見出し画像

フィンランドで働くなら労働組合に入ったほうがいいの?

少し前に労働組合の記事を連載しました。
しかしその情報が「労働組合に加入するべきか、しないべきか」といった悩みに役立つのかと問われたら難しいでしょう。情報として不完全でした。

そのため今回は自分の考えと実際の事例を加えた補足記事を書きます。

労働組合の記事を書いた場で補足したほうが良いと判断し、今回はnoteで記事を書きます。





初手から結論を書く

長々と引っ張っても中弛みしそうなので自分の考えを最初に書いてみます。

労働組合に加入するメリットを享受できる可能性がある

  • フィンランド国籍を所有してる人(フィンランド人)

  • フィンランド人と結婚する、または結婚した人

  • 永住権を所有している人

  • 永住を視野に入れ、まず学生ビザでフィンランドに来た留学生

  • (労働組合に興味があり参加してみたい人)

  • (労働組合を応援したい人)

労働組合に加入するメリットがあまりない

  • 企業からオファーを受けて就労ビザを発給してもらった人

  • 勉強目的でフィンランドに来ている留学生

  • ワーキングホリデーで渡航してきた人


労働組合加入の恩恵を受けるのは主に雇用主と揉めたり不当な解雇をされた時などです。

労働協約の庇護を受けるのは労働組合の加入有無とは関係ありません。

しかし就労ビザで来た人は解雇された時点でビザスポンサーがいなくなります。解雇されたら転職先を即急に見つけるか、起業するか、日本への帰国かを決めなければなりません。不当性を訴える時間があるのかは不明です。

そして留学生は働くことが本分ではないため判断が難しいです。プログラム終了時に帰国するのか、永住する前提で来ているのかによって変わってくると思います。後者であれば加入を検討する価値はあるのかもしれません。

ワーホリで来ている人は滞在期間が短いこと、また年齢も若くお金に余裕がある人は少ないでしょう。一般的なフィンランド人よりもタイトな金銭事情を持つ人に組合費に見合ったリターンがあるのかは疑問です。




上記はあくまでも自分の感想です。
次の項目ではなぜそう思うのか具体的に解説したいと思います。


労働組合に加入するメリット

まずはおさらいです。組合に加入するメリットは主にこの3つとします。

理由1 失業保障が貰える

解雇や契約終了による失業、または求職期間が長引いたら支給されます。

失業保障は厳密に言うと労働組合とは別の管轄になり、組合に加入していなくても受け取れる制度です。記事終盤で解説しますが、今の時点では仮に"組合に加入するメリット"として扱います。

理由2 ストライキ手当が貰える

ストライキに参加した日の給与は会社から支払われず無給です。
しかし組合に所属していたら一定額の補償がされます。

理由3 組合や所属弁護士によるサポートが受けられる

雇用条件などでおかしいと思ったら相談でき、また不当な解雇や差別・ハラスメントを受けている場合は弁護士を始めとしたサポートが受けられます。




では次にこれらのメリットを受けるための要件やサポート事情を見ていきましょう。

的を絞ったほうが的確な記事が書けるため、以降はフィンランドの労働文化に慣れてないワーホリや学生(アルバイト)を対象に書いていきます
そしてこれらの方が就くであろう飲食業界の労働組合PAMを想定します。

他業界で働く人にも当てはまる部分があるのでご自身で補完しながら見てくださいね。


必要要件やサポート事情

理由1の失業保障を貰うための条件

この保障はフィンランド語で Ansiopäiväraha と言います。

Kelaから支給される Työmarkkinatuki/Peruspäiväraha とは異なります。

2024年4月現在、失業保障は以下の条件を満たしている人にのみ支払われます。つまり加入したからといって誰でもすぐ貰えるわけではありません。


Palvelualojen työttömyyskassa(PAMの失業基金)受給条件

  • 失業基金に6ヶ月以上加入している(注:労働組合ではなく"失業基金")

