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『古事記ディサイファード』第一巻025【Level 4】北海道(3)


 さてここでミッション8の解答は少しの間おあずけにして、再び旧拙著小説から実録部分を抜粋引用させていただくことにしよう。
 執筆開始の五年前、一九九一年の筆者の実体験を記録した部分である。
 この当時はまさか小説を書くことになるなどとは想像もしていなかった。
 旧著執筆の構想が始まったのはこの三年後の一九九四年である。
 劇中では物語展開の都合上主人公達二人の行動ということにして脚色していたが、ここでは余計な創作部分をそぎ落とし、純粋に忠実な単独行動記録として書き直した。
 因みに申し遅れたが筆者は北海道生まれの札幌在住である。人物名、団体名などは実際とは変えてある。

  *  *  *

奏多時空宅
 北海道札幌市豊平区
 六月二七日、金曜日、午前八時

 朝食のバタートーストを食べながら朝送られてきたばかりの翻訳原稿をチェックしていると電話が鳴った。
 相手は時空が所属しているUFO調査団体UFORIAのリーダー、杉田仁志の妻の克子だった。
「杉田です」
「ああ、杉田さん、お早うございます」
「奏多さん! 今朝、滝川にミステリー・サークルが出たの!」
「えっ! なんですって……?」
「ミステリー・サークルが出たのよ。
 NTVラジオの生放送で言ってたんだけど、見物人が殺到して渋滞してるらしいわ」
「ほんとですか……?」
「それで、お願いがあるんだけど、奏多さん、現場に行ってくれないかしら? 他のメンバーみんな仕事で動けないのよ。フリーランスなの奏多さんだけだから……」
「もちろんです! 行きます、行きます!」
 二つ返事だ。
「場所はNTV報道局の田崎さんが教えてくれたからわかってる。メモの用意はいい?」
 時空は俄然興奮していた。

1991年の滝川ミステリーサークル


 1985年頃からだろうか、まるでUFOに取り憑かれたようになり、寝ても覚めても気になってしかたなくなった。まるで映画『未知との遭遇』の主人公のような状態になっていった。
 その頃だ、何か漠然と自分は現実の謎を解く作品を作るのだ、という全く根拠の無い確信が湧き始めたのは。
 そして、UFOに会いたくて会いたくて仕方が無くなった。自分でもなぜそうなるのか全く不思議だった。ヒューマノイドが乗っているという直感があり、その搭乗員達と自分は何か話をしなければいけないという気がして仕方がないのだった。
 何か話さなければならない大切なことがある……。
 入社したときから4年したら辞めると公言していたソフトウェア開発会社を辞め、自分の会社を起こしてフリーランスで翻訳を始めある程度時間が自由になると途端にUFOの追っ掛けを始めている自分がいた。
 平行していろいろと不思議なことが起こっていて、気がつくとUFORIAのメンバーになり、一緒にコンタクトをするようになり、ささやかな双方向のテレパシー交信をするようになっていった。そしていろいろな真実を学んだ。
 日本のUFO目撃・遭遇事件は北海道が圧倒的に多いこと。
 我々の目に見えないだけで〈彼ら〉の宇宙船は日常的に飛び交っていること。特に十勝エリアでは巨大母船が多いこと。
 別にロズウェルやフィラデルフィアまで行かなくともとんでもない事件は北海道で常時起こっていること。
 誰にも知られていないコンタクト事件が現に沢山進行していること……。
 ついに生身で会えるかも知れない……。
 ドキドキと心臓が暴れ出した。
 少なくとも現場に行けば間接的なコンタクトになる。
 それに、彼らはサークルの上空でクローキング滞空して現場にくる人間達を観察しているのだとメンバー達から聴かされていた。
 こちらから見えなくとも、現場に行きさえすれば先方は自分を認識してくれるはずだ。
 ついに会えるかも知れない……。
 英国の科学者達が書いたミステリー・サークルに関する書籍は一通り熟読していたので調査方法は解っていた。時間と資金さえあればすぐにでも英国へ飛んで現場を見てみたくてうずうずしていたのだ。
 それがなんと向こうから北海道くんだりまでお出ましとは……!
 ワクワクしながらさきほど依頼が来たばかりの翻訳原稿の送付状を見ると今日中に、急ぎで頼むと書いてある。結構な分量だ。
「よりによってこんな時に……」と愚痴り、悔しく思いながら慌てて取りかかり食事もせずに一気に片づけると午後五時になっていた。
 朝電話が来てからすぐに現場へ駆けつけたかったのだがやむを得ない。
 完了した翻訳ファイルを送信すると家を飛び出して車に飛び乗った。
 急発進して滝川へ向かう。
 見物人が殺到してるらしい。一分でも早くいかなきゃ、現場が荒らされる。
「行かなきゃ……」
 行かなければならない。激しい衝動が時空を駆り立てる。なぜだか自分でもわからない。なぜ自分はこんなにUFOに取り憑かれたようになってしまったのだろう?
 滝川までの所要時間を推定すると現場到着はどうみても七時である。
 信号待ちの間に左のポケットに入れた現場住所を書いた紙片を取り出して一瞥する。
 滝川北高校の近くだ。(現在は江部乙中学校だが廃校になったらしい)
 国道十二号線から右に折れてすぐだ。
「着く頃には暗くなってしまう。現場近くで夜を明かして薄明を待つしかないな……とりあえず……十二号線に出て……あとはひたすらまっすぐか……」
 千載一遇のチャンスに事故っては元も子もない。流行る気持ちを抑えて冷静に到着時刻を推定しようと務めた。

