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デザイン雑記_4 :『すべての仕事はクリエイティブディレクションである。』古川裕也

無意味な疲弊めちゃ嫌

Webデザインの仕事始めて約4年半。いろいろプロジェクトやる中で、Webディレクターがひいた構成を元にデザイン起こしてくのはやりがいある専門性高い仕事と思う一方、例えば「キャンペーンやりたいんでLP作ってください」って依頼の時とか、もちろんそれが正解な場合もあるけど、よくよく深堀りしてくと場当たり的な…あ、いや、短期的施策を否定するつもりないけど、短期的施策にせよ長期的ブランディングにせよ何らかデザイン起こす以前にブランドフィロソフィ何なのか明確に固めた方が課題解決の近道と見受けられますよ、など思う場面もあったりする。

当人達は固めてるつもりでも、例えば「ブランドガイドライン見せてください」→「ブランドガイドラインございません、企業案内ならあります」→「()、左様でございますか、拝見させていただきます(ひー、事実の羅列だけでユーザーに価値わかりやすく伝えるほどには情報整理や演出が乏しいしエモい部分が読み取れなくて共感できん、きっとパッションあるんだろうに伝わらないのもったいないなぁドンドンパフパフ(無理矢理自分を鼓舞する音))」など。

その度に心の中で「その状態でWebだか何だかデザイン伴う何かしてもズレたブランドイメージ醸成して長期的メリット薄々の薄。地盤これじゃ家建てても砂上の楼閣率高。辛」とか「すぐ崩れる可能性大の家を建てさせられる我々の気持ちよ」とか「Webうんぬんの依頼は大変ありがたいけど、これまず経営コンサルやブランドコンサルにご依頼の方が有益かと思われますよ」など湧く瞬間が度々あり正直最近モチベがクソほど地盤沈下してたんだけど、え、なんで私が地盤沈下せんとあかんの。段々腹立ってきた。

このままじゃいかん、何でこんな事案発生するんだろう、と考えると大抵の場合、先方のところにはクリエイティブディレクターもチーフクリエイティブオフィサーも不在って状態だったりする。あと、我々の受ける依頼の主なのはPRに付随したり内包されるWeb施策なんだけれど、他のメディアのクリエイティブを他会社が作ったりする際、そういうメディアの違いを横断してブランディングに基づいてクリエイティブ管理する人が先方にもいない、こちらにはいても人材数足りてないから全部見切れない → 各々で出来る限り頑張るしかねぇ → そもそも私がまず未熟でした → ☠️ 死 🙏 チーン てのが原因と思い至り、おこがましい事この上ないけどクリエイティブディレクターになって状況改善したい、という、とあるWebデザイナーです。どうもこんにちは。長い、前フリが。

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当noteは様々なデザイン仕事を調べ「デザイン」ってのを考察しようって方針で始めたものですが、前回に引き続いてユルい読書感想文です。

今回読んだ本は、前フリでの「なりてぇ…クリエイティブディレクター(以下CD)になって、疲弊するにしても意味のある疲弊がしてぇ…」という動機に基づき、CDを目指すために読んだ本なのですが、その紹介をする前に「他にもアートディレクターとか聞くけど何がどう違うの?」という疑問があったので整理してみました。

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職場の状況や、その人が持つスキルによって肩書を兼任する場合もあるかと思いますがとりあえず、よく見る例です。

他業界の話で

ファッション業界でも「クリエイティブディレクター」という肩書があり、元々はファッションデザイナーという呼称で括られてきたけれど、1994年にグッチを立て直したTom Ford氏の存在がデカイようで、ブランドのイメージ戦略(マーケティングや広告を含む全体的なブランド事業)を一手に引き受けたことから、それまでの「ファッションデザイナー」ではなく「クリエイティブディレクター」という呼称が浸透したようです。

ファッション業界では【ブランドの運営】に関わる「クリエイティブディレクター」(ビジネス面、とりわけマーケティングでの貢献が期待されるようだ)に対比して、【デザインの現場】に関わる「アーティスティックディレクター」(本人側の傾向としては職人気質なデザイナーがアーティスティックディレクターの肩書を好むらしい)というのがあり、どちらを選ぶかは本人の意向やブランド側の事情によるようです。他業界ですが共通っぽいところもあって面白いなと。

役割が更に拡張するような人がでてきたら、また新しい呼称の肩書が生まれるかも、と言われてるようで、これはPR業界/広告業界でもあり得る話かもしれません。

ようやっと本の紹介で

で、読んだ本はこちらです。

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『すべての仕事はクリエイティブディレクションである。』古川裕也 (著)
https://www.amazon.co.jp/dp/B01FDUKN5S

古川氏は電通CDC局長 エグゼクティブクリエイティブディレクターですが、断片的な情報が下部リンクにありますので、よろしければどうぞ。

タイトルの「すべての〜」と聞いてパッと想起した名言があり、「Jeder Mensch ist ein Künstler./ 人間は誰しもが芸術家」っていう、 ヨーゼフ・ボイス氏(1921 - 1986)が言ってたんですけど、それと類似してるな、と。「本質的なことは普遍的になるから、この2つの意味は当たらずとも遠からずなんじゃないか?」などと思ったタイトルです。

