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「脳化」された現代社会にこそ、田舎が必要。 Interview 養老孟司さん | 前編

自分に合ったライフスタイルを実践する人、未来のくらし方を探究している人などに「n'estate」プロジェクトメンバーが、すまいとくらしのこれからをうかがうインタビュー連載。第1回目は、ご自身も鎌倉のご自宅と箱根の別邸「養老山荘」にて二拠点生活を送られている、解剖学者の養老孟司さんに会いに箱根へ。

20年以上も前から“現代の参勤交代”論を提唱し、都市と地方の往来を奨励してきた養老さん。システムで効率化され、感覚ではなく脳(意識)で考えることが優先されがちな現代において、地方社会や自然の中に身を置くことの必要性をお聞きしました。

養老 孟司 | Takeshi Yoro
1937(昭和12)年、鎌倉生まれ。解剖学者。東京大学医学部卒。東京大学名誉教授。1989(平成元)年『からだの見方』でサントリー学芸賞受賞。著書に『唯脳論』『バカの壁』『手入れという思想』『遺言。』『ヒトの壁』など多数。                                                                                            

—— 養老さんは長く鎌倉にお住まいですが、なぜ箱根にも拠点を作られたのでしょうか。

養老:虫の標本を置くところがなかったんですよ。よそにアパートを借りて、そこに置いていたこともあったくらいで。だから、仕事は鎌倉でして、箱根では虫(の標本製作や研究)をやっています。もう15年くらいになりますね。箱根になったのは、女房が探してきたからです。彼女がいいと言えば、僕もいい(笑)。

—— 箱根には、どれくらいの頻度で滞在されているのですか?

養老:今はだいたい、一週間のうち半々くらいですかね。3日以上いないと来ても意味がないので、まとまって空いた時間が取れるときに来ます。
こっちではずっと標本をつくっていますよ。今日も、ついさっきまでやっていました。標本箱の数にして100以上。5万匹はいるんじゃないかな。

鎌倉は人が多いんですが、ここは人が本当に少ない。来るのは野良猫、イノシシ、そろそろキジかな。あれはうるさいんですけどね。最近、鹿も入ってくる。みんな、ゆったりと好きにしていますよ。

箱根にある別邸「養老山荘」で標本製作をする養老さん。

日本の人口密度は、まるで「混んだ銭湯」。


—— 養老山荘には、たくさんの動物がやってくるのですね! それで言うと、都市でのくらしは逆に「人と居る時間」が多過ぎるのかもしれませんね。


養老:あまり知られていない統計がありましてね。可住地当たりの人口密度は鳥取、島根あたりで、ちょうどヨーロッパの平均と同じくらいと言われているんです。つまり、日本はあまり住めるところがない。これを僕は昔から「日本は混んだ銭湯だ」と言っています(笑)。身動きすると他人に迷惑だから、じっとしてろ、と言われる。

「忖度」という言葉だって、そのひとつ。(山と海に囲まれて、限られた土地にしか住むことができずに)狭いところに暮らしてきた日本人ならではの知恵なんだけれど、それが人を窮屈にしているんですよね。そのことを日本人は自覚していない。だから、しんどくなるんです。人が多すぎる。せめて、田舎に行くことですよ。

「養老山荘」のベランダから見える裏庭。
四季折々の豊かな自然が広がる。

—— その点、養老さんは多拠点居住や二地域居住という言葉が主流になるよりも前から“現代の参勤交代”と称して、地方での暮らしを薦めてこられました。これには何かきっかけがあったのですか?

養老:もう20年ぐらい前からですかね。農林水産省の「オーライ!ニッポン」というキャンペーンがあって、今も代表をやっています。都市と農山漁村の間の往来を盛んにすることで、日本を元気にしようという取り組みなのですが、そのときに考えたものです。要は、都市で生活している人たちが、1年のなかの一時期、田舎暮らしをしたらどうかという提案です。

僕が若いときには、地方から出てきた研究者がたくさんいたんです。それで、みんな「うまくいかなくなったら、故郷に帰って農業をします」なんて言っていた。田舎の存在は、一種の保険でもあったんですね。

—— 帰る故郷があることで、都市で挑戦したい若者たちも安心して頑張ることができたのですね。

養老:ところが、だんだん都会の出身者が増えて、帰る故郷がなくなっちゃったわけです。あるとき、新聞で「多くの人がお盆に帰省できる地元がない」という記事を見かけて。だったら、地方にも居住できるところを持ったらどうかと思ったんです。それは心の健康にもいいんじゃないかと。

というのも、うつ病のような心の病にかかる人がとにかく多かった。「山にでも行ったら治る」なんて言われていたけれど、そんなに甘いものでもない。だって、今や日本の若者の死因のトップが自殺なんですから。これは、日本人のくらし方に問題があるということです。

—— その問題の大きな原因は、何なのでしょうか。

養老:ハッピーじゃないんですよ。みんな無理して働いてる。そういうシステムをガッチリつくってしまった。だから、システム自体を動かすことが仕事になってしまっているんです。しかも、日本人は額に汗して働くのが好きなんですね。手を抜けない。全員がサボっても大丈夫、生きていける、という状況でも、必死になって地面をほじくり返してしまう。

教育だって、今は完全にシステム化してしまっていