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なぜ新装版『この世界の片隅に』は絶版になったのか?についての新古書的考察

先週の金曜日に映画「この世界の片隅に」を観て一週間が経った。
あの日以来、この作品の事が頭から離れない。
思い出す度に目頭が熱くなる。

作画、演出、音、声、メッセージ性、その全てが素晴らしかった。
面白い映画を観ている時に鳥肌が立つ事は何度も経験しているが、この作品では特に後半、身体全身が何か電流のようなもので強ばりつつ画面を見入ってしまった。そんな体験は初めてだった。

この映画はあの時代の普通の人々の生の声を記録した、本来存在し得る事のない貴重なドキュメンタリーと言ってもいいくらいの価値がある。
たとえ戦争を体験した世代がいなくなってしまったとしても、この映画は永遠に残る。それはとても心強い事。日本のみならず世界中の隅々まで拡散していってほしい。1本の映画によって世界を少しでも良い方向に変える事ができるのではないかと本気で期待させてくれる。そんなふうな事を思った紛れもない大傑作。

(↓以下の文章に関しても物語のネタばれ的な話は一切ありません。というかここからは内容の話からは少し脱線していきます)

さて、本作は幸いにも原作は未読だった。それはそれで良かったと思う。
ネタばれ無しでストーリーから純粋に楽しめた。作者・こうの史代の出世作である「夕凪の街 桜の国」を話題になっていた発売当時に新品で買ったのだが、その後売ってしまった。若かったからかいまいちピンと来なかったのだろう(今はもの凄く再読したい。年齢を重ねると響く名作もあるので早まって処分してはいけないという教訓か)
その後、作者への興味は薄れ、「この世界の片隅に」もブックオフで何度も視界に入っていたもののスルーをしていた。だが、こんな傑作アニメを観たからには、原作を読まずにはいられない。1回の鑑賞では分かり辛かった部分のディテールを確認したい。あの物語をいつでも読める手元に置いておきたい。

さしあたってAmazonで原作単行本を検索。ふむふむ、上中下の全3巻、
やはり在庫切れか。とはいえやはりブックオフマスターの自分はダメ元でブックオフでの購入を画策。ただ、こういう場合は既にブックオフでも入手困難の可能性は高いため、新品買いも視野に入れる(当然神映画の神原作、まったく惜しくは無い)

場所は分かっている!双葉社アクションコミックスの札の場所だ。今まで何度も見てきた白色の背表紙(時には108円棚にも)…だが無い。数軒回って1冊も無い。やはり新品で買うか…諦めかけたその瞬間、ふとレディースコミック棚を見てみる(大人コミック棚に探し物が無かった場合こちらにある事もあるのだ)・・・・・・あった!!!白色の背表紙2冊!!!

ありゃ? Amazonで見た表紙と違う。しかも前編、後編の全2巻???
上中下の全3巻じゃなくて???  ネットで検索。 新装版…!?
そういう事か…! 自分が近年ブックオフでよく見てきたアクションコミックス棚の白い背表紙のこの世界の片隅に、は2011年のドラマ化に合わせて刊行された全2巻の新装版で現在は絶版。そして代わりに映画化に合わせて重版がかかったのはA5サイズの全3巻の旧版だったのか!そっちバージョンも知ってはいたが、自分の中でごちゃ混ぜになっていた。当然現行品が新装版のほうだと思い込んでしまっていたのだ。

中古価格は1冊460円。最近のブックオフの毎度おなじみ人気に合わせた高値価格。だが2015年発行の第2刷で美品。新品で全3巻を買うよりも1200円も安い。即決! 結局ブックオフで購入してしまった…

読む…あああああ、あのシーンもこのシーンも原作の時点で既に描かれているー!アニメでは省かれたエピソードもあるー!この完成度の高い原作を忠実に再現しつつアニメ演出の力でさらに凄いものに高めた感がよくわかるー! これは、映画にはまった方は間違いなく原作も買ったほうがいい。
そしてその後に2回目の映画を観るなり、DVD・ブルーレイで再び観る事でさらに物語の隅々までを堪能できるだろう。自分は映画館でもう一度観たい。本気でそう思った作品も初めてだ。 

ところで一つ疑問が浮かぶ。
何故、一度新装版を出したのにもかかわらず、映画化に合わせてまた旧版を売る事にしたのだろう?