午後六時四五分
 景色が青みがかってきた。すでに陽が沈みかけている。国道十二号線から右へ曲がった。緩やかな登り勾配を過ぎるとすぐに田園風景が広がり、丘の起伏がなだらかにうねっている。
 ソールスベリーのストーン・ヘンジのあたりの景色を思い出す。
 民家がめっきり減った。
 辺りには人も見えない。
「行きすぎてるのかな……引き返すか……」
 一刻も早く現場に着きたくて気が焦る。 
 麦畑と空き地と森のパッチワークの中を迷走するうちに闇が迫ってきた。
「とにかく、まず滝川北高校を見付けなきゃ。
 高校のグラウンドのすぐ近くだって言ってたっけ」
 時空はそう独り言ちながらスピードを弛めて周囲を見回した。
 校舎らしき建物が左手に見えてくる。
 窓から半身を乗り出し、薄明かりの中で校門のプレートに目を凝らすと〈滝川北高校〉の文字が判読できた。
「よし……そっちがグラウンドだな」
 ゆっくりと車を転がす。緩やかな下り坂である。エンジンを切った。慣性で音もなく滑っていく。グラウンドのフェンスの向こう側に麦畑が見えてきた。
「ここ……? 誰もいないぞ」
 グラウンドのフェンスと麦畑の間に舗装されていない路がある。ハンドルを左へ切ってそこへ乗り入れた。
 車を降り、麦畑を見おろす。
 薄暗い中にぼんやりとその輪郭が見えてきたとき、彼はぎょっとして立ちすくんだ。
 目指すミステリー・サークルが目の前に展開していた。
 ついに来た……。憧れていた現場へ……。
 大小の円が二本の直線で繋がれている。後ろを振り返ると高校のグラウンドのフェンスだ。
「まるでどうぞご覧下さいと言わんばかりだな」
 道路は麦畑よりも高くなっており、グラウンドは道路よりさらに高くなっている。コンクリート・スラブで法面を覆っていて、その上にはさらに高く金網のフェンスがある。金網によじ登れば麦畑を見おろす絶好の見物席になるだろう。
 登校が始まれば生徒たちで黒山の人だかりになるに違いない。
 空を見上げた。
「まだ、そこに滞空してるのか……」

 来たよ!

 そう心の中で念じた。
 そして今度は声に出して「来たよ!」と呟いた。
 何も見えない。
 空があるばかりだ。
 しかし時空はそこに宇宙船が浮いていることを確信していた。
 闇が深くなっていく。車の音が遠くから近付いてきて、すぐ近くで止まった。
 ドアの音。人の声。
 四人の若い男女がこちらへ来る。サークルを見付けて口々に悲鳴とも歓声ともつかない声を上げ、騒ぎ立てている。 これからどうしようか……。
 とりあえず車の中で朝の薄明を待つしかない。三時ぐらいになれば充分明るくなるはずだ。まず、本物かどうか、この目で検証しよう。
 麦畑を挟んでグラウンドと反対側の数十メートル離れた空き地に車を停め、夜が明けるのを待つことにした。

午後8時45分

「まだ九時前だった。夜明けまで退屈するだろうか?
 いや、こういう場合、六時間なんてあっと言う間に過ぎるはずだ。
 少しでも眠ろうとリクライニング・シートを倒して横になるが気持が昂ぶって一睡もできそうにない。
 目には見えないがおそらく宇宙船が滞空しているのであろう中空をじっと仰ぎ見つつ沈思黙考しているうちにどんどん時間が過ぎていく。UFORIAのためにボランティアで翻訳した数々のUFO関連文書のことをあれこれと考える。MJ-12関連……元DIA諜報員の暴露文書……国連国際政治委員会の動議で各国政府代表に配布されたUFOに関する軍事文書……CIAが開示したUFO関連の機密書類……。
 ルーム・ランプを点灯してカメラを点検する。ときおり、麦畑の方で車の音がして、騒々しい叫び声があがった。サークルを見物に来た人々だ。懐中電灯の明かりが麦の穂先をなでる。
 すぐそこに異星からの刻印が記されていると思うととても眠れたものではなかった。
 時空は懐中電灯の灯りを横目で見ながら途中で買ったサンドイッチを頬張り、缶珈琲で胃の中へ流し込んだ。食事が終わるとダッシュボードに何冊か文庫本を入れてあったことを思い出した。一冊を取り出して表題を確かめると、ツァラトゥストラだった。マップライトの明かりを頼りに読み始めた。
 時間がたつのは早かった。
 空が白み始めている。鳥の囀りがどこからともなく聞こえてきた。もう観察が可能な明るさだ。人が大勢押し掛けて来る前に確認したい。
 ツァラトゥストラをダッシュボードに戻した。
 シートを起こして背伸びをしながら辺りを見回した。時計は午前二時五十二分を示している。
「さあ……行くか……!」
 意を決して車のドアを開け、右脚を乾いた灰色の地面に降ろすとき、ザッ、という音がまるで異世界に踏み出した一歩であるかのように妙によそよそしく耳朶を打った。

(つづく)


※ 最初から順を追って読まないと内容が理解できないと思います。途中から入られた方は『古事記デイサイファード』第一巻001からお読みいただくことをお薦めいたします。

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