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『古事記ディサイファード』第一巻027【Level 4】北海道(5)

六月二九日 土曜日

 昼食後の珈琲を飲みながらピラミッドの中で仕事をしていると着信音が鳴った。
 UFORIAの杉田克子からだ。
「奏多さん、私たちも今現場から帰ってきたところなのよ。もうすぐ札幌に着くけれどどこかのカフェで会わない?」
「ああ、いいですね。是非」
 克子は中心街のカフェを指定してきた。作業を終わらせてから出かければちょうど良い時刻になる。

 UFORIAはユーフォリアと読み、UFO Research and Investigation Association の略だ。
 札幌を活動拠点とし、主要メンバーはほぼ全員が超能力者だった。テレパシーやサイコメトリー、霊視、遠隔視など当たり前なのだが、一方で彼らの経済、天文、軍事に関する知識の深さには瞠目せざるを得ないものがあった。機材類の充実ぶりも尋常では無く、世界的な情報網も持っていた。
 メンバーの一人、隼田はかつてコンタクティーとして全国的に有名だったらしい。異星人という言葉は今でこそ当たり前に使われているが、この言葉を作り最初に使ったのは彼なのだった。
 宇宙人という言い方はおかしい。異星人と言うべきだ、と彼が造語したのが最初で、それが一般に広まったのだ。
 隼田は夕張出身で幼少の頃から家族ぐるみで夕張岳に離発着する巨大母船を目撃して育った。そして日常的に様々な種族と密接かつ物理的なコンタクトを続けており、様々なことを教えてくれた。
 一時彼はマスコミに大いに騒がれたが、すっかりマスメディア嫌いとなり、一切表には出なくなって様々な特殊能力をひた隠しにして普通のサラリーマンとして働いている。
 しかしその能力は隠しようが無く、勤務先の生産管理部門では未来の注文を予知し、注文が入った時には必要なものが必要な台数だけすでに生産完了しているというのが常だった。
 主要メンバーの中には道警鑑識課の警察官もいる
 夕張岳の近くで不定期だが頻繁に行われる〈観測会〉では予め観測ポイント上空を通過する全ての人工衛星の軌道を確認したチャートを用意し、それらに太陽光が当たらない時間帯を選んで実施する。その時間に太陽光を反射する人工衛星はないはずなので、もし飛翔する発光体を目撃すればそれは自ら発光していると考えられる。
 当時としてはレアなハイビジョンカメラも持っていて定点観測を行っていた。
 定点観測では飛行物体が画面の四隅に現れて右回りに順番に点滅してみせ、こちらが定点観測していることを把握していると知らせてきた。
 表向き〈観測会〉と言ってはいるが事実上コンタクトなのだった。ある程度双方向の意思疎通まで行っていたのだ。
 メンバーになってからリーダーの杉田夫妻から様々な驚くべきことを学んだ。道内で起きた公にはできない驚くべきコンタクト事件の詳細などについても……。
 時空がUFORIAを知ったきっかけは偶然だった。
ある日実家の茶の間にあった道民雑誌に視線が惹きつけられた。
普段両親はその雑誌をめったに買わないし読まないのだがおそらくどこかで譲り受けたか、たまたま気まぐれで買ったのだろうか?
とにかくなぜか無造作に居間のテーブルの上に置いてあった。
 妙に気になったので表紙の見出しを読むと〈UFO調査団体UFORIA〉の文字が目に飛び込んできた。
 すかさず両親にその本をちょっと貸して欲しいと言って読んでみた。
北海道では当たり前にUFOは飛行している。〈観測会〉を行って人々を啓蒙している。
そんな内容の杉田リーダーのインタビューがあり、観測会に参加すればほぼ確実に目撃できる、と結ばれており、最後に彼の電話番号が載っていた。マスメディアの間でUFOに関して暗黙の箝口令が敷かれている現在ではとても信じられない内容の記事だ。
 そのまま即座に電話すると杉田仁志が電話に出た。
観測会に参加させて欲しいと伝えると集合場所と日時を淡々と伝え、最後に当然のように「大丈夫、観られますよ」と仁志は自信たっぷり確約してくれたものだ。
そして初めての観測会の夜、真っ暗な夕張岳近くの山中で彼の言うとおり発光体が現れたのだ。
 その軌道は予め用意してあったその日の既知の飛行物体のいずれにも該当していなかった。
 発光体に向かって隼田が「点滅してくれ」と言うと点滅した。
「ジグザグ飛行をしてくれ」というと即座にジグザグに飛んだ。
 明らかに人工衛星ではない。
 やっぱり〈彼ら〉は来ているじゃないか。
 確認がとれた。その瞬間、時空の中で何かスイッチが入ったのだ。
 数年前からUFOの乗員に会いたくてしかたがなくなっている衝動には何か重要な意味があるに違いないと確信が強まった。
 その数年前までは特殊相対性理論を根拠も無く盲信して物体は光の速度を超えられないなどと思っていた。だから異星文明はお互いに接触する確率は限りなく無に等しいはずだと自分の中で結論付けていた。ところが理論はあくまでも理論に過ぎず、証明されてもいないことを権威主義で盲信しているだけだと悟った。
 自分の中で完全にパラダイムシフトが起きた。洗脳が解けた、と言っても良いかもしれない。

