アクション映画だからって、涙活に不向きだと思うなよ。
最近涙活してないなぁ。
ヨガマットの上で体幹を意識しながら思う。
その時点でもう体幹になど意識はいっていないので、今夜はお開きにして立ち上がると、私はアマプラを開ける。
「してないなぁ」とか言うたけど、失敗してんやっけ。
昔は何見ても泣いてたな。
ドラゴンボールでブロリー出ただけで拳振り上げて号泣したのに。
映画でしか会えないキャラってほんと小悪魔。映画の時だけ良い奴になるジャイアンくらい癖になるのよ。気づいたら胸に両手当てて「タケシさん!!」って呼んでるもん。
さて、今回のお題は「マッドマックス」Death
出だし何のフリや、東映アニメフェアからやり直せ!とか乱暴な事言わないで言い訳を聞いてください。
2つ。
1つは「ベイマックス」と間違えました。
タイトルの記憶違いです、シナプスに怒ってください。
2つは「意外と見落としてた」です。
タイトル通りマックスはマッド(怒り)の状態。マックスが大酒飲みでプライドと尿酸値と血圧だけ高い偏屈おじさんでない限り、怒り狂う理由がある。そこに涙活を見出したのです。
昔の名作は意外と見ていないし、勝手なイメージと人の感想だけで見た気になっているものも多い。
斯く言う私もマッドマックスに関しては「世紀末」「北斗の拳」「棘のついた肩パット」の3拍子で想像していた。
だが、初代マッドマックスはあまり棘肩パットでもなく、世紀末感は否めないがそこそこ現代的。
「コマンドー」がシュワルツェネッガーの「サバイブ能力かっこいい」の映画なら、マッドマックスはメルギブソンの「運転技術かっこいい」映画。さらに友人や愛しい妻と家族を失った男の咆哮が日活映画の様に演出されている。
この辺はトレンド演出ってやつだろう。
昨今の邦画で見る、ミステリアスな彼女ないし、彼がプロポーズ前に突然失踪するのと同じだ。
ここに思うのは、ハナから出会いがミステリアスなんやから、そのくらいの心算で付き合え!という話だ。
名探偵を名乗る学生が転校してきたら、その日中に学校に爆弾を仕掛けられるのと同じで、不可避と思って一旦落ち着け。そのために授業時間を割いて避難訓練してんだから。
マッドマックスとコマンドーの違いは、マックスは最愛の家族を守りきれないところだ。
その不甲斐無さがマックスをマッドさせている、絶望と後悔の映画である。意外と人情ものなのだ。
悪を取り締まることが仕事の警察官マックスが、街の棘肩パット達を取り締まり、その報復を家族が受けるところまでは理解できるが、やり方が徹底し過ぎて常に「生死問わず」状態なのである。
ここら辺が、少し世紀末感を出している。
今で言う「ザマァ系」少し前なら半沢直樹系の倍返しなのだ。
そしてこの後に見たのが
「マッドマックス・怒りのデスロード」
こちらの方が「北斗の拳」味が強い。
世紀末どころか世界の終わりやし、マックスはマッドどころか「輸血袋」と言われている。O型やったんか、マックス。
人類の寿命が短くなり、子供も生まれない無秩序な世界なので、マックスは「元警官の輸血袋」と言う設定から始まる。
「あ、これこれ!私のマッドマックスのイメージ!」
改廃した世界で女を取り合い、棘肩パットどころか棘車でガンガンぶつかって来る。ただ、この改廃した世界で一番大切なのは「ガソリン」なのである。
水も大事、女も大事、だけど一番大事なのはガソリン。
そう、マッドマックスはそもそも車の運転技術が、頭文字Mな警察の映画なのだ。
乗り物の格好良さがあってやっと話が始まる。
ちゃんとメル・ギブソンの時から使われている「インターセプター」も出ている。
もう、この映画は「乗り物かっこいい」その一言に尽きる。
車がかっこいいなら「ワイルドスピード」シリーズやろ?と腐す人もいるが、ちょっとベクトルが違うので、ここは同じ土俵にしないでほしい。
ワイスピがロックなら、この映画はヘビメタ。メタルの重みがズシっと男心にくるのよ。
だって、女の私にもわかるくらいの重みよ?棘車とか言ったら確かにズル四駆みたいに聞こえる、私が悪かった。
ちなみに、007のボンドカーはジャズです。
話の内容はよくある世紀末系ではあるが、なんせ乗り物とデザインがカッコ良過ぎてそれだけで最後まで見れてしまう。
パワーショベルが出た時は一回止めて休んだもん。
しっかりと内容を吟味したい「音楽は歌詞を重視する派」の人より「音はノリっしょ!」で聞くタイプの人の方がハマるかもしれない。
いやぁ、よかった。
だが、見終わった私はある事に気づく。
「マッドマックス2」飛ばしてんやん。
そんで、また涙活できてへんし。
結果、マッドマックスは不向きでした。
こんな映画見たよ〜ってやつ↓
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