文庫等によくあるのはドラマ、映画等のメディア化に合わせて、その映像そのものの素材を使った表紙のバージョンで出すパターンだ。これではすぐに古びてしまう。だが、本作の新装版はドラマの素材を使う事もなく、旧版と同様にこうの氏のイラストを使用し、シンプルで風格のあるとても良い装丁だ(ドラマ化の素材は帯に使用した模様)
では、下世話な妄想ではあるが、やはり単純に全2巻よりも全3巻のほうが出版社的には儲かるから…なのだろうか。この出版不況の中、そう考えるのは当然であり真っ当な事だ。だが、必ずしもそれが理由では無いような気がした。

そこで後日、また別のブックオフに行き、なんとか旧版を探し、中をパラパラとめくってみた。
そういう事か…

旧版のほうが圧倒的に「良い」のだ。。


基本的に収録内容は同じなのだが、旧版と新装版の違いをいろいろな角度から以下に書き出してみる。

新装版(絶版)
・2冊でサイズもコンパクト(B6版)
・安い(637円×2冊、旧版は700円×3冊)
・前編巻末に描き下ろし1P漫画「鬼ィさん」を収録

旧版(現行品)
・描き込まれた絵が大判で堪能できる(A5版)←これが想像以上の差
・本文が白い厚紙のため、日焼けせず長期保存が可能。その白さも良い。
・上中下の話の切り方(特に上巻のラストにあのシーンが来るのはニクい)
・今なら映画化の帯が付いている

このとおり品質を求めるなら読者にとっても断然旧版のほうが良いのだ。

さらに、新装版に関して検索をしていたら先日行われた映画のトークイベントで、作者こうの氏本人が新装版に関して語った記録を見つけた。
以下抜粋↓

・映画のヒットに合わせて原作の重版がかかった(真木)。
・オリジナルの3冊版(上中下巻)の後で出版された2冊版の方は、 テレビの実写版ドラマの放映(2011年)に合わせたものだった  が、大量に刷りすぎて長く在庫になっていた。重版がかかったとい うことはそれもはけたということでホッとしている(こうの)。(【レポート】『この世界の片隅に』公開記念!ネタバレ爆発とことんトーク!@新宿ロフトプラスワン(2016/11/20) より引用)

どうやらこうの氏、出版社側も新装版に関しては過剰在庫を作ってしまった版という多少の苦い思いもあるのかもしれない(だとしたら、自分が購入した2015年発行の第2刷はけっこうレアな最後の版ではなかろうか)

という事で、これから原作を買われる方は普通に現行品である旧版を買う事をお薦めする(そりゃそうだわな)
新装版はB6サイズで漫画を揃えたい方、表紙が好きな方(特に後編の表紙は非常に良い。この場面は映画には出てこないのだが)、コレクターズアイテムとして揃えたい方にお薦めする(描き下ろし1P漫画はその為に買うほどでは正直無いかも)ただし基本的には新品で本屋さんで購入は不可能なので、ブックオフ等の古書店で探す事になる。これは正々堂々とブックオフで買ってくださいと言える(笑

何はともあれ自分が手に入れた新装版2冊はこれはこれで愛着はある。
背表紙は元々こちらのイメージのほうが強かったし、読みたかった理想的なタイミングで入手できたし、何より原作の素晴らしさは何も変わらない。
他の名作漫画と共に末永く本棚に収まる事になるだろう。
でもちょっぴり旧版3冊も欲しかったりする…

物を買う時は目先の安さを優先して良いのか、高くても高品質なものを選ぶのかはよく考える事が大事である。
…というこの一週間のお話。

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