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映画感想 トップガン(1986)

 せっかくだからもう一本の懐かし映画を観よう。というわけで1986年公開映画『トップガン』。
 監督はトニー・スコット、製作はドン・シンプソンとジェリー・ブラッカイマー、主演は言うまでもなくトム・クルーズ!
 トニー・スコット監督は天才映画監督兄弟の弟のほう。イギリスのCM制作会社でいくつもの作品を作っていたが、兄リドリーに続いて渡米し、ハリウッド映画に挑戦する。1983年『ハンガー』で映画監督デビューを飾り、『トップガン』はその2作目になる。兄のリドリー・スコットはこの頃『レジェンド/光と闇の伝説』(1985)を制作した頃で、『エイリアン』(1979)をヒットさせられたものの、それ以降は鳴かず飛ばず。映画マニアの間ではすでに「知る人ぞ知る監督」にはなっていたが、大衆的な支持を得るまでにはなっていなかった。
 一方、弟トニー・スコットはジェリー・ブラッカイマーと組んだこの2本目の作品が大ヒット。これ以降はヒットメーカーとして順調なキャリアを築いていくことになる。トニー・スコット監督にとって出発点となった作品だ。
 主演のトム・クルーズは『トップガン』が公開された時はまだ24歳。姿が変わらない! こういう時、「若ーい!」って言うものだし、若いは若いのだけど、その後と姿がほとんど変わってない。この当時からすでにトム・クルーズはトム・クルーズだった。
 この頃のトム・クルーズはまだそれほど知られていない俳優だった。1983年の『卒業白書』でゴールデングローブ賞主演男優賞にノミネートし、ブレイクする一歩手前の状態だった。本作『トップガン』にて本格的に大ブレイクする。ちなみに『トップガン』の前年には兄・リドリー・スコット監督の『レジェンド/光と闇の伝説』に出演している。そこから弟の映画へ……というのは兄弟間で何かやりとりがありそうだ。
 当初、トム・クルーズは本作への出演を断っていたが、海軍がトム・クルーズを基地に招待し、パイロットが受ける訓練を体験させた。その訓練を面白がったトム・クルーズは出演を受けることになった。
 本作の制作費は1500万ドル。公開後はすぐに話題になり、初週末だけで819万ドルを稼ぎ出す。米国内では1億7678万ドルを稼ぎ、最終的には世界で3億5381億ドルを稼ぎ出した。その後もIMAXシアター上映されたりと、この記録はさらに伸ばしている。もちろん1986年代アメリカにおける最高興行収入作品だだ。
 映画批評集積サイトRotten Tomatoesでは58%の支持率。平均評価は10点満点中5.9だった(劇場公開時はインターネットがなかったので、これは後の評価)。やや厳しめの評価となっている。確かに今の感覚で映画を観ると「うーん、これは……」というところは一杯ある。そこを含めて掘り下げていこう。

 では本作の冒頭部分を見てみるとしよう。


 主人公マーベリックとレーダー要員グースは艦上戦闘機F14に乗り、インド洋上を飛んでいた。僚機はクーガーが乗り込む同じくF14。
 この海上で、国籍不明機MiG-28との戦闘に突入した。
 マーベリックはMiGの背後についてロックオン。MiGは状況が不利とみて退散する。しかしもう一機のMigはクーガーの背後にぴったりくっつて離れない。
 マーベリックはクーガーに指示を出しつつ、敵機真上で反転してファックサインを見せつけ、さらにグースが搭乗者の写真を撮る。MiGは慌ててその空域から逃亡するのだった……。
 しかしこの戦闘でクーガーが心神喪失状態に陥ってしまう。間もなく燃料が尽きる。空母に戻らなければならないが、操縦する意欲すらも失っていた。
 マーベリックは一度は空母まで戻ったものの引き返し、クーガーをエスコートして空母へ着陸させるのだった。

 この一件でクーガーが完全に自信喪失。その場でパイロットを引退してしまう。
 司令官はマーベリックとグースを呼びつけて叱りつける。「君の行いは勇敢だった。だが君は血税で作られた戦闘機を失いかけた。勝手をするにも限度がある……」
 そこからさらに、「君らをミラマーへ送る。不本意であるが仕方ない。君らはエリートの仲間入りだ。トップガンに名を連ねるのだ」
 米海軍はトップ1%のパイロットのためにエリート学校を設立していた。目的は喪われつつある空中戦の技術訓練。世界最高のパイロット学校、その呼び名を――《トップガン》といった。司令官はマーベリックとグースの2人を、そのトップガンに送り込んだのだった。


 ここまでが前半15分。マーベリックがエリート養成学校「トップガン」に送り込まれるまでが描かれる。

 まずプロローグとなる空母レンジャーのシーン。ここで映像に映っているのはたぶんエキストラ俳優ではなく、実際の軍人だと思うが、その彼らを捉えた映像がやたらと格好いい。冒頭、キャストの名前が出ているところはえんえん、甲板上で仕事をしている彼らを映しているだけの映像が続くのだけど、これだけで間が持っちゃうくらい格好いい。夕日の光が射す中、彼らがおそらく毎日やっているであろう仕事の様子、それからハンドサインが格好いいということによく気付いた。
 そこからF-14が所定位置について、カタパルトが跳ね上がり、ジェットエンジンに火が入る。そこに挿入されるケニー・ロギンスによる『デンジャー・ソーン』。この段階ですでに引き込まれた。この後、なにをやらかしたとしても、評価が一定以上下がることはない。オープニングからクリティカルに決めてきた。

 前半15分の戦いで、トップパイロットだったクーガーが自信喪失に陥り、その場で引退してしまう。これが後半、マーベリックが同じ心境に陥ってしまうことの伏線になっているのだが……それはさておき。クーガーがいくはずだったエリートパイロット養成学校「トップガン」にマーベリック&グースのコンビが行くことになる。
 場所を移動し、アメリカ海軍戦闘機兵器学校へ到着。するといきなりトム・クルーズによるノーヘルバイク。私、トム・クルーズがヘルメット被ってバイク乗っているところ、見たことないわ。しかし意外にも映画撮影中でバイクに乗ったのはこのシーンが初めてだったとか……。誰にでも“初めて”はあるのだ。

 ここから訓練学校の様子に入っていくのだが、ここからが問題。戦闘機の乗り手というのは基本的に高学歴で将校以上の階級を持っている。いわばエリート集団だ。
 ところが『トップガン』におけるパイロットは、軽薄で騒々しい。ロッカールームで裸のまま大はしゃぎしている。実際にはパイロット1人1人に個室が割り当てられるし、プライド高いエリート達なのであんな大はしゃぎしない。ついでに戦闘機のついたトロフィーなんてものも存在しない。映画中に描かれたことは、ことごとく実際にないものばかりだった。
 ここは監修に当たった海軍も面食らった場面。「俺たちこんなことやらねーよ」と映画制作スタッフにクレームを入れたという話がある。
 ところが映画制作スタッフは訓練学校の様子を「馴染みあるもの」にするため、訓練生達を「高校生」として描くことにした。要するにハイスクールを舞台にしたスポ根もの。登場人物をほぼ高校生として描いているから、裸で大はしゃぎするし、無茶な飛行はするし、ナンパに熱心だし。アメリカ人なら誰でも馴染んで理解できるように、作品のIQはガッと落として描かれている。
 とにかくも観客が見たいものを描く。そこを徹底しているから、安っぽい恋愛ドラマが掘り下げられる。お話の途中、特に脈絡もなく男達を裸にして、体にオイル塗ってツヤツヤに輝かせてビーチバレーなんかさせてしまう。ビーチバレーはさすがに何を見せられているんだ……という気分にはなったが。

 その一方で、映像は元・CMクリエイターらしく、どのカットも妥協がない。絵的に優れている。ほんの一瞬のカットでも「おっ!」と思わせる構図、光源で撮られている。そこはさすがにビジュアリストのトニー・スコットらしい。ストーリーは軽薄だけど、映像の質は決して落とさない。
 物語がどこにでもあるハイスクールスポ根もので、はっきりいって安っぽいのだけど、映像がガッチリしているから、どのシーンも飽きずに見ていられる。

 それで肝心の戦闘シーンはどうなのかというと……正直なところ、何が起きているのかよくわからなかった。
 戦闘機映像の大半はチャチな特撮ではなく、本物のF-14を飛ばして撮影されている。敵役となるMig-28は実在しない戦闘機だが、それっぽく見せている。特撮は安っぽくなるしこの時代にはCGはない。海軍に協力を取り付けたことをいいことに、可能限り本物映像で撮影されている。コクピットのトム・クルーズも本当に戦闘機に乗って撮影されている。ただし、トム・クルーズ以外のキャストは実際の戦闘機の環境に耐えきれず、スタジオ撮影のものを編集で組み込んだだけだったが。
 とにかくもこだわって撮影したF-14の映像なのだが、困ったことに何が起きているのかよくわからない。F-14は最大マッハ2.34だ。それを映像で収めようとすると、一瞬にしてフレーム外に出てしまう。カメラはどうなっているのかというと、F-14の機体に取り付けられていて、パイロットが戦闘機の操縦をしながら、カメラも操作している。そんな状態だから、高速で移動する戦闘機の動きをうまく追えるわけがない。
 そこで戦闘機が移動している細切れのカットを編集で繋ごうとしているのだけど、その映像があまりにも寄せ集めの画像集という感じが出てしまって何が起きているのかよくわからない。カットごとにイマジナリーラインは変わってしまうし、光源の位置もピントも変わってしまうから、トム・クルーズが乗っている機体がいったいどれなのかもわからない。
 本物のF-14が映画に登場しているのは確かに凄いことだし、機体が持っている重量感はあるのだけど、映像として見るとなにを表現しているのかよくわからない。
 ミサイルが発射する映像も、ミサイルの軌道をずーっと捉えるのではなく、何度もカット割りして最後に爆発映像を編集で組み合わされる……という感じになってしまう。なんだか編集でごまかされた感じ。しかしかといってマッハ4で疾走するミサイルの軌道を空中で捉えられるのか……というとそれも無理。プロの撮影スタッフが同乗していれば……とは思うが、そういうこともできないような状況だった。
 戦闘シーン以外はフォトジェニックな見事な画で制作されていたのだけど、戦闘シーンになるとカット割りに力がない。なんとなく腑抜けたような構図ばかりになっていく。戦闘シーンになるとむしろクオリティが下がって見えてしまう。

