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ショートストーリー『スペシャルな日曜日』

       《スペシャルな日曜日》


ある日曜の朝…、
耳に心地良く流れ込んで来た、
何だか妙になつかしいメロディーでボクは目覚めた。
それはどうやら、キッチンのラジオかららしい。

(えっ?! キッチンのラジオ?…
 たしか、あれはもう…)

そう。ないはずだった。
それは3ヶ月前、彼女が出て行く時に一緒に
持って行った、彼女お気に入りのラジオだった。

(…何だ。ボクはまだ夢の中にいるんだ)

ボクは、夢の中で、もう一度目を閉じた。


♪ Wake me up! before you go go ~ ♪ (by Wam!)

ラジオの、ジョージとアンドリューのコーラスに
混じって、女性のハミングが聞こえた。
それは、スピーカーを通さない、
妙に生っぽいと言うか…。

「えっ?!」

ボクは、今度はガバッとシーツごと体を起こした。

「おはよう。ようやくお目覚め?」
「ユミ!! …なんで、ここに…?」
「あたしおなか空いちゃったァ。
 もうパン焼き始めるわヨ。
 早く起きて、顔洗ってらっしゃい」
「あ、…ああ」

まさか、…やっぱりまだこれは夢の中で、
冷たい水で顔を洗ってしっかりと目が覚めたら、
ユミの姿はどこにもなかった…
なんてことになるんじゃないかと思いながら、
ボクはバスルームへ行った。

「ハイ、新しいタオル。
 せんたくもの溜まってたからお洗濯しといたわヨ。
 やっぱりダメねェ、一人になると」
「ああ、…ありがと」

夢じゃなかった。


リビングに戻ると、彼女自慢のコーンスープと
ベジタブルサラダ、マーガリンたっぷりの厚切り
トーストがテーブルに用意され、
コーヒーメーカーがポコポコと音を立てていた。
それは、彼女と一緒に暮らしていた頃の
なつかしい匂い、なつかしい光景だった。

「朝、いつもちゃんと食べてないでしょ」
「いや、食べてるヨ、ちゃんと」
「ウソばっかり。冷蔵庫の中、何にもなかったわよ。
 そうじゃないかと思って買って来て正解だったワ。
 少しやせた?」
「ボクは元からサ。キミこそやせたんじゃない?」
「シェイプアップしたのよォ。
 がんばってんだから、これでも」
「へえー、そうなんだ。
 じゃあ、成功してるヨ、シェイプアップ」
「でしょ。やれば出来るのよ、あたしだって」

久しぶりの二人のブランチ。
他愛のない会話が、ひとしきり続いた。
まるで、彼女が出て行ってからもう3か月も
経っているのがウソのような、
3年前に出会ってからの生活が今も継続している
ような、二人の暮らしのワンシーンだった。


太陽が南の空の一番高いところに昇り、
カーテンの隙間からやわらかくその光が射し込む頃、
ボクたちはベッドの中にいた。
ボクの胸に頬を預ける彼女の呼吸を肌に直接感じながら、
そのサラサラと長い髪を撫で、ボクは言った。

「ネェ、…ボクたち、やり直せないだろうか…」

ユミは答えなかった。
無理もなかった。
あの時は、ボクのほうが全面的に悪く、
結果的に彼女を裏切っていたのだから。

《回想》
「わかってくれ、ユミ!
 ホントにユウコとは何でもないんだ」
「何でもないのに何故病院まで一緒に行ったのよ!
 サインまでしてあげて…」
「彼女には子供を産めないワケがあったんだ。
 しかも誰にも頼ることも出来ず…。
 だからボクが…」
「そんなことわかってる! わかってるわよ…。
 でも…、あなたは優しい…、優し過ぎるのよ、
 誰にでも…。
 だから…それが、それが耐えられないのよ!!」

あの時、ボクはユウコに同情した。
同情から彼女を好きになっていたのも事実だった。
そして、ユミは…出て行った。


太陽はすでに西に傾いていた。
どうやらまた眠ってしまっていたようだ。

セミダブルのベッドは、
寝返りを打つには充分な広さだ。
そしてこの3ヶ月で、
ボクはその広さにようやく慣れて来たのだった。

コーヒーメーカーがポコポコと音を立て、
ちょうどコーヒーが出来上がったところだった。
香ばしい香りが漂って来る。 

(ん? そうか、ユミが…)

「ユミ! …ユ~ミ~!」

しかし…、
彼女の返事はなく、ボクはすぐに今日一日が
“スペシャルな夢”だったことを知った。

キッチンには、きれいに洗った二人分の食器。
リビングのソファの上には、
きちんとたたまれたせんたくもの。
テーブルの上には、
極上の香を発しているコーヒーメーカー。
フェイバリットなブルーマウンテンの香りは
よくわかる。 
そしてその横に、
真新しい、ボクが以前から欲しかった白い厚手の
コーヒーカップとソーサーが置かれ、
その下に一通の手紙があった。
それには…

『今日二度目の「おはよう」ネ。
 久しぶりの楽しいホリデイだったワ。
 ありがとう。そして…

 Happy birthday to Kohhei.    From Yumi』

…と、あった。


              ー End ー

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