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#321 お鍋さんの愚痴が止まりません

それでは今日も二葉亭四迷の『浮雲』を読んでいきたいと思います。

神田見附の官庁から、うようよ、ぞよぞよと湧き出てくるのは、様々な形の髭を蓄えた男たち。人影がまばらになった頃、見附より出てきたのは、二十二、三の顔色の悪い痩せ型で長身の男と、彼より二、三歳上の、中肉中背の、なんとなく品格の感じられない男…。彼が痩せ型男に話しかけるところから、いよいよ『浮雲』の「会話」が始まります。その会話の内容とは、上司への愚痴!同僚の山口くんは、仕事は優秀なんだけれども課長の不条理な指示に歯向かった理由でクビになったようなのです…。なんで、そんな話題を口にしているかといいますと、どうやら顔色の悪い痩せ型の長身男もクビになったようでして、しょんぼりとうなだれて家に帰ります。

高い男は徐[シズ]かに和服に着替え、脱棄[ヌギス]てた服を畳みかけて見て 舌鼓を撃ちながらそのまま押入へへし込んでしまう、所へトパクサと上[アガ]ッて来たは例の日の丸の紋を染抜いた首の持主、横幅の広い筋骨[キンコツ]の逞しいズングリ、ムックリとした生理学上の美人で、持ッて来た郵便を高い男の前に差置[サシオ]いて

「トパクサ」とは、「バタバタ」とか「ドタバタ」と同じ意味の、慌ただしく行動する様のことです。

「アノー先刻[サッキ]この郵便が
「アそう 何処[ドコ]から来たんだ
ト郵便を手に取って見て
「ウー国からか
「アノネ貴君[アナタ] 今日のお嬢さまのお服飾[ナリ]はほんとにお目に懸けたいようでしたヨ まずネお下着が格子縞の黄八丈[キハチジョウ]でお上着[ウワギ]はパッとした宜[イーイ] 引 縞[シマ]の糸織[イトオリ]で お髪[グシ]は何時[イツ]ものイボジリ捲きでしたがネ お掻頭[カンザシ]は此間[コナイダ]出雲屋からお取んなすったこんな
と故意故意[ワザワザ]手で形を拵[コシ]らえて見せ

途中の「引」の字は長音記号で、長く伸ばして読む音を指します。坪内逍遥の『当世書生気質』にもありましたね!

「イボジリ捲き」は、髪を後ろで束ねてグルグル巻いてピンで留めた髪型のことです。

「薔薇[バラ]の花掻頭[ハナカンザシ]でネ それはそれはお美しゅう御座いましたヨ……私もあんな帯留が一ツ欲しいけれども……

目の前にいる男の塞ぎ込んだ表情も、国から届いた手紙も、気にも留めず、本日のお嬢さまの身なりについて喋りまくるのが面白いですね!w

と些[スコ]し塞[フサ]いで
「お嬢さまはお化粧なんぞはしないと仰しゃるけれども 今日はなんでも内々[ナイナイ]で薄化粧なすッたに違いありませんヨ、だってなんぼ色がお白[シロイ]ッて あんなに……私[ワタクシ]も家[ウチ]にいる時分はこれでもヘタクタ施[ツ]けたもんでしたがネ 此家[コチラ]へ上[アガ]ッてからお正月ばかりにして不断は施[ツ]けないの、施けてもいいけれども御新造[ゴシンゾ]さまの悪口が厭ですワ だッて何時[イツウ]かもお客様のいらッしゃる前で「鍋のお白粉[シロイ]を施[ツ]けたとこは 全然[マルデ] 炭団[タドン]へ霜が降ッたようで御座います」ッて……余[アンマ]りじゃアありませんか ネー貴君[アナタ] なんぼ私[ワタクシ]が不器量[フキリョウ]だッて余[アンマ]りじゃアありませんか

と、お鍋さんの愚痴が一向に止まりませんが…w

この続きは…

また明日、近代でお会いしましょう!

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