アメリカ政府は、昨年のアメリカ大統領選挙にてロシアがトランプ大統領(当時、以下同)に有利になるように選挙に干渉したとの報告を行いました。これまでもロシアや中国による他国の選挙への干渉が指摘されています。ロシアや中国は、国連安保理などの場において、人権侵害や民主主義への逆行について行動を起こすことに「内政干渉」だとして反対することが多いですが、他国の選挙への干渉こそ本当の内政干渉でしょう。

国家情報長官室の報告

3月16日にアメリカ国家情報長官室が公表した報告書によれば、昨年のアメリカ大統領選挙にて、ロシア、イランがこれに干渉する工作を行い、一方で中国は工作を検討したものの実行しなかったとのことです。

ロシアは、バイデン氏が大統領になればロシアに対して強硬姿勢をとるとみて、トランプ大統領が勝利するよう、バイデン氏に不利な情報を流布するなどの工作活動を行ったといいます。ロシアの情報機関などが、バイデン氏や家族の汚職を疑わせる情報などをメディアなどを通じて流すなどして、バイデン氏と民主党を中傷したとのことです。

一方で、イランは逆にトランプ大統領の再選を阻止するための工作を行ったとしています。中国については、干渉を検討したものの、結局実行しなかったとしました。

ロシアによるトランプ支援

ロシアによるトランプ支援は従来より明確になっていました。特に、16年の大統領選挙においては、かなり露骨にロシアによる影響力行使があったことが判明しています。

トランプ氏は16年選挙に向けた選挙戦中、日本や韓国との同盟関係やNATOを軽視する姿勢をとり続けたのに対し、「プーチン(露大統領)とはうまくやっていける」と繰り返し発言していました。また、「クリミアの人々はロシアと共にある方がよいと思っている」などと、ロシアのクリミア併合を容認するかの如くの発言までしていました。

リトワニアのレストランの外壁に、プーチンとトランプのキスシーンが描かれたのはこの頃です。この絵は、ブレジネフ・ソ連書記長とホーネッカー東ドイツ委員長の有名なキスシーン(写真、絵画)のパロディとして、ほとんど同じ構図で描かれたもので、多くのメディアに取り上げられました。このような中、トランプ氏が大統領になることが、「ロシアにとって都合がよい」ことは明らかでした。

16年11月の選挙が近づくにつれ、様々な形でロシアからの影響力行使の片鱗が伺えるようになりました。

8月には、トランプ陣営の選挙対策本部長を務めていたマナフォート氏が、親露派のヤヌコビッチ・ウクライナ前大統領から巨額の資金提供を受けていた疑惑が浮上し、本部長辞任に追い込まれました。また、マイケル・フリン元国防情報局長官は、この当時トランプ氏の外交安保顧問を務めていましたが、ロシア政府系のテレビ局RTの番組に何度か出演し、RTのパーティでプーチン大統領と同席していたことが発覚しました(同氏は、後にトランプ政権下で安全保障担当大統領補佐官を務めましたが、ロシア疑惑により辞任することになります)。

19年4月、約2年にわたってロシアの選挙介入を調査したモラー特別検察官の報告書が公表されました。それによれば、選挙前に、ロシア企業が米国市民を装って多数のSNSアカウントをつくり、トランプ氏の対立候補であったヒラリー・クリントン氏を中傷する約8万件の投稿を行っていました。また、ロシア軍参謀本部情報総局(GRU)がクリントン陣営のコンピューターをハッキングし、そこで入手した大量の電子メールを内部告発サイト「ウィキリークス」などを通じて流出させていました。

トランプ大統領は、就任後も、ロシアをG7に復帰させG8とすることを提案するなど、ロシア寄りの姿勢を継続しました。20年の選挙においても、ロシアがトランプ大統領の再選を強く望んだことは明らかです。

(逆に、イランが、核合意からの離脱を決めたトランプ大統領の落選を強く望んだことは明らかです。核合意を決めたオバマ政権の副大統領を務めていたバイデン氏が大統領となれば、アメリカの核合意復帰とそれによる制裁解除が期待できるからです)。

その他のロシアによる選挙干渉

このようなロシアによる選挙干渉は、欧米において自らに都合のよい政権が樹立されるように、サイバー攻撃や資金提供、スキャンダル漏洩など、様々な形で行われていると見られています。

17年4月のフランス大統領選挙において国民戦線のル・ペン候補に資金提供したり、ル・ペンの対立候補のスキャンダル情報を流したことが指摘されています。また、19年3月のエストニア議会選挙同年3~4月のウクライナ大統領選挙でもロシアの干渉が取りざたされています。19年5月の欧州議会選挙に向けて、イタリアの反EU右派「同盟」に対する資金協力の動きがあったことについても報じられました。

中国による選挙干渉

中国による他国の選挙への干渉は、少なくともこれまではロシアほど活発に行われているわけではありません(香港や台湾における選挙については、中国と特殊な関係がありますので、ここでは除いて考えたいと思います)。