  • 他の失業基金(Työttömyyskassa)から離籍し1ヶ月以上が経過している

  • 週に18時間以上働いたら規定を満たす週として認められる

  • 規定を満たす労働を直近28ヶ月内で26週間(6ヶ月)行った場合


2024年4月現在は以上の通りですが、現政権の方針により2024年9月から失業基金の必要条件が大きく変わります。

2024年9月以降の条件の主な変更点

  • 額面給与が毎月€930以上の場合、規定を満たす(Ansiosidonnaisen työskentelyedellytys euroistetaan)

  • 規定を満たす労働を12ヶ月以上行った場合(Työssäoloehdon keston pidentäminen)


つまり12ヶ月を超える滞在ができないワーキングホリデーの方は、今年の秋以降失業基金から保障をもらうのがまず不可能となります。
(もちろん途中で他ビザに切り替えた場合はその限りではありません。)


なおフィンランドに長期滞在する予定の人はもちろん保障対象となりえます。しかし下記の件に注意が必要です。

注意
ちなみに失業基金は過去給与の同額保障はされません。
一般的には過去貰っていた給与の約60%(場合によって多少変動します)しか受給できず、そこから更に最低でも25%課税されます。

そのためパートタイム勤務者など失業前の基本給がそもそも低い場合、Kelaの失業保障とそう変わらない時があるでしょう。Työttömyyskassaの加入は追加で年会費が発生します。会費を払う価値があるかはよく考えましょう。

また過去記事でも触れましたが現政権の方針により、無職期間が長引いた場合は段階的に支給額が減る法改正が2024年9月2日から適用されます。
詳しくは過去の記事か"Ansiopäivärahan taso porrastetaan"で検索してみてください。




理由2のストライキ手当

ホテル・飲食業界の職場ではストライキが起きることは非常に稀です。
そのためストライキ手当を目的に労働組合(PAM)に加入するメリットはほぼ0と言えます。
ストライキを頻繁にする業界であればメリットは無くもないです。

飲食やサービス業界は政府や雇用主に圧力をかけづらい業種でもあるため、PAMは労働組合としてはそこまで影響力がないという見方もできます。




理由3の不当な扱いを受けた時のサポート

これも理由1と同様、気を付けたほうがいいでしょう。
なぜならアドバイスだけで終わることが多く、具体的に動いてはくれないパターンもありえるからです。


以下に知り合いから相談されたエピソードを書いておきます。
「こんなことがあったんだけど、どうしたらいい?」と相談され、雇用主や労働組合との実際のやり取りメールを見せてもらった時のことです。
(よって又聞きしたというレベルではなく、実際に起こったことです。)

知り合いRのSairauslomaエピソード
Rはフィンランド人で飲食業界で働いており、組合(PAM)に加入していました。業界歴は数年、新人というよりはそれなりに経験がある人です。

ある時、体のある個所に痛みがあり、会社の指定医(Työterveyslääkäri)に行き検査を受けたところ手術が必要と診断を受けました。
命に関わるほどではないものの、痛みが強く手術をしなければ業務に支障が出てしまうものです。そのためRは手術と病後のため病気休暇(Sairausloma)を受ける前提で上司に報告し、手術を受けました。

その後手術から戻ってきて職場復帰したRは上司に診断書(Lääkärintodistus)を提出しました。
※この書類を提出しないと病気休暇中の給与保障がされないことが多いです。特にこの業界は雇用主が従業員をあまり信頼していないのでその傾向が顕著です。

提出したものの結果は「不承諾」、つまり給与保障がされないことになりました。会社側は「美容整形手術など業務に支障がない理由での手術だった」と主張しました。

Rは指定医に確認したところ「業務に支障がでる、雇用主が病気休暇を保障すべき病状であった」と回答、労働組合にも相談したところ「違法行為に当たる可能性がある」と判断されました。
※病気や事故により仕事ができなくなった従業員は傷病手当(Sairausajan palkka)を受け取る権利が労働雇用法(Työsopimuslaki)で保障されています。ただ診断書に記載された理由によっては無給とみなされます。


