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私なりの絶望の震災 4

2011年3月11日 14:46p.m.

 臨時で雇い入れたアルバイトの女性と一緒に、産休に入る同僚からの引継ぎを受けていた。

 同じ1Fフロアにいた数十人の携帯電話が突然一斉にぶいぶいと鳴り出した。緊急地震速報だ。

 同時に遠くの方からどどどどという地響きが聞こえてくる。いままで聞いたことがない不吉な大きさの地響きだった。ビリビリと空気が震えるような感覚もあった。

 そして大きな揺れが始まった。

 建物が倒壊するのではないかという恐怖から、誰が指示するでもされるでもなく、皆なんとなく全力で室外に向けて走る。

 周囲の書棚やパーテーションはグラグラ揺れて倒れてきそうだ。机の上で揺れるデスクトップPC。コンクリート素材の内壁には縦に2mくらいの大きな亀裂が入った。

 (しばらく時間が経ってから確認できたことだが、デスクの袖机は3段の引き出し全てが全開になり、高さ2mの書棚はほぼ全て倒れ、中の書類は当然に床の上に放り出され、事務所内には文字通り足の踏み場がなくなっていた。)

 3階建ての社屋には上層階にも従業員がいた。慌てて走ったために途中で転んだのか、膝が血まみれになってしまった女性事務員もいた。彼女は痛みと恐怖で半狂乱となり、同僚の女性に抱き抱えられるようにして外に出てきた。

 地震発生時の初動として、屋外に出ることは常識に反する行動だが、本能的に全員がそうしてしまった。「平時に想定している有事」は致命的にリアリティに欠けているのだということを身をもって痛感した次第である。

 外に出ても激しい揺れは収まらず、敷地内のアスファルトの地面はぐわんぐわんとうねりながら波打っている。地面に亀裂ができて、その隙間に吸い込まれてフリーフォールのように地球のコアまで落ちていってしまうのではないかとバカみたいなことを真剣に想像していたが、それじゃあ建物に戻れるかと言えば思うように歩くことなどできず、その場でしゃがみ込む以外にできることはほとんどなにもなかった。言葉にならない、おお、神よ、というような気分が無宗教の私にも自然に湧いた。きっと神が、地球が怒っているんだな、というようなことをぼんやりと感じたことを覚えている。

 敷地内別棟の大きな倉庫では、搬出入口の大きなシャッターが爆発するような音を立ててグシャッと歪んだ。敷地に沿って走る公道上の電柱と電線は、ひとときも静まることなくグラグラと揺れ続けていた。

 携帯電話でテレビ中継を観ていた誰かが「10mの津波が来るらしいぞ」と叫んだ。

 周囲にどよめきが起こる。しかし、立っていることすらままならない状況や、トップダウン主義の会社の文化が相まって、誰もそこから山の手に避難しようとする者はいなかった。

 (実際には本当に10m規模の津波が発生することになるのだが、その事務所があった場所は海岸線から10km程度離れており、津波は届かなかった。)

 事務所と倉庫から出て来た従業員は100人以上になった。指揮命令系統がどうだとか、そいういう会話がやり取りされるようになったのは地震発生から1時間くらい経ってからだったと思う。しかしその頃も時折激しい余震が来るので、役職の高低にかかわらず誰もがただ屋外でガヤガヤ雑談をしているだけだった。それしかできなかった。半分くらいの人は地面にしゃがんだままだ。対処方法や今後の避難の方針について明確な指示を出さない上層部に業を煮やし、無言でマイカーを走らせ勝手に帰宅する者が一人だけいた。アニメみたいにタイヤ音をキュルキュル鳴らしてその場を走り去った。
(今にして思えば、彼の行動は正しかったと思う。彼は震災後ずいぶん経ってから会社を去った。退職の直接の原因は震災とは無関係だったが、彼の気持ちが私にはなんとなくわかる。)

 ネット環境はおろか当然電話もFAXも寸断されているので仕事にならず、その日は全員もう帰ろうということになった。上層部の人間は空き部屋にパイプ椅子を並べただけの対策本部の立ち上げのために数名が残った。翌日以降は指示があるまで自宅待機という指示が出てその日は解散となった。

(当時はマイカー通勤だったが、ガソリンの残りが少ない私は翌日、それを無駄に消費したくない思いから家財の散乱した自宅で一人、室内の後片付けをしていた。他にすることもない。しかし、今も理由はわからないのだが、その日、なぜかほとんどの従業員は出社していたらしい。そのさらに翌日になんとなく様子を見に会社に行ったら、上司でもないハゲからなんでお前は昨日出社しなかったんだよと嫌味を言われた。死ぬまで呪い続けてやろうと思っている。有事にあっても頭のおかしい人は安定して頭がおかしいということを学んだ。) 

 大小の余震はその後も深夜まで断続的に続いた。

つづく

Photo by Cam Fattahi on Unsplash


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