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アレックス・ガーランドが最新作で見せた、表現の最前線〈フロントライン〉|『シビル・ウォー』

アメリカ在住のうえむらが、日本公開前の話題作をレビュー。
今回は、10/4日本公開の『シビル・ウォー』。映画ファンなら皆が知っているアレックス・ガーランドの最新作。想像を遥かに超え、新たな一面を見せるガーランド監督。感服しました。

A24史上最高のオープニング興収を叩き出した『シビル・ウォー』。劇場は3週目になっても150席規模のシアターが比較的埋まっており、米国での高い人気を思い知らされる。19の州が連邦から脱退し、カリフォルニア=テキサスの「西部勢力」と大統領府の内戦が勃発している、という近未来のアメリカを舞台に、4人のジャーナリストがニューヨークからワシントンD.C.へ向かうロードトリップを描いた本作。監督アレックス・ガーランドの集大成にして、最新形、そして同じ「ミリタリー系」の『アナイアレイション 全滅領域』を超えて、最高傑作と呼んでも過言ではないスリル満点の名作だった。

フィルモグラフィ

最先端のAIロボットとの"心理戦"を描いた1作目『エクス・マキナ』でいきなりアカデミー視覚効果賞に輝いたアレックス・ガーランド監督。元々は『28日後…』や『私を離さないで』などの脚本家として活躍していた。政治風刺漫画家の父と、心理学者の母を持つ。「新聞記者に囲まれて育った」というガーランドの発言を考えると、ジャーナリストを称賛する『シビル・ウォー』は、極私的なつながりを持つ作品かもしれない。ガーランドは『エクス・マキナ』以降、数年に一度のペースで監督作を送り出し、4作目として今回『シビル・ウォー』を公開した。配給はA24で、1作目『エクス・マキナ』と3作目『MEN 同じ顔の男たち』と同じになる。

『エクス・マキナ』では世界最大の検索エンジンシステム会社の社長が開発したAIのチューリングテストを、2作目『アナイアレイション 全滅領域』では隕石が作り出した異空間での冒険を、そして3作目『MEN 同じ顔の男たち』ではイギリスの片田舎のリトリートで起こる恐怖を描いた。過去作が密室(『エクス・マキナ』)→広野(『アナイアレイション』)→密室(『MEN 同じ顔の男たち』)と繰り返され、今度は広野なのは、故意か偶然か「リズム」に合っている。

過去作からのリフレイン

「過去に闇やトラウマを抱えた女性主人公」は、2作目『アナイアレイション』から繰り返されている設定だ。本作『シビル・ウォー』でも、中年の女性カメラマンを中心に話は進む。彼女が戦場で目にし、実際に撮影してきた凄惨な出来事の数々が、精神を蝕み、人ならざる何かに変わってしまう圧力を高める。

非現実的な設定を、冒頭のほんの数分で観客に無理なく飲み込ませ、興味を掻き立てる手際の良さは、1作目『エクス・マキナ』の頃から変わっていない。本作でも、大統領による意味深な勝利宣言スピーチ、そのスピーチをホテルの部屋のテレビで見ている主人公、そしてその主人公がいる部屋の窓越しに、ビル街での爆発が静かに見える、というスムーズな設計だ。観客を一気に引き込む手腕に感服する。

廃れた街や森を舞台にするのは、脚本作『28日後…』や『アナイアレイション』をはじめ、ガーランド作品ではお馴染みだ。本作でも廃墟や森がふんだんに登場する。舞台設定で妙に納得させられたのは、今のアメリカの街並みでも、暴動が起これば一気に中東の危険地域のように見えてしまうということだ。これはある意味、映画的「発明」と言える。実際、映画館からの帰り、シアトルの街を歩くのが少し怖くなった(シアトルはアグレッシブなホームレスも多いしね)。

キャストは、ガーランドの過去作から、ソノヤ・ミズノ(『エクス・マキナ』以降の常連さん)やスティーブン・ヘンダーソン(ガーランドが脚本を書いたドラマ『Devs』に出演)など、これまでに見た顔ぶれが参戦している。

進化

ガーランドの過去作の要素を詰め込んだ、「集大成」的な側面があるのも本作の魅力だ。一方で、見慣れた演出を圧倒する、凄まじい「進化」の数々。音楽使い、撮影、全体の構成にまで監督としての気持ちの良いほどの成長ぶりが見える。

まずは音楽。少し間の抜けた、それでいて不気味な響きを持つBGMは真骨頂だとして、本作では音楽使いの鋭さに感銘を受ける。とある残酷な出来事が起きた後に唐突に流れる、デ・ラ・ソウルの陽気な『Say No Go』の衝撃。この気まずすぎる状況をコミカルに取れというのか。

また中盤のとある悲しい場面で流れる『Breakers Roar』から続けて映し出される、ヘリコプターが優雅に滑空する光景。朝焼けの中を飛ぶその姿を一瞬「美しい」と思ってしまうが、米国は深刻な内戦状態に陥っていることを思い出し、一瞬でも美しいと思ってしまったことに気まずさや罪悪感を覚える。

撮影については、手持ちカメラとフレームレートを操作したと思われる臨場感たっぷりのシーンが印象的だった。ガーランドといえば基本フィックスで取り切ってしまう印象があったので、このエンタメ感は新鮮だし、上手く使いこなしている。

全体の構成も少し過去作と異なる。本作では「謎解き」要素はかなり少ない。過去作の場合は、ファーストシーンの「真相」が映画を通して徐々に分かっていく構成だったが、本作のファーストシーンは(映画の"ゴール"にはなっているとしても)そこまで重要な意味を持っていない。ロードトリップと同じように前に、前に進んでいく物語構成がヒリヒリ感を増していた。

そして本作の白眉であるホワイトハウスのバリゲート突破シーン。予算をこれでもかと投入した迫力のシークエンスだが、全体的な段取りも良く、局所戦ながらしっかりと印象的な迫力あるシーンに仕上がっていた。A24にしては史上最高額の制作費だったとはいえ、メジャーのように潤沢に予算があるわけではない。それを一点集中型で注ぎ込んだ手腕と慧眼。エンタメの作り手として、「予算の使い方が分かっている」というのは非常に重要だ。そしてどんなインディー映画でも、1シーンでもこんな「本物」のシーンがあれば、その映画は傑作となる。

イギリスの片田舎の密室劇から、異空間でのサバイバルまで、幅広い題材を扱いながらも一貫した作家性、鋭い人間観察力、撮影と編集に光る美的センスを強く示し続けるガーランド監督。「しばらく監督をやらない」と言っていることが寂しいが、現代映画の最前線<フロントライン>として、この芸術とエンターテインメントの絶妙な融合点を、作家性と大衆性の高度な折り合いを、ぜひ目撃してほしい。

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