その後、労働組合の所属弁護士からRの上司宛に勧告がいきました。しかしその上司は弁護士に全く返信をせず無視を決め込みました

ではその後どうなったかと言うと、弁護士はその後のケアはせず有耶無耶に。結局はただ給与カットをされた状態で終わりました。

手術は病状によっては職場復帰までに長くかかり数日程度の病欠では済みません。また同じことがあってはたまらない、こんな会社には居られない、とRは転職しました。

そんなR曰く「自分は長く飲食業界にいたけどこんな目にあったのは初めてだ」と言っており、幸いどこの仕事場でもありえるというわけではなさそうです。




Rの件ではなぜ労働組合が積極的に動いてくれなかったのかは未だに明らかになっていません。

それでもあえて理由を推測するとしたらフィンランドでの民事訴訟は結構な手間がかかるからかもしれません。大変な割には日本やアメリカのように勝訴したら多額の賠償金を請求できる文化がないという理由も考えられます。
(もちろん確かな事は労働組合にしか分かりませんが・・。)

自分の推測を真とするならば、経緯が不明確なものに対しては労働組合が積極的に動いてくれる保障はないと考えておいたほうがいいかもしれません。


フィンランド民法の余談
日本の民事調停・訴訟の事例では「離婚などに伴う慰謝料請求」がありますがフィンランドではありません。

1987年に婚姻法(Avioliittolaki)から離婚事由として不貞行為(Aviorikos)が削除されました。現在のフィンランドでは婚姻関係にある人以外と不貞行為をしても違法とはならず、離婚の理由としても認められません。慰謝料請求も難しいでしょう。

(例えとしてはちょっとあれでしたが)これを聞くと日本の民法や訴訟とは違うなと感じられます。


もちろん労働組合は全く何もしないというわけではありません。
これらの条件の内、どちらかに引っかかれば労働組合は積極的に動いてくれるかもしれないでしょう。

  • ほぼ確実に勝てる裁判になる

  • 勝てた場合に実入りが大きい(何かしら大きな利益がある)


PAMのウェブサイトにあったこのケースは「給与が払われない」でした。
給与が支払われないのは確実にアウトなので労働組合は容易に動けただろうなと思います。

PAMin jäsen työskenteli lemmikkieläinliikkeessä, mutta työnantaja jätti maksamatta ison osan työntekijän palkoista ja antoi sitten yllättäen potkut.

PAMの組合員(労働者)はペット用品店で働いていましたが、給与の大半が支払われずそして突然解雇を言い渡されました。


Tuomion mukaan työnantajan pitää maksaa työntekijälle palkkasaatavia työsuhteen ajalta 6575 euroa sekä korvausta työsuhteen perusteettomasta päättämisestä 6 kuukauden palkkaa vastaavan summa 11520 €. Lisäksi työnantaja tuomittiin maksamaan PAMin oikeudenkäyntikulut 3030 €.

雇用主には被雇用者に対し未払い賃金の6,575€と不当な解雇の賠償金として6ヵ月分の給与11,520€の支払いを命じると判決が言い渡されました。
また追加でPAMに裁判費用である3,030€を支払いが命じられました。

フィンランドに長く住むのであればこういったケースに当たる可能性もあるので加入するメリットは無くもないでしょう。
(それでも自分は加入する必要はないと考え、加入していませんが。)




おまけ:Luottamusmiesに相談する

職場によっては Luottamusmies がいるかもしれません。
会社から問題のある行為を受けた時は彼らに相談してもいいでしょう。

相談はその職場に属している従業員なら誰でもできます。労働組合に所属している必要はありません。

Luottamusmiesとは?

