見出し画像

フリーライターは自分をコントロールできなくなった時の対処法を持っとくといい。

こんばんは、または初めまして!
フリーランスライターの萩原すうです。

週末最後の夜に息子が傍らで「学校始まるううう…」と項垂れています。キミの仕事だ、頑張ろう!となだめて、お風呂上がりにアイスを食べる約束をしたら、気合を入れて学校の準備を始めた。いつまでこんな幼稚な手段が通じるのか…。

話がそれるのですけど、今日こんなツイートしたんですよ。昨夜、早めに鎮痛剤飲んでおいたので、頭痛は楽なんですが。過去の事故の後遺症の鞭打ちが痛んだり、腰痛があったり、気分が泥沼に落ちる手前。なんなら落ちても良いとさえ思うくらい気力がない。

週末後半で仕事オフ、息子のフル1日の予定。現在3件契約しているクライアントさんの執筆がどれも進まず、焦る。焦るけれども。もう今日は半休!…と決めたのに全休に振り切りました。

頭の中が騒がしいHSPの気質

なんだか頭の中がとにかく言葉でぐるぐるしていて。理由は些細なことなんでしょう。向き合いきれていないので明確ではないんですが、心当たりはあります。

これは良くないなあと思いながら、朝、息子とみるアニメ教育番組を見て仮眠。それから読書をしました。

いやほんと、執筆しようかなってiPad引っ張り出したの。このとき。でもモニター起動時間が今までの200倍と通知が来て、「あ、デジタルデトックス必要」って思ったのね。これも全休に振り切った理由の1つです。

私の好きなこと

私が好きなことは、好きなものを読む、書く、描くです!あと体を動かす系で言えば、ストレッチと散歩かなあ。

読書をしないと中毒症状が起きる

中毒症状というのが、今回のような脳内の騒がしさ、無気力のようややる気の枯渇です。寝不足でも起こるけれど…。

今日は2冊読みました。

こちらの2冊。

『なまけ者のさとり方』は、石田ゆり子さん著書で紹介されていたので図書館で借りた。正直、スピリチュアル入っていたら無理だな…読了無理だ。そう思っていたけれど、まったくスピリチュアルも宗教も関係していない、著者が感じた経験からのさとり方について書いてある優しい本でした。


『なまけ者のさとり方』

ここで紹介しているスペースの存在は、通院しながら認知行動療法をしているときに出会っていたものだとわかって、理解はスムーズな方だったかな。でも、やっぱり全ての物事に『逆らわない』というのは簡単なようで究極な真意だと思う。すぐには自分の中に落とし込めなくて、途中寝ちゃった。けれど起きてからまた続けて読んだ。最後まで読通して、ライター用の荷物の中に忍ばせる。早い段階で自分用に購入しようと思っていたので(そしてもう届いているので)それを忍ばせた。こまめに開いて読もうと思って。

自己啓発のやや上から語られる目線が合わない方が多いんだけれど、こちらは上手だった、その点の配慮。たぶん、それがあってはスペースにならないからというのもあるのだろうけど。

書く仕事をしていると、時々自分の軸がずれてしまうことってないですか?私はけっこうあって。多分、書きたいことを書けないフラストレーションが溜まってのことなんですよね。だからこそ今自分のライターとしての在り方を見直す意味でも揺らいでいるのかなと。

そんな時、誰かに助けを求めるのは簡単だし、きっと相手も答えてくれると思う。でも大事なのは、その問題と向き合って手を取って、どうしていくかを洗い出して客観視することなんですよね。自分のことは、恐らく自分が1番理解してあげられる存在だと思うので。

なんて言いながら、私はプロフィールにも書いている通り頼ることが苦手なので、基本的に人に話すことは少なく、自分と内側で対話して進んでいくことがほとんどです。そんな孤独な中で、この本は希望の光というか。そんな存在になってくれたので持って歩こうと決めました。重いから電子書籍にすれば良いのに、思ったけど…これは紙の本で読んで、書き込んで付箋もバシバシ貼りたいから。

『生き物の死にざま』

『生き物の死にざま』に関しては、これは別で記事を書きたいと思っているのでさらりと感想を残すとするならば。私が書くことの深い根っこにあるものは「共生」。共に生きること。なんですが…。

所詮私も人間なんだなって考えてしまいましたね。それぞれの動物の目線で見ると、人間に限らず生き物同士の理不尽さに泣きたくなります。
でもそれが、結局は生きるため。食物連鎖の図式がふと頭に浮かんだ。中学の理科の教科書の1ページをそのまま思います。あとは社会もかな?

生きるために終わらない連鎖を止めようとは思わない。ただ、ともに寄り添い思い合うことができたらなとはつくづく思っています。

仲間の亡骸に砂や落ち葉をかけ埋葬する仕草を見せるゾウ。外界には出ないでひたすら蓑の中に籠る蓑虫のメス。縦社会のハチやハダカデバネズミ。彼らには彼らの社会があって、生き方があって、尊重すべきものであることは疑い用がない。ハツカネズミ…人間の代わりの犠牲者とも言えるハツカネズミたちにも、感情を持ち合わせたら全てのバランス、そして私たち人間の社会が崩れることもわかる。

どうにできないことがあることが、とにかく悲しかったです。書くことは浄化の作業と思っていますが、昇華させることもできると思っています。そうすることで、その文章で報われない気持ちが昇華したと感じてくれる人がいるなら、私は枠にハマった文章でも書こうと決めたんです。……人間嫌いなのに、人間のためというのもちょっとおかしいけど。

読書後の私は〇〇をしていた

そんなことを読み終えて考えたとき。手は勝手に執筆を始めていました。単純に昼を過ぎて身体が温まり調子が乗ってきたのかもしれないし、美味しいご飯を食べたからかも知れない。

でも、おかげで1記事は初稿が終わりました。

書くことは、私の心と命と向き合うことかも知れない。そんな大袈裟な…と思いつつも、あながち否定できないと思った日曜日でした。

今度書けない!気力が出ない!…なんてときは、紙の本を読みます。電子書籍ではなくて、紙の本!ここが重要。デジタルデトックスにオススメです。活字好きさんには特に。



この記事が参加している募集

読書感想文

よかったらサポートお願いします🌿 取材ライターになること、Kindle書籍の出版、小説絵本作成…など、今後の活動の一部に回させていただきます🌸