「虐待かも?」と思った時、189をためらわないで欲しい理由

最近ツイッターで
「虐待してないのに、児相と警察が家にきた」
というツイートが話題
です。

毎日、必死に育児をしていて、(もはや社会的なレベルで)育児へのサポートは少なく、
むしろ保育園にすら入れないという冷遇のされっぷり。
そんな中、虐待せずに育てるという困難を日々乗り越えているにも関わらず
どこかの誰かから虐待を疑われ、児相と警察まで来てしまう……

これは、保護者としてとても悲しく、ショッキングな出来事と思います。
私だったら辛いし、
正直”役所”全般には恨みが募っているので(最近だと、保活とか保活とか保活とかのことで)喧嘩しちゃいそうな気さえするのですが、
それでも、「虐待してもいない家に児相と警察が来る」ということは
好意的に、肯定的に、受け入れたい
と思っています。

警察や児相は、縁遠い人には本当に縁遠い機関と思いますし
ジャパンは「公的な職域の人たちにご厄介になる」ことをよくないこととする風潮が強いので
そして、
育児は「完璧にできて当たり前」という抑圧が強いし、
虐待の定義が狭い&極端なものしかイメージされにくいので、
ますます「児相が来た!」は、ショッキングなんだと思います。

でも、「虐待してもいないのに児相がきた」は、絶対的に、いいことです。
そういうことがある、という状況を止めてはいけないし
むしろ加速させて頻度を上げていかなきゃいけないと思っています。

だから
「虐待してないのに児相が来るなんてショックだよね……」
という理由で、
「虐待って確信が持てないのに189するのはちょっとな……」
って、ためらうような人が増えて欲しくないです。

児相の人には逆に申し訳ないかもしれないけど、現状と比較したら”フランク”って思われるくらいに
もっと189する人が増えて欲しいです。

【虐待だって確信が持てなくても189を躊躇わないで欲しい理由】

「虐待は密室で起こるから」
これに尽きます。

虐待は、隠れたところで行われます。
だから、基本的に気づかれにくいです。(というか、隠れているんだから、誰かが気づいて連絡するまで気づいてもらえないことも多いです)
児相職員などではない、一般人が確信を持てるレベルというのは
下手したら数秒後に殺されてもおかしくないレベル
というくらい危機の迫った状態だと思っていいのでは、と思います。

189する一般人である私たちは、きっとそれくらいのイメージでいていい。

難しいのは、「まぁ、気にしすぎだよね」というレベルのとき。

虐待ではないケースもあるでしょう。
でも、虐待のケースもあるかもしれません。

迷うと思います。
でも、迷いながらでいいので189してください

虐待ではない場合、「無実の罪」で児相職員が来てしまったら、保護者に無用なストレスを与えてしまうことにはなります。
しかし命の危機には直結しません。
虐待だったのに189せず、職員が訪問できなかった場合
最悪の場合、死人が出ます。
子どもが死にます。

私たち一般人が、虐待かどうかを判断する必要はありません。
それは児相の人(たち)の仕事です。
「虐待じゃないのに訪問させて、忙しい児相の人の手を煩わせてしまっては悪い」と、私たちが忖度する必要はありません。
それも職員の仕事のうちです。(勝手に言っててごめんなさいね)

「本当に虐待じゃないのに子どもを連れていかれてしまった」というケースもあると思います。
しかしそれは
誰かが189したせいではなく、分離の必要なケースであるか否かの判断に問題があった、ということです。
そうした問題の解決・解消は非常に大切なものですが、
189するかしないかとは、また別の話。
「虐待かも?」と思った時に189しない理由にはなりません。

なお、「虐待なんかしてないのに」というケースの中には
DVやモラハラ同様、加害者に”加害している自覚がない”という場合も含まれます。
また現状の日本では、「虐待」という言葉でされるイメージがとても限定的なので、
(もしくは身体的なものを伴わない暴力を矮小化する傾向があるので)
ますます判断が難しいのかな、と思われることもあります。

いずれにしても、私たちは気にせず189しましょう。

【蛇足のような、私の話もふたつ】

1、私の話
私自身、虐待サバイバーで
高校に入る前くらいまでは毎日死に方をシミュレーションして何度か未遂もしていたレベルだったし、
どうやら同じ部活のママさんたちにはうちの様子はうっすらと知れていたようだったし、
考えてみればそもそも、ご近所のみなさまには怒鳴り声やらなにやら聞こえてないわけない、はずなのですけれども
通報や保護などされたことは一度もありませんでした。

今とは時代も違って、今よりももっと「虐待」への理解がありませんでした。
それでもまだ、今はいい時代だ、とは言えません。
まだまだ足りないです。
虐待が虐待として認知され、把握される件数が増え、
そして何より「専門家」が増え、施設・機関が増えますように。
そうできるための潤沢な予算が組まれますように。
と思います。

当時から、命の電話みたいなものはありました。
児童相談所というものがある、ということも知っていました。
でも、自分から利用したことはなかったんですよねー。

「電話して、話を聞いてもらったところでなにがどうなるわけでもないし」
「児相って大人が使うものなんでしょ。子ども本人がかけてもいいとか言われても、前提にされてない程度じゃ信用できん」
とか思ってました。

