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傲慢なのは脊髄だけにしたい:『彼女は頭が悪いから』レビュー

Ms.エクスキューズの呼び声高き私、矛盾がいっぱいの書評になると思うけどどうか許してほしい。白か黒かに振り分けること、そのことへの疑いを、そのことへの不安を、ここからのレビューで書き綴るつもりだから。ぐらぐらとグレーな記事であることを許してほしい。

まずは文藝春秋booksのサイト、著者姫野カオルコさんのインタビューページから、本の概要を引く。

 二年前に起こった、東大生五人による強制わいせつ事件。この事件に想を得て書かれたのが本作だ。

 ごくふつうの家庭で育ち、女子大に進学した美咲は、東大生のつばさと偶然出会い、二人は恋をしたはずだった。だが半年後、つばさは仲間と共に美咲を酔い潰し、侮辱的なわいせつ行為に及ぶ。「尻軽女だから何してもいいよ」と言ったつばさ。美咲がつばさに会う前に化粧をしたのは、東大生と聞いて「すごい」と言ったのは、つばさの言うような“下心”だったのか。


自分の胸に問うて、返ってきたことを正直に書けば、私も過激なシーンを期待して読み始めたクチなのである。「あれでしょう、女の子が性器にドライヤーをあてられたって、あの事件でしょう」。

自分ではそんなことはしない。されたいとも思わない。私の知っている場所でそんなことが平然と行われたことを思うと、どろどろした暗さに寒気がして、世界はすぐさま崩壊したほうがいいんじゃ、って思う。

でも、同時に、わくわくもしてしまう。
そうじゃなかったら、読まないはずだ、この本を。

残念ながら、とあえて言おうか、プロローグで早速姫野カオルコさんは言い放つ。

 2016年春に豊島区巣鴨で、東京大学の男子学生が5人、逮捕された。5人で1人の女子大学生を輪姦した……ように伝わった。好奇をぐらぐら沸騰させた世人が大勢いた。 
 これからこのできごとについて綴るが、まず言っておく。この先には、卑猥な好奇を満たす話はいっさいない。

この物語で事件の様子(2016年)が描かれるのは、4章に入ってからだ。 

それまでは、2008年から、ゆっくり、加害者と被害者がどんな10代の若者だったか、どんな家庭で育ってきたか、どんなことに怒り、涙してきたか、丁寧に丁寧に描かれる(姫野カオルコさんによる、メタ的なコメントがたっぷり挟まれながら)。

これは私の読みが浅すぎるのかもしれないが、姫野さんが言いたかったことはプロローグに凝縮されているのだと思う。

 いやらしい犯罪が報じられると、人はいやらしく知りたがる。 
 被害者はどんないやらしいことをされたのだろう、されたことを知りたい、と。 
 報道とか、批判とか、世に問うとか、そういう名分を得て、無慈悲な好奇を満たす番組や記事がプロダクトされる。 
 なれば、ともに加害者と同じである。

《中略》

 5人が逮捕された罪名は強制わいせつ。ニュースを報道する画面に、視聴者からのツイッターコメントが出た。
【和田サン、勘違い女に鉄拳を喰らわしてくれてありがとう】 
 逮捕された5人には、和田という名前の学生はいない。 
 匿名掲示板への書き込みはもっと多数、投稿された。
【世に勘違い女どもがいるかぎり、ヤリサーは不滅です】
【被害者の女、勘違いしてたことを反省する機会を与えてもらったと思うべき】 
 勘違い。 
 勘違いとはなにか?

姫野さんは加害者にはもちろん、無責任な野次馬にも、とっても怒っているのだと思う。

絶対、こういうこと、言ってかなきゃいけない、考えなくちゃいけない。それはわかる。

でも、私は、「被害者と加害者はテレビの内側にいて、私達はほんとうに外側にいるのか」、そここそ、考えるべきだと感じた。

(流れをぶったぎるんだけど、「和田さん」は当然スーパーフリーの人だと思うのだけど、姫野さんがここでこういうつっこみを入れた意図は、ちょっと わからないなと思っている)

私と「彼ら」の間に、本当に線が引けるのか。

多少の揺らぎはあるけれど、この作品の中では原則、加害者の東大生は悪者として、被害者の女子大生は善き者として、描かれる。そこに違和感を感じた。東大生の描写について、いくつか例を挙げる。