 紙で作った簡単なギザの大ピラミッドの縮小モデルで様々な現象が起きることを仁志が教えてくれた。
 例えば杉田夫妻は水晶などの石を浄化するのに紙で作った小さなピラミッドを用いていた。方位を合わせ、その中に石を置いておけば四十八時間で浄化されるというのだ。
 時空は早速工作用紙で三〇センチほどの高さのピラミッド模型を二つ作り、方角を正確に合わせ、コップの水を置いて四十八時間チャージして毎日飲むという実験を始めた。
 二つあるので毎日交互にチャージされた水を飲むことが出来る。
 それを一ヶ月ほど続けると明らかに変化が訪れた。
 精緻な蒼く輝く3DCGアニメーションのようなものが夢に現れた。あるときは例えようも無く美しい円盤形宇宙船が青い光条をきらめかせながら音も無くすうーっと近付いてくるのが見え、いいようもない爽快感に満たされた。
 別な夢では宇宙船に乗せられ、視聴覚室のような所に連れて行かれ、宇宙人らしきヒューマノイドの物理学講義を受け、粒子がらせん状に飛ぶCGアニメーションのようなものを見せられた。
 だから波でもあり、粒子でもあるのだ、とそのヒューマノイドは画面を指さしながら言っていた。
 朝起きてもその場面だけは鮮明に記憶していて、なるほど、と感心したものだ。
 どう考えてもそれらの内容は思いも寄らぬ映像や概念であり、自分の頭の中に起源するものとは考えられず、時空は自分が外部から情報を受信し始めているらしき事を自覚せざるを得なかったのだ。
 二ヶ月目に入ったとき、毎日コップの水を取り替えたり洗ったりするのが面倒に感じられてきた。いっそ自分が大きなピラミッドの中に入ってしまえば良いではないかと思い付いた。
 早速ホームセンターで資材を買ってきて自分を取り囲むように四角いデスクを作り、出入りのために一方向だけ通路を開けた。そしてその上に高さ二メートルほどのピラミッドを組みあげたのだ。
 毎日ピラミッドの中で仕事をし始めるとまた変化が加速したように感じられた。
 ある喫茶店で仁志と並んで座って異星人のことや宇宙の様々な真実などについて語りあっていると向かいあって座っている克子が「そうやって話しているとき二人のオーラがゆらゆらと融け合うのよね、面白いわ」と言いながら笑っていた。そんな事を繰り返しているうちに能力が伝搬したのだろうか。それともピラミッドデスクのせいなのだろうか、時空はいつしか自分の中で不思議な感覚が少しずつ発達していくのを自覚し始めていた。
 そう、仁志は超能力というのは伝搬するし転写も出来るのだと言っていた。ロシアではとっくに『ジョー90』みたいな転写装置まで完成していると……。
 ロズウェルUFO墜落回収事件を最初に調査した科学ジャーナリストをUFORIAが招待し講演会を主催したとき時空は二年連続で彼の通訳を務め自宅に泊めた。
 その最初の会合の時に時空と向かい合って座っていた仁志はニヤニヤ笑いながら初めて名刺を差し出した。見慣れたロゴ……。
「えっ?」と叫んで時空はその名刺を凝視した。
 なんと時空が独立する前に通っていたB社の名刺だった。
 時空はD社に所属していたがB社とのジョイントヴェンチャーのプロジェクトに参加していた。
 B社の社長が時空を指名したのだった。それで時空はしばらくB社に通勤していたのだ。同じビルの上のフロア、違う部門に杉田も隼田も所属していたことをその時初めて知らされた。
 部分日食の日、太陽を観に上のフロアに上がっていったことがある。その時なんとなく他部署に所属する社員と顔を合わせて妙に気になった記憶がある。
 多分それが杉田と隼田だったのに違いなかった。実は数年前に既に会っていたというわけだ。