 これは……仕方ないといえば仕方ない。ではどうすればいいのか……というとどうにもならない。あれでも精一杯頑張った結果だ。この時代でできる撮影法で頑張った結果だ。

 ストーリーはというと結局のところ、ありきたりなスポ根ドラマを越えてくることはなく、その辺の映画でもありそうなチームメイトの諍いやラブストーリーが展開されていて、あまり面白いものではなかった。むしろ退屈。トニー・スコット肝いりの極上の映像がなかったら、ちょっと見ていられない。
 戦闘シーンがこの退屈さを覆してくれるか……と思ったらほとんどが何が起きているかわからないような映像。意欲はたっぷり感じられるが、しかし内容は混沌としていて、とてもではないが完成度が高いもの映画とはいえない。
 この作品が特別であったのは、本物のF-14が出てきて、本物ドッグファイトが描かれたことだけ……それも大半は何が起きているかよくわからなかったが。でもそれだけで「すごい!」と思わせられたのだから、作戦勝ち、企画勝ち。
 ポピュリズムの映画であることは間違いない。映画中で描かれているか正しいかどうか、検証や考証といった部分はなぐりすてて、観客がみたいであろうシーンばかりが描かれていく。苺とクリームだけが一杯載せて並べられたかのような映画だ。
 ただトニー・スコット監督2作目、若いトム・クルーズのみずみずしい感性だけがそこにあって、どう見てもありきたりな展開なのに、ちょっと特別なものすら感じさせる。初期衝動的な勢いが弾けている。やっぱり画作りの腕前は確かだし、あの映像に歌唱が重なるとなにかが弾ける感じがある。冒頭の「デンジャー・ゾーン」の歌唱が始まったところで引き込まれたのは本当だ。ほとんどそこで一点突破したかのような映画だ。おそらく当時大ヒットしたのは、そういった特別さが映画に宿って、時代の空気とハマったからだろう。

 後日談。この映画のあと、どうなったのだろうか。
 『トップガン』の大ヒットにより、トム・クルーズはスター俳優の仲間入りをして、ほとんどそのままの勢いで30年突っ走ることになる。その最中、浮き沈みがほとんどなかった……というのがすごい。
 トム・クルーズは自分をスター俳優にしてくれた映画『トップガン』が安易な続編で評価を落とさないよう、続編権を自分で購入し、以降続編を作らせなかった。20年後、『トップガン』の続編が動き始めるまでは。
 ありがちな話だが、『トップガン』公開後、海軍への志願者が激増した。しかし戦闘機パイロットというのは基本的に超エリートの狭き門。
 作中では戦闘機の爆撃シーンはほとんどなく、ロックオンをしただけで逃げていくシーンが描かれる。これは「死にたくない」という当然ある意識によるものだが、戦闘機は1機1機がめちゃくちゃに高いから。1機日本円にして100億円。この損失を出すまいと、撤退する。危険にさらしたら上官から叱責される。
 戦闘機はやたらと高い上に、運用していくのにもコストがかかる。戦闘機パイロットは半年間乗らないと技術が初心者レベルまで戻ってしまうために、訓練をし続けなければならない。パイロットの維持にもものすごいコストが高くなる。戦闘機、コスト高すぎじゃないか……これが後々戦闘機不要論、無人機導入の機運に高まっていくわけだが。そうした裏話があって、政府から「金食い虫」と嫌われ、戦闘機パイロットはより狭き門になっていく。
 やはり『トップガン』の影響を受けてやって来た若者も一杯いるので、映画の台詞を口にするとペナルティとして5ドルの罰金が課せられたとか。いつの時代でも、映画に憧れる若者はいるのだ。


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