(東大生の俺に、胸をアピールしてるんだ。おばさんのくせに) 
 と思っている。「すてきなブラウスですね」と服を褒めると、頰を真赤にする彼女は、夫と20代女との関係がもたらしている不安を他人からずばり指摘されたようで、落ち着きをなくして赤くなっているのである。が、つばさはただ、
(おれに気がある。いいトシして) と思い、プッと噴き出しそうになる。おもしろいので、いつも彼女の洋服が気になるのである。
「あんなアホ大でも、田舎に帰ると『東京の歯科大を出た』ってなるんだろうな。おれ、地方だからわかるよ。府中も綾瀬も鶴見も東京になるんだ」
中学生はすぐに式を書いてエノキに見せた。1分とかからなかった。
(3000-500)+300+200=3000
「正解」
「なんなの? こんな問題出されても、まいやんと会った気分にはなれないよ。やだな先生」
「これが解けない女子大生もいるんだよ」
「うっそー」
「いるんだって。偏差値が低い大学だと」

不快な描写、と思う。
姫野さんは、すごく怒っているんだと思う。
だからこの作品は、エネルギーに満ち満ちているんだと思う。
だからこの作品は、被害者の盾になれるんだと思う。

傲慢な東大生を、しかし私は、違う生き物として責めることができなかった。


多くの形容詞は、対になっている。

世界に自分一人しかいなければ、
「背が高い」とか    
「足が速い」とか
「歌がうまい」とか
そんなことは言えなくなる。 

比較ができないからだ。
比較をせずに、自信を持つ根拠を得ることは、難しい。

だから私は、自分の存在を「上げる」ために、特に傷つけられたときに、瞬時に考える。

「この人は、私より顔が悪い」
「この人の年収は、私よりも低い」
「この人は、私よりも頭が悪い」
「この人の恋愛経験は、私よりも少ない」

誰かを下に見れば、私は私を一番下に置かなくて済むから、少しだけ救われる。

なんて、くそなんだろう、とは思う。  

もちろん、嫌がる誰かの服を無理やり脱がせて弄ぶ、なんてことは、相手がどんな異性だろうと、お酒をしこたま飲んでいようと、絶対しない。それだけは言える。

でも。
でも、誰も、心の中でも、バカにしない、なんてことは、私は誓えない。

だから私には、この本の中の、あの事件のときの、東大生たちを、手放しで責められない。
真っ直ぐな憤りを燃やせない。

これは一生変えられないと思う。
私の脊髄が、私を守るためにやっていることだから。
傷ついた自分を底まで落とす前に、相手を落としてクッションにしているのだ。

だから、私は、せめて理性で抗いたい。 
思ったことを外に出していいのか、きちんと精査したい。  
相手を貶めずに自分の平和を取り戻す方法が他にないのか、ちゃんと探したい。
ずるくて汚い自分を棚に上げずに、そういう自分だってことを忘れないままで、できることがしたい。

たとえ保身のためだとしても、たとえ偽善者だと石を投げられても、私は自分の脊髄に抗いたい。

傲慢なのは、脊髄だけにしたい。

【ここから、ますます断片的な感想】

・テーマがとっちらかってしまうのかもしれないけど。「印象」で人を貶めることの恐ろしさについて書くなら、東大生はこうだ、って誤解されてしまうような書き方はすべきじゃなかったんじゃないか、とは思ってしまう。
amazon内容紹介にある(だからきっと出版社提供なんだと思う)、「すべての東大関係者と、東大生や東大OBOGによって嫌な思いをした人々に」ってくだりは、あまりにも乱暴じゃないかなと思う。  

・私も、レイプじゃなくてよかった、って思ってた。そう思うんじゃだめだった、傷つける人がいる、って気づけたこともこの本を読んでよかったところだ。

・タイトルがすごすぎないか。『彼女は頭が悪いから』。私は、書籍の優れたタイトルを頭で思い浮かべるのが好きなので、何度も何度も思い浮かべた。

・そして、表紙のデザインの不穏なムード。ここまで不穏な表紙を思いつくか?ふつう?絵も怖いし、黒い枠がどこまでも黒くてほんとに怖い。

・このレビューは、このブログのレビューを読んでから書いた。

東大生強制わいせつ事件傍聴人が「彼女は頭が悪いから」を読んだから
http://ideal.hatenablog.com/entry/2018/08/23

そうじゃなかったら、全然違った内容になったと思う。
東大生もつるつるの心じゃない人いるだろうし、よき家庭で育った美咲みたいな女の子で心がつるつるの人もいると思うの、私。

そろそろ、レビューのレビューを書くべきときかもしれないなと思う。他の方のレビューに目を開いてもらうことが多いから。自分では届かない作品の深みに近づくことができるから。



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