失楽園_画像_

失楽園④

主要な登場人物紹介
涼宮俊介・・・21歳。大学生。永遠と幸福が保証された世界に息苦しさを感
       じている。
牧村直美・・・21歳。大学生。学業やボランティア活動に積極的で、周囲へ
       の配慮を欠かさない。
宮田伊作・・・21歳。大学生。鈍感でぶっきらぼう。俊介の繊細さやネガテ
       ィブな性格を馬鹿にしている
涼宮美香・・・俊介の母。過保護で、心配性。俊介からは疎まれている。
西田真理奈・・・謎めいた司書。反社会的な言動をとっても、何故か”マンダ
        ラ”の影響を受けない


 さあ、いよいよもうすぐであの世に逝ける。それにしても、この狂った世界で同じ様に考えた人間が本当に誰一人として居なかったのか。今まで自分が狂っていると考えたことが何度もあったし、今でも自分が狂っているのか、この世界が狂っているのかわからなくなる時がある。そうやって悩んでいたものだし、実際自分の周りに僕の様な人間は居なかったから、あまり疑問に思わなかった。だが、改めてこうして死のうとすると、そのことが強い疑問になってくる。まあ、そんなこと考えてももう何の意味もない。

”さあ、死のう。”
”タッ、タッ、タッ、タッ!!”
”バン!!”

 「はあ、はあ、はあ.......。どうやら間に合ったみたいね。フフ。」
 「西田さん!何で.....。何で西田さんがここに.....。それにようやくこの狂った世界から解放されると思ったのに。何で止めるんですか。」
 「あら。そんな台詞を吐いたら、また”アラーム”が鳴るんじゃないかしら。」
 「あっ!!...........何故鳴らないんだ。どうして?そういえば以前も西田さんと居る時は鳴らなかった。あの時は僕が当事者ではなかったけれど。」
 「安心して。私の近くにいる時はどんな発言をしても、”マンダラ”からの警告は来ない。それと、ここから飛び降りても死なないわよ。人間は完全に肉体が消えない限り、死後もしばらく細胞は生きてる。細胞が少しでも生きていれば、それらを下地にして、”マンダラ”は強力な再生能力で細胞の再修復を始める。もちろんこの高さからの落下だと、さすがにホスピスへ搬送されるけれど。そこで特別な処置が施されればなおさら細胞の再修復が活発になる。ちなみに、肉体の損傷が激しければ激しい程、再修復の過程であなたは苦しむことになるわ。以前の自殺ではそこまでには至らなかったかもしれないけれど。」
 「恐ろしいな。この社会の生命へのこだわりは、まともな人間の考える領域をとっくに超えてる。」
 「ええ、本当に恐ろしいわ。狂ってる。」
 「僕が今以上の生き地獄を経験するのを、体を張って阻止してくださったんですね。それにしても僕みたいな人間のためにどうしてそこまで?しかも、僕のことを色々と知りすぎている。それに、他にも聞きたいことが山ほどあります。」
 「そうね。単刀直入に言うと、あなたは”私達”と一緒、だからどうしても助けてあげたかった。その一言に尽きるわね。そのためにあなたのことをずっと観察していたし、色々と調べさせてもらったわ。あなたの最も嫌うこの社会がやることと同じようなことをして、本当に申し訳ないわ。」
 「一緒?”私達”?すみません、色々とわかりかねます。」
 「そうでしょうね.....。涼宮くん、この世界に疑問を持ち、苦しんでいる人はあなただけじゃない。政府は隠蔽しているけれど、一定数自殺者は存在する。未遂となると、もっとたくさん居るわ。私達もその中の一人。そして私達はそういう人達を救う者。私も昔からこの世界の狂気に苦しめられてきた。何度も自殺未遂もしたわ。けれども、全くもって上手くいかなかった。とてつもなく苦しい生き地獄も味わった。」
 「そんな......。僕以外にも居たんですか?そして西田さんもその一人。それにしても、何故西田さんは警告が通用しないのですか?」
 「そうね。私達のような人間を保護する組織が存在するの。彼らは私達の様に、この社会に不満を持つ者達で構成されている。彼らはこの国の技術や情報を外国に流し、それらの国々はそれらの技術や情報でもって、様々な”おもちゃ”を開発し、私達に与えてくれる。その中の一つに、”テンマ”という人工細胞がある。この”テンマ”は基本的には”マンダラ”と同じような物なんだけど、違うのは”マンダラ”の活動を抑制し、偽の生体情報や個人情報を中央コンピュータである”EDEN”に送信する。その他にも、半径20m以内に存在する全ての人間の反社会的言動も記録されなくなる。もちろん、”マンダラ”による盗聴もできないし、それに偽の位置情報を示すようになっているから、追跡もできない。」
 「ありえない.....。でも、それしか説明のしようがないな。それにしてもその組織の目的は何なのですか?」
 「そうね。これは私の目的でもあるんだけど......。”私はこの国を出るわ。”」
 「そんな!....そんなことができるんですか?」
 「わからない。でも、その組織の中には外国人もいるんだけど、命からがらこの国から脱出した者も数十人程いる。今はその組織が最も大きくなっている時期で、そのために綿密な作戦も立てている。」
 「この国の裏側でそんなことが起きていたなんて.......。とんでもない話ですが、とにかく、大筋は理解できました。しかし、それでも疑問があります。あなた達がいくら僕の様な人間に同情したとしても、僕に注目する理由がわからない。そこまで精密な技術を有しているなら、僕なんか放っておいて逃げるべきではないですか?それに、僕に利用価値なんてないですよ。足手まといなだけだ。」
 「涼宮くん、あなたは本当に優しいのね。私はあなたのそういうところ、好きよ。見せかけの思いやりなんかではない、相手がただ幸せならそれだけで構わないという、その見返りを決して求めない覚悟が伴った優しさ。あなたはこの社会やそこに住む人間達を憎んでいるかもしれない。でも同時に、こう考えているんじゃないかしら?自分の様な人間は、自分一人で十分だってね。」
 「僕はあなたが思うような善人じゃありませんよ。方向性こそ違えど、彼らの様に自分のことしか考えていない浅はかな人間です。」
 「だとしても、そのことを自覚している。そしてそれでもなお、あなたは誰かを思いやることができる。”善人ほど悪い奴はいない。” ニーチェの言葉よ。彼らは自分達の醜さから目を逸らし、自分達こそが正しいと信じ切っている。でも、あなたはその醜さから決して目を逸らさず、どんな残酷な現実でも見つめ続ける。その上でそれでも理想を抱き続け、安易に正しさを唱えるのではなく、自らにそれを問い続けている。逆説的かもしれないけれど、もしこの世に善人がいるのだとしたら、正しさを問い続けられる偽善者こそ、本当の善人ではないかしら?」
 「僕を連れていくことで、あなた達の命がどうなるかわからないんですよ?それでも構わないのですか?」
 「やってみなくちゃわからないじゃない?それよりも涼宮くんこそ、私達と共にこの国を出る覚悟はあるかしら?すぐには決められないのなら、2日間だけ猶予をあげられるけれど?どうする?もちろん、無理強いはしないわ。あなたが私達を密告しない限り、私達の組織もあなたを拘束したりせず、これっきりで終わるわ。涼宮くん、あなたはどうしたい?」


 「...............。西田さん、あなたについていきます。僕はあなたと共に、
この”エデンの園”から脱出します。」


前章は以下のnoteです。



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