死にたいというか、
消えたいとか「疲れたー」「もういいよねーもうおしまい!」とか思うくらいには切羽詰まっていても
いるからこそ?
自分から手を伸ばすアクションというのは、なかなかできないものです。
あれです、溺れる人は静かに溺れる、というやつ。あんな感じです。静かに死ぬ。(静かでなくても、密室なら結局死ぬまで社会的に知られずに死ぬ)

保護やなにやらの仕組みが子どもたち本人にもちゃんと知られて、
子どもたち自身が「どういうサポートを望むか」「どう支援されたいか」を選べるようになるといいんですけど、
それもなかなか難しいので、
強引と思われるとも思いますが、まずは大人は「189する」「保護する」を前提で、
どうかひとつ、よろしくお頼み申します。

2、私の周りにいた”子ども”の話
小学生……1人。
中学生……1人。
高校生……2人。

これ、
「今から思うとあの子は虐待を受けていたな」
とほぼ確信できる、(定期的に会話をする程度には仲のいい)同級生の数です。

高校生の2人のうち1人からは、直接的に話を聞いてもいました。
しかしね、
当時の私はなにも、なんにもできませんでした。
その子からは、ただ話を聞いていただけ。

というか当時は自分も渦中にいたので
(高校は非常に素晴らしい環境だったので私は息を吹き返していて、死にたみが激減していました)
ますます余裕ないし、
気づいていなかったけど、感覚も狂っていました。

「夜中に馬乗りになって首を締められる? へー……(うちとは違うタイプだけどこの子の家も大変だなーでもその程度ならまぁあるよね)」
みたいな。
なんなら「(***なだけうちより全然マシじゃん、余裕だな!)」くらいのこと思ってました。

感覚が狂っていたとしか言いようがない。

その子は今もちゃーんと生きているから
最悪のことにはならなかったわけだし、どっこい「超しあわせ☆」かもしれないけど
当時あの子がもし、私なんかじゃなく大人に相談できていたら
より苦労のない人生を歩みつつ「超しあわせ☆」にたどり着けていたかもしれない。

もしくは当時の私がもし、「こういう相談を受けたんだけど」って相談できる大人を見つけられていたら。

なんか、昔苦労した人が今しあわせだったりすると
「あの時の苦労があったからこそ」とか
「そういう過去をひっくるめて今の自分」とか
「あの出来事がなければ未来は変わっていたかもしれなくて、そうしたら今の自分はないわけだし」とか
言われたりすることあると思うんですけど

私はそういうの、全っっっ然信じていなくて

私は今、自分の現状をほぼ100%肯定できるって断言できるくらいいい感じの人生を送っている最中なんですけども
過去のあんなことやこんなことがなくても、今と同じ未来に行き着いていたような気もするんですよ。
過去が変わっていても、たぶん結局夫にも会ってうちの最愛の子どもにも出会えていたのでは。
過去のあんなことやこんなことがなければ、むしろ今もっと生きやすく今を生きて入られたのでは。
苦労とか理不尽とかに、意味とか価値とかつける気がないというか。
いらない苦労はないほうがいいし、
いらない理不尽もないほうがいいです。

私は大人になれたので、
困っている子どもを見つけたら、勝手ながら、その子の被っている諸々が取り払われる一助くらいにはなりたいと思っています。
すごくちっちゃな子どもの頃、そういう大人がいっぱいいてくれたらいいのにな、と思っていたからです。
今も思っています。
どうかひとつ、よろしくお頼み申します。

つかね、
他人の子どもに「もしや」って感じるところがあったら189する
なんてのは、
自分の子どもに虐待せずに育てる
ことよりも、絶対に、うんと簡単
なのでね。

どうかどうか、よろしくお頼み申します。

おわり。

あ、追伸。

この記事書こうと思ったきっかけのツイートで
「虐待ってことでいいんで(保活の点数)加点して」みたいなこと言ったら児相から連絡こなくなった、みたいのもあって
それはダブルでひどい話だなーと思いました。

虐待の可能性消えてないなら(電話、という手段やその頻度が適正かどうかはともかく)状況確認は続けるべきだし
そんで虐待の可能性あるなら、加点しろよ!!!! と。

保活の「虐待」事由での加点というのは、いくつか条件があるそうで
・自治体の相談窓口に相談している
・その他、自治体が認める相談機関などに相談している、支援を受けている
ことが証明できて、かつ
・自治体が保育所の理由が必要と認めた場合のみ
保育所を利用できるそうです。

うちの自治体はそんな感じ。
(自治体差ありそうだし、判断が属人的になりがちというか同じ自治体内でも対応した人によって差が出そうな怖さがある)

私は自分を虐待加害者の高リスク層だと思っているのですが、それを理由に保育所を利用しよとしたら(したい、ものすごくしたい、と思っていました)
自分がいかに虐待の連鎖に怯えているサバイバーであるかを相当アピールしなきゃいけないし、
なんなら「虐待した」と認められても程度によっては保育園利用は別にできない。
みたいなこともありそうで
つまり実質的には、相当の条件がなきゃ虐待予防のためには利用できない、という風には使えなさそうだな、という印象を受けたのですが
どうなんだろう。

予防はできなくて、相当のことが起こってからでないと対処できない、っていう、いつものダメで残念すぎるパターン。なのかな……?

そういう利用ができるなら、本当に助かるんだけどなぁ。
私も、何より、子どもが。

国の人とか行政の人とか、
そのへんもどうかひとつ、よろしくお頼み申します。

追伸も、おわり。


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