「すべて」というのはCDの仕事の本質的内容が、

【課題→アイデア→エクゼキューション(遂行や管理など)】

で、この場合の「クリエイティブ」が狭義の「広告などの制作物」ではなく、「創造的な」といった広義での意味であれば、どんな仕事も

【課題→アイデア→エクゼキューション(遂行や管理など)】

と無縁ではないという意味で、「すべての仕事はクリエイティブディレクションである。」ということだそうです。はたひざ。

【課題→アイデア→エクゼキューション(遂行や管理など)】

大事っぽいので3回言いました。

クリエイティブディレクションの誕生

クリエイティブディレクションが世に生まれたのは、アメリカで1841年に最初の広告代理店が生まれてから約110年経って1950年代、広告代理店ビジネスが広く認知され今の原型が定まった時期だそうですが、当時はとりわけテレビCMを中心にそれと連動したグラフィック広告の企画制作を統括するのが主だったようです。

アメリカでは1940年代初めにはテレビは実用段階に達していたものの、世帯普及率は1948年までは1%にも満ちていませんでしたが、1951年に20%を超えてから以後は毎年10%越えの伸びを見せ、1955年には約65%に達していたそうです。

広告代理店ビジネスの原型の認知定着&テレビの普及&その頃のCDの仕事は花形がテレビCMだったことを考えると、当時テレビCMが消費者の購買行動に及ぼした強い影響力、その衝撃は相当だったんだろうと想像できます。

で、今はテクノロジー進化に伴うメディアの変化や、社会の成熟による企業の抱える課題の変化(「たくさん売れればよかろうなのだ!」から、SDGsや消費者に共感されるブランドになることなど)によりCDに求められる役割はより広く深くなってるのが現状のようで。

クリエイティブディレクションの定義

本書の中で「CDの仕事は傑作にならざるを得ないような状態に仕事とチームを追い込むことだ」や「CDは、概念係 兼 表現係である」など説明されていますが、私自身の理解のために、本書の中で説かれている「クリエイティブディレクションという仕事の4構成」と「業務の様々な場面でCDが切ることのできる/切らねばならない手札」をまとめたものが以下の画像になります。

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当投稿の出だしでグチグチ言ってた「土台うんぬん」の話は、上図だと「1.ミッションの発見」〜「2.コア・アイデアの確定/まずブランドの本質的な社会敵存在意義を定義する」という部分に当たるのだと思います。

上図の「4構成」と「できること/すべきこと」は、肝心かつ実用性の高い部分なので、とりあえず優先してまとめましたが、それ以外にも本質を捉えていてハッとさせられたり、示唆に富んだ部分の多い本でした。
このユルい読書感想文では拾いきることができない、という いいわけ。

事例紹介めちゃ良い

ここでは具体的に紹介はしませんが、本文中の事例紹介の納得感というか説得力が高い。それだけではなく、ものによっては創造性の高さとかストーリーテリングの良さとかを冷静に見れず感動で泣かされるような事例もあるので、不用意に電車の中でイヤホンつけて事例を検索する…とかはご注意ください。事例を視聴の際は落ち着いた場所で、念のためハンカチかティッシュの用意を推奨します。

感涙すると「3.ゴールイメージの設定/コア・アイデアを受け取った人にどんな気持ちにさせるか」で組み立てられたものなんだ、と頭では分かっていながらガッツリその策にハマる悔しさがあります。

その他、雑感

・クリエイティブディレクションの初期段階、問題を深堀りして本質が何かを掴み取ろうとする作業は、カウンセリングで根本的治療のためのトラウマ発掘作業と似てるな、などと。

・クリエイティブディレクションが論理的に概念領域を組み立てていくのを説明してる箇所を読みながら、「佐藤可士和氏も課題発見が重要と言ってたり、佐藤オオキ氏も新しい視点を見つけられる目が必要/課題発見から問題解決までを一連でできることが求められてる、とか語ってたなぁ」などと。

・「ミッションの発見は、課題からひとつ次元を上げて行うべき」という一文を読みながら「企業課題を社会課題に昇華することでより強い共感を生み出せるんだなぁ」などと。そういった社会課題にリンクしてない企業課題、確かにユーザーからしたら自分事化してブランドに親密な感情抱くの難しいだろうな、と。ブランド哲学を語ることが求められるようになってる今日、存在意義を明確にできない/明確にできてるが共感させれない企業はキツいだろうなぁ、とも。これは前回投稿の『選ばれ続ける必然 誰でもできる「ブランディング」』の読書時にも感じたことだけれど改めて感じた。そして、その本質に基づかないクリエイティブはディスコミュニケーションなんだろうな、と。

・本書は「ハードル高、めちゃ無理」と落ち込める内容がところどころある。例えば21世紀のCDが統括する範囲や関わる業種を示す概念図。2000年以前のそれと比べると吐き気するほど範囲拡張しており「ウッ」となる。反面、気を取り直し再読に挑戦すると、改めて事例に感動して「自分も創造性で社会貢献してぇ」と前向きな気持ちになる。その気分の昇降で読む度メンタル疲弊するが、無意味な疲弊ではない。ある意味鍛えられる?

・本書を開くと最初にとある詩の引用があるのですが、一度読んで「これは無理や…」となり、再び「もう一回読むぞ」という時、この詩がめちゃ染みます。背中を押されとる…という気持ちになる。気になった方は是非お確かめください。


クリエイティブに関わるお仕事されてる方は、例えCDじゃない/CDも目指してないという人でも有益な名著だと思うので是非。繰り返し読みたいオススメ本です。


以上、最近の読書録でした。

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『すべての仕事はクリエイティブディレクションである。』古川裕也 (著)
https://www.amazon.co.jp/dp/B01FDUKN5S

古川氏の断片的な情報 https://dentsu-ho.com/people/44https://www.mori.co.jp/company/press/release/2019/12/20191220130000003989.htmlhttps://www.kigurumi.asia/it/video/2627/



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