わずかに、17年にカナダ・トロントの市議選への干渉があったと報じられたことがあります。市議選にて複数の中国系候補が当選し、共産党中央統一戦線工作部が、工作員向けのマニュアルにおいてこれを「成功例」と称賛したといいます。

それが、18年11月のアメリカ中間選挙に関し、中国がトランプ政権に不利となるような広報活動を行っていたことが判明すると、アメリカ政府の危機感がにわかに高まりました。

大豆の生産が盛んなアイオワ州の地元紙に、中国国営メディアが、トランプ政権の政策のせいで、中国が大豆の輸入先を米国から南米に移す動きがあるとし、このままでは大豆農家が損害を被るとする新聞広告を掲載したのです。

大豆の輸入に関して、中国政府によるそのような動きがあったこと自体は事実で、実際に米国農務省の統計でも、米国から中国への大豆の輸出は大幅に減少しました(18年9月から19年3月で約6割減)。しかし、それがたとえ事実であったとしても、一方の政党に有利な情報だけを一面的に、それも外国メディアが広告という形で流すことには、問題があります。

中国メディアによるこの広告は、中国に対し貿易問題で厳しい姿勢をとるトランプ政権がダメージを受けるよう、中間選挙で与党共和党が議席を減らすことを狙った中国政府の意図をうけたものと見られます。

人民日報や新華社、中国中央テレビといった中国メディアは、中国政府の厳しい統制下におかれており、その活動は事実上中国政府の活動と同一とみざるを得ません。メディアによる情報の流通は国民の世論に直結し、ひいては体制の安定にも影響するからです。したがって、中国メディアの外国駐在員は、中国政府の宣伝活動を行っているとも言えます。

この観点から、米国政府は、18年9月、中国メディアへの監視を強化するため、中国メディアを中国政府のために宣伝活動を行う機関に該当するとして、「外国代理人登録法(FARA)」に登録し、活動内容を司法省に報告することを求めました。

トランプ大統領は、この選挙干渉ととれる広告を写した写真とともに「中国はニュースのように装ってプロパガンダ広告を出している」とツイートし、非難しました。

ペンス米副大統領は、10月の演説にて、「中国は11月の米中間選挙や2020年米大統領選挙に向け、米国の世論に影響を与えるため、前例のない活動を開始した。中国はトランプ大統領とは異なる大統領を望んでおり、明白に米国の民主主義に干渉している。」と非難しました。

中国はなぜ昨年の大統領選に干渉しなかったのか

結局のところ、20年の大統領選挙においては、中国は干渉をしなかった模様です。しかし、これは決して中国が改心したということではないと思います。先月の国家情報官室の報告では、選挙干渉をすれば米国が対抗措置を取り、米中関係が一層悪化することを懸念した可能性が指摘されています。

しかし率直なところでは、中国としてトランプ氏とバイデン氏のどちらが大統領になれば中国に有利なのか、わからなかったのではないかと思います。

18年の中間選挙の時には、議会が民主党優位になることで「ねじれ」の状態となることを狙ったわけです。そうすれば、トランプ大統領の政策全般の遂行が困難になり、対中強硬政策も鈍ることを期待できるからです。

しかし、大統領選挙でトランプ氏とバイデン氏のとちらがよいかということになると、全く読めなかったのではないでしょうか。トランプ大統領は中国に対して非常識なまでに強硬な貿易戦争をしかけましたが、バイデン氏はより常識的になることが期待されます。

しかし、トランプ大統領の強硬姿勢は、他のリベラル民主主義の国からも遊離し、むしろ国際社会で「浮いた」存在になっていました。アメリカがその状態にあった方が、中国に対する厳しい国際世論を相対化(緩和)することができるかもしれません。

結局全体として見て、どちらが中国に有利かよくわからず、選挙干渉をしたくてもすることができなかったのではないでしょうか。私はそのように考えます。

これこそ本当の内政干渉

ロシアや中国は、国際社会が自由や民主の価値を守るために、一致した行動をとろうとする時、必ずといってよいほど「内政不干渉」を振りかざしてこれに抵抗します。

特に中国は、近年の急速な経済発展を背景に、中小国に経済的利益をちらつかせ関係を強化しています。それらの国で人権侵害や民主主義に逆行する動きがあっても、これに関知しません。むしろ、他の国が経済支援を引き上げる中で、ここぞとばかりに関係を強化します。いくつかの事例はこちらで紹介していますので、参照ください。

自由や民主に逆行する動きがあった場合は、国際社会としてこれに関心をもって、そのような状況が改善されるよう働きかけるべきです。これを内政干渉と呼ぶのでしたら、民主的に行われている選挙に介入してこれを歪めることは内政干渉ではないのでしょうか。

ロシアや中国は、リベラル民主主義の弱い中小国に対しては内政不干渉を掲げながら関係を強化し、結果としてむしろ自由や民主の育成を阻んでいるわけです。それに対して、自由や民主といった普遍的価値の確立した先進国に対しては、選挙という民主主義を担保する制度に歪んだ圧力をかけ、自由と民主を後退させようとしているのです。

これこそが非難されるべき内政干渉ではないでしょうか。

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