その企業が労働協約に従っているか、労働者の権利は守られているかを見守る役職です。職場に所属しているため現場での労働環境に精通しており、労働組合に所属している人が役職に選出されます。
労働組合寄りの従業員をイメージしてください。

なお管理職に就いている場合は雇用主側の人間と見なされ、Luottamusmiesになれません。そのため一般職の従業員が選ばれます。


実際にその仕事場で働く人がなることで、より親身に相談にのってくれたり熱心に雇用主に働きかけてくれるでしょう。

とはいえ彼らも法の専門家というわけではないので結局は相談止まりになってしまうこともありえます。過信しすぎないように。

知り合いAのLuottamusmiesエピソード
自分の知り合いAはPAMではなく他の労働組合に所属し、Luottamusmiesの役職に就いていました。

ある時会社側から、大幅なコストカットを目的とした雇用契約の大幅な変更が通達されました。対象はその職場で働く全従業員です。不利な条件が付け加えらようとしていました。
(詳しく書くと特定されてしまいそうなので曖昧な表現を使います。)

その変更が絶妙にうまく、労働協約にギリギリ引っかからないところを攻めていたのです。まあ当然会社側も考えていますよね。

ギリギリなところを攻められたせいか労働組合はそこまで大きく手助けはできなかったようです。それでもAは孤軍奮闘し権利を守ろうと雇用主側と組合側、両方に働きかけました。

最終的にはストライキ(Paikallinen lakko)をチラつかせ、譲歩した条件(全従業員の基本給を少し上げる)を引き出すことに成功し、変更を無条件で受け入れるよりはマシな結果となりました。
しかしこの契約内容の大幅な変更、基本給を上げるだけでは間に合わないほど不利になるものだったのです。

Aは「労働組合は助けてくれなかった」と落胆し、この件をきっかけに労働組合を脱退してしまいました。この件が起こる前までAは労働組合の大切さを熱心に語る人間だったのにも関わらずです。

労働組合との間にどんなやり取りがあったのかは完全に把握していません。
しかしAが今まで信じていた「労働者の権利を守る労働組合」として納得いくような対応はされなかったのでしょう。




ネガティブな事情ばかり話してしまいましたが、これらを以てしても組合に入ってみたいと感じる方はもちろん加入してみましょう。

政治や福祉など社会学を勉強している人にとっては非常に興味深いと思うので、面白いと思う人にはぜひ加入を勧めたいです。(学生は組合費が無料になるパターンもあります。)

労働組合を応援したいと考えている人にも加入してほしいと考えています。


最終的にはあなた次第です。ぜひご自分の判断で決めてほしいと思います。



以下、補足事項です。




補足1:労働組合への言及は政治と宗教同様、注意しましょう

労働組合の記事を投稿する際に政治の話も絡めました。
労働組合の背景には政治が深く絡んでることもあり、労働組合の話をすることは政治的思想を語ることに結び付く可能性があります。
(注:あくまでも可能性です。)

つまり仲のいい人同士や日本人同士の情報交換ならばまだしも、職場などでは発言に注意しましょう。

職場によっては「労働組合に入っているか?」と聞くことが推奨されていない時もあります。特にホワイトカラーの職場ではその傾向が顕著です。
逆にブルーカラーの業界は左翼思想の人も多く同意見が得られやすかったりします。

政治や宗教に関する話は日本でも配慮が必要ですよね。それと同様、強気の発言をするともしかしたら迷惑がられてしまうかもしれません。
状況をよく観察して失言をしないよう気を付けましょう。




補足2:労働組合と失業保障は別組織

労働組合に所属するメリットの一つとして挙げた「失業保障」は厳密にいうと労働組合に所属していなくても保障を受け取ることができます
なぜなら労働組合(Ammattiliitto)と失業基金(Työttömyyskassa)は別の組織だからです。

説明がややこしくなるのと、解説しなくても問題ないかなと思った場面も多く過去記事では誤解を招くような書き方をしていました。
今回を機に軽く解説します。(反省)

つまり失業時の保障だけで十分なら失業基金のみに加入したほうがお得です。なお労働組合に入ったら自動的に失業基金にも加入することになるので別々で入る必要はありません。(セットになっています。)

PAMの失業基金の年会費は2024年度で€84です。つまり€7/月です。
労働組合に入るより安くなるでしょう。もちろん労働組合の失業基金ではなくYTKなど他の基金でもいいのですが。

これについて興味がありすぎてガチ目の文献を読みたい人はコレとか面白いかもしれません。(フィンランド語の修士論文)




おしまい!

(Kさま、記事の件と返信ありがとうございました。)