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ブックレビュー「ユーミンの罪」酒井順子(著)

「ユーミンの罪」酒井順子講談社現代新書 277頁 ★★★★★

 とんでもなく面白かった。ユーミンファンでも何でもないボクでも、とっても刺激的な本だ。男のボクでもそうだから、女性でバブル時代に青春を過ごしてきた人だったら、感涙ものだろうな。そんな、ユーミン時代に寄り添うように生きてきた、一人の独身女性・酒井順子が、ユーミンという時代の寵児への想いを綴った本であり、かつ画期的な女性論である。

 しかし、これほど「歌詞」を深読みした人を知らない。今までにも、作詞家・阿久悠の本とかは読んだことがあるのだが、時代のヒットメーカーであるユーミンの歌詞を、微に細に解釈してくれた本は初めて読んだ。バブル時代を経験しているボクは、もちろんユーミンの「レコード」は持っていたし、たぶん全曲聴いているはず。ただ、流行歌感覚でしか聴いていないので、それほど熱心に聴いていなかった。だからユーミンの描く女性像が、女性にとって革新的だったことに、ボクはまったく気が付いていなかった。山の手感覚で「ハイソ」でお洒落なユーミンより、男であるボクは「四畳半フォーク」の方が、性に合っていたのだろう。

 ユーミンは、著者によるとボクが思っていたより、遥かに「時代」を鋭敏に嗅ぎ取っているアーティストのようだ。嗅ぎ取るどころか、同時代に生きている女性に多大なる影響を与えるカリスマ的存在だったようなのだ。
今となっては、当たり前になってきた女性の社会進出。しかし荒井由美がデビューした1970年代は、まだまだ男の社会だった。歌謡界では、歌謡曲と共に演歌が保守本流。男の作詞家が描く女性像は、「忍んで耐える女性」でしかなかった。アイドル歌手もたくさんいたが、すべて男性目線の「ぶりっ子」でしかない。そこに登場した荒井由実は、『ダサいから泣かない』と女の矜持を自らの言葉で発して、女性たちの共感をつかんだのだ。

この本では様々なキーワードで、ユーミンの曲・言葉が女性の社会的自立を促進してきたことを説明している。特に『助手席性』という表現が秀抜。確かに当時の若い女性は、見栄えのいい男のスポーツカーの助手席に座ることがステータスだったろう。車を自ら運転することはないが、助手席から指図はできる関係だ。それまでの「待つ」ばかりの女ではなく、少なくとも男を選べるし指図もできるんだ、という認識を植え付けたことは画期的だ。
さらに日本的情緒性を排した『除湿機能とポップ』、女性心理の二重構造『外は革新、中は保守』、それでも大半の女性は『連れてって文化』となる。

しかし時代は移り、男女機会均等法が施行されて、大卒女子が社会で働くのが当然になると、ユーミンの歌は『女の軍歌』となり、毎朝OLを鼓舞することになる。バブル時代になると『恋愛のゲーム化』が進み、奔放な女性が主役になっていく。やがてユーミンは、時代を超越した存在となり『永遠と刹那』を語り出すのだ。

素晴らしい。日本女性の近代史を、ユーミンを「触媒」にして見事に表出させている。このような解釈は、男には絶対できない。自らの経験と実感がなければ、思い付きもしないだろう。女性特有の鋭い感性を持ち、同時に揺れ動く己の乙女心を、冷静に客観視する能力がないと書けないはずだ。
バブル時代に青春を過ごした女性に、独身のキャリアウーマンが急増したのは、ユーミンが原因とは言わないが、ユーミンの影響は大きいのだろう。だから、この新書のタイトルが「ユーミンの罪」なのだ。
オビには、「ユーミンの歌とは、女の業の肯定である」とある。自分の生き方が間違っていなかったと、著者のようにアラフィフになっても独身を続ける女たちは、肯定してもらいたいのだ。ユーミンは常に同時代の女性の味方であり、ユーミンの歌は「応援歌」なのだ。たとえユーミン自身はサッサと結婚して「勝ち組」になっていても・・・


このブックレビューは、2014年2月に書いたものだ。それにしても、2021年になった今でも新曲をリリースし続けているユーミンは、相変わらずパワフルだな~

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