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【書評】『科学技術の現代史-システム、リスク、イノベーション』

みなさん、こんにちは。GW中に早速もう一冊読みましたので、ご紹介させていただきます。

『科学技術の現代史 システム、リスク、イノベーション』
著者 佐藤 靖

本書は1950年代から現在までの科学技術の発展の背景、その構造の変化について論じられた本になります。
この本の特徴としては、ほとんどの記述の対象をアメリカに絞り込んでいることです。1950年代からソ連崩壊までの冷戦期、そしてその後のポスト冷戦期において、アメリカだけでなく、日本、西欧、そしてソ連も当然、科学技術の発展に大きな影響をあたえてきました。しかし、アメリカに絞ることで、アメリカの政治、軍事、社会がどのように科学技術に影響を与えてきたのかという視点を通して、科学技術の発展の背景、その構造の変化をシンプルに捉えることができる構成となっています。

本書を読むと、『組織体制の側面』、『正当性・信頼の側面』、『需要・期待の側面』の3つの側面によって科学技術の発展が進むことがわかります。
ここ数ヶ月、世界の各地でコロナウイルスの脅威とその対策が大きな話題となっています。『需要・期待の側面』から観た時、このような世界的事象によって、衛生用品やコロナに効き目のある薬といった医療、テレワークやオンラインでの教育・経済活動といった情報通信技術に対する社会的な期待が大きくなったのは事実です。そして、この期待に応えるために多くの企業がこれらの分野で日夜、研究開発を行っています。
私たちは今、現在進行形で新しい科学技術の現代史を刻んでいるのかもしれません。

<以下、本書の概要>

本書では、アメリカを焦点としつつ、以下の3つの観点から科学技術の発展を論じています。
1,科学技術の形態と、それを開発し運用する組織体制との連関(主に第1章、第4章)
2,科学技術を支える社会的信頼のメカニズムの変化(主に第2章、第5章)
3,科学技術に対する期待の変化と、それにともなう科学研究の変容(主に第3章、第6章)

第1章では、まず原子力と宇宙開発を取り上げています。
冷戦期においてこの2つの分野は軍事面からとても重要なテーマでした。
そしてこの時期に原子力爆弾の開発体制を原型に、軍の膨大な資金を背景にして科学者、軍、関連企業が一体的・階層的に組織されたことを著者は指摘しています。

第2章では、科学技術の権威に対する社会的な信頼の変化が記載されています。
1969年に大統領に就任したリチャード・ニクソンの時代を取り上げています。この当時、原子力発電所による環境への影響に伴う環境影響評価の実施や生命科学分野の遺伝子組み換え技術の発展に伴う安全性の確保のためガイドラインの作成など、これまで善とされてきた科学技術の研究について負の側面への着目や社会的な懐疑とそれに伴う科学の権威の多元化が生まれました。このため、科学技術の政策としてもエネルギー政策において環境に優しく身の丈に合った「適正技術」が求められたように、科学技術の成果に対して社会還元を求めるようになりました。

第3章では、産業競争力の強化とそれに伴う科学技術に対する期待の変化が記載されています。
1970年代はアメリカ経済の地盤沈下が議論されていました。特に地盤沈下の原因はイノベーションの停滞によるものという論調が目立ち、1977年のカーター政権以降、企業への技術移転の促進やパテント政策の変化といったイノベーションによる産業競争力の強化が図られる政策がとられました。

第4章では、冷戦終結前後の科学技術の研究開発の変容が記載されています。
冷戦末期の1980年代、アメリカではチャレンジャー号の事故、ソ連ではチェルノブイリ原発事故が発生しました。これらはそれぞれ技術水準が未熟であったことが直接的な原因ですが、研究開発体制の組織的な病理があったことも一因でした。これらの事故を通して冷戦期の科学技術の巨大な研究開発体制の限界が露呈するようになりました。このような状況に加えて、冷戦終結によって軍事的な研究開発の必要性が薄まったことで研究開発の組織体制の再編が行われました。
これによって、軍事目的の技術の民間転用(スピンオフ)や民間の技術を軍事に取り入れる(デュアルユース)ことが行われました。
また同時に、グローバル化が進んだことで国際的に標準化が行われました。これに伴い、軍事、宇宙開発、原子力といったこれまで冷戦期の巨大な研究開発体制で行われてきた分野では分散・ネットワーク化の傾向が進みました。

第5章では、科学技術の社会での活用が記載されています。
1990年代には財政の厳しさから、これまで科学技術の発展に伴って盛んに議論されていたリスクを定量的に評価する科学的手法に費用対効果のデータ等実証的なデータを加えたエビデンス(客観的根拠)に基づいた政策形成(EBPM)が行われるようになりました。また、科学技術のリスクについても定量的なアプローチや確率論的なアプローチによってリスク評価されるようになり、それを行政がリスク管理するという手法が確立されていきました。
このように科学と政治の協働が行われるようになった一方で、気候変動問題や生命倫理といった科学的な不確実性が大きい場合、その協働が働きにくいという問題も発生しました。

第6章では、イノベーションの推進が記載されています。
21世紀に入り、中国に代表されるような新興国が急激に経済発展してきました。アメリカでは「イノベート・アメリカ」(通称パルミサーノ・レポート)に代表されるように、自国の発展には絶え間ないイノベーションの発展が不可欠という危機意識から、イノベーションの促進が盛んになりました。そして、情報通信技術や生命科学の分野でアメリカは世界を圧倒するイノベーションを起こしていきました。
一方、大学では資金獲得競争が激化し、多くの研究者たちは経済的なインセンティブの網の中で研究を行うこととなりました。これによって、研究実績を積む上げるための研究不正等の新たな問題が発生するようにもなりました。

最終章では、第1章から第6章までの総括が記載されています。
現代の科学技術は組織体制の側面、正当性・信頼の側面、需要・期待の側面の3つの側面で捉えることができます。そして現在のAIに代表される情報通信技術やゲノム編集に代表されるバイオテクノロジーといった最先端の技術はこれまでの科学技術の発展の流れの延長線上にあります。しかし一方で、これまでとは異なるタイプのリスクも発生しています。
現在の科学技術は不確実性と変化と多様性を前提とした経済の論理によって形成されているものの、今後は国家があらゆるステークホルダーと協働し、経済社会と科学技術の予想困難な進化の調整を図っていくことになっていくだろうというのが著者の見解です。

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