 カフェに到着して珈琲を注文すると程なく杉田夫婦が現れた。
 三人で額を寄せ合う。
 時空は真剣な顔で興奮気味だが杉田夫婦はいつものように淡々として冷静だ。
 だが事もなげに言ってのける言葉はいちいちとんでもなく異次元なのだ。
「新聞に記事が出たけれど相変わらず間違った報道ね。発生したのは午後ではなく午前3時頃よ。間違いないわ。奏多さんが現場に着いたのは発生後ちょうど二十四時間」と克子が新聞記事の切り抜きをテーブルの上に載せた。


 仁志がいつものようにニコニコしながらまるで当然の世間的常識でも話すかのごとく語り始めた。
「現場で霊視してみました。
 何か白いエネルギーのヴェールのようなものを降ろして麦畑の上に予めセットされた図形をプリントしている感じですね。
 やはりしばらくは上空に滞空して現場にきた人間達を観察しています。
 もう何千年も前から地球人を啓蒙するためにこの活動を続けています……」

 教育担当のプレアデス系か……?
 あるいは図形担当のシリウス系か……?
 あるいは両方の共同作戦か……?
 もしかすると未来人のタイムパトロールだろうか……?
 スタートレックのプライムディレクティブのような不干渉の原則が実際に存在すると仁志から聴かされていた。だから原則としてオープンコンタクトはしない。地球人が自らの選択により滅びるのならそれも勝手だ。宇宙には難民がいくらでも控えている。
 ただ、極力プライムディレクティブを犯さない範囲内での啓蒙活動は行うし、よほどの場合には緊急避難的な干渉も止むを得ない。彼らはいつも我々の未来を憂慮しており見守っている。公式な軍事機密文書にある接近遭遇記録を翻訳した時空はそう理解していた。
 例えば全面核戦争が起きそうになった場合、彼らは我々には未知の方法でミサイルの発射コードを遠隔操作により書き換えることが出来ることを実際にデモンストレーションしてみせたという経緯がある。公式な軍事記録にそれが記載されているのだ。

「彼らは何かキーワードを残しています」と仁志が言った。

 沈黙が流れた。
 キーワード……何だろう?
 時空は眉根を寄せて考えこんだ。
 まさか、〈北高校〉とか……?
 いや、そんな単純なわけがないだろう……。

「また一週間後の同じ時刻、今度は十勝に出ます。
 多分帯広でしょうか……」
 杉田がサラッと事もなげに言ってのけた。
 自信たっぷりの様子で相変わらずニコニコしている。

 時空は唖然としてしばし沈黙した。
「えっ……一週間後というと……七月五日ですか……」
「ええ」

 それなら待ち構えていてそちらの現場にも駆けつけるしかない。

 しばらく言うか言うまいか躊躇していたがおずおずと
「あの……なぜか神社と関係があるという気がするんですが……」
と口走ると杉田夫婦はキョトンとして無反応だった。

 キーワード……。

 時空はなんとしてもそのキーワードを探り当ててやろうと心に誓った。

六月三十日 日曜日 午後二時

 時空は地下街の書店で北海道の教職員名簿のようなものを見付けて真剣にページを捲っていた。帯広に〈北高校〉が存在するか知りたかったのだ。
「あった……!」
〈帯広北高校〉は存在していた。
「でも……まさか……ね……」
 異星人が残すキーワードがそんな解りやすく単純なものだなんて……あり得ないだろう。
 自分の考えに半ば呆れて苦笑する
 一週間後、仁志が予言したように本当にまたサークルが出現するのだろうか……。
 仁志はいつも時空の耳許で驚くような事をサラッと言ってのける。それが今まで間違っていたことがあっただろうか?
 彼が言うことはことごとく腑に落ちるし、後になって確認できるのだ。今度もおそらく彼が言ったとおりになる。
 そう確信した時空は帯広に行くにはどの電車に載ればよいか、何時間かかるか、ダイヤを調べ始めていた。

七月五日、金曜日 午前二時五○分

 時空は眠れず、ソファで本を読み始めた。
 時計は午前三時である。疲れているのに眠れない。また額の第三の目と言われるあたりの圧力が始まった。いったい度々起きるこの感覚は何なのだろう。
 ピラミッドの中で仕事をするようになってから頻繁に感じるようになったこの不思議な感覚。
 ようやく睡魔が襲ってきた。ふと何かが回転しているイメージが頭に浮かんだ。白い靄のようなものが珈琲に入れたクリームのように渦を巻いている。右に三回、左へ三回……。
 気がつくと自分の頭がゆらりゆらりと回転していた。
 何か不思議なエネルギーに首が引きずられているようだった。

(つづく)


※ 最初から順を追って読まないと内容が理解できないと思います。途中から入られた方は『古事記デイサイファード』第一巻001からお読みいただくことをお薦めいたします。

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