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アメリカ激闘記⑧ (最終話)
皆、いつもより冷静に幕が上がるのを待てた気がする。
ファイナルステージまであと少し。
撮影チームのメンバーが続々と顔を見せる。
それでも皆、(不思議と)心は乱れなかった。
帯金さんが、僕の心のうちの大体は通訳してくれた。
本番、詳しくの記憶は定かではないが、それぞれの思いとそれぞれの立場で、役割を最大限果たしたと思う。
休暇を利用して観に来た腕利きスーツアクターの本間くんは、(先ま
アメリカ激闘記 "7.5" (仮)
…さて、(⑦は)大変な状況になっては参りましたが…(笑)、ここで一息。簡単に(覚えている限り)メンバー紹介を。
ちなみにパフォーマーに関しては皆ほぼ歳下。笑。(僕: 当時28歳)
【Light Side/Rangers】
・ダン/Red Ranger: 静かなる野心でいつも堂々としていた印象。ボスモンスターの"ロン"とライバル関係にあった様に見える。後にTVシリーズ "Time Force/
アメリカ激闘記⑦ (仮)
これは困った。。困ったぞ〜〜…。。。
僕らの目から見て、明らかに困っていない様子(を始終通していた)だったのは、ブルー役の彼張本人、ただ一人だった…。。
誰が代役を務めるのか、熟考された。結局、このショーを一番俯瞰で客観視出来ていた、マネージャーであったサニーに白羽の矢が立った。彼もまたれっきとした、優秀な、いちスタントマンでもあった。(現在は、米:"HAWAII FIVE-0"等、他有名作の
アメリカ激闘記⑥ (仮)
…3ヶ月目… この頃はもう、ある程度の距離ならひとりで買い物にも行けるようになっていたし、Denny'sのシート(座席)が大概、油でベタベタなことや、男性メンバーで行くストリップにも大分慣れてきていた。
打ち上げがてら慣れないダンスバーに行けば、しどろもどろしている僕を、(ピンクレンジャー役の)マリッサが手を引いて案内してくれるくらいにもなっていた。
ハイタッチを交わし本役のイエローに戻った若い
アメリカ激闘記⑤ (仮)
もともとはジャッキー・チェン一辺倒に憧れ17歳でこの業界に飛び込んだ僕も、この頃はこの"変身出来る"仕事に魅了され、この道のエキスパートを志していた。
僕の大好きな"香港アクション"と"ヒーローもの"の両方を、どうにか融合出来ないかと、ずっと考えていた。それを実現させてくれることとなったのが僕にとっての、「パワーレンジャー」だった。
さて、いよいよ週末、イエローレンジャー(日本では"ギンガイエ
アメリカ激闘記④ (仮)
…と、ここまで書いて、当時の細かな感情さえ、ここまで覚えていることに、自分でも少しびっくりしています。笑
大変だったことの方が遥かに多いはずなのに、思い出すことが不思議ととっても心地よい。
結果的に、この経験は紛れもなく、この後もずーっと僕とお供してもらう、大切な宝物になりました。♪
さて、、実際ステージ上での僕の役といえば、早替えで戦闘員〜2種類のモンスターの3役。炎と氷がモチーフの、
アメリカ激闘記③ (仮)
さっき会ったばかりのアメリカ人達の、明らかに目から発せられている(静かなる)圧力の中、当時の若かりし僕は、アドレナリンも放出されたのか、本来いつもなら3回、いや5回に1回しか成功しないような技も一発で成功させた。内心胸を撫で下ろすと同時に、その頃の本番への勝負強さへの(ひとかけらの)自信の手助けにもなった。
それでも次々と出されて行くお題。アメリカ人のあとに続きパフォーマンスが続く。もちろんトラ
アメリカ激闘記② (仮)
(ようやく寒さを凌げ、ホテルへ向かう)車中、運転手以外ほぼ酔っ払ったメンバーの中、それ以外の言葉はわからず(笑)ようやくホテルに到着。
夜中にもかかわらずパワー全開の外国人達とまず握手。「会いたかった」と慣れないおじぎをするが、でも目は明らかにギラギラ。の初めて会うアメリカ人メンバー。うん。そりゃそうだ。自分達の仕事や立場を脅かすかもしれない若い"外国人"がやって来たのだから。
僕が到着したのは
アメリカ激闘記① (仮)
さて、今のこの時期を借りて少しでもプラスに、過去の自分を少しずつ詳しく、改めて(思い出しつつ)紐解いていく、、なんてことを試みてみようかな、なんて思います。ご興味ある方はお付き合いを是非。♪
まずはアメリカ時代①。
僕が初めて海外に降り立ったのは1999年、28歳の時。この時はこの後の"改めて"の渡米のひとつのきっかけに過ぎなかったことになるけど、決断したには沢山理由があった。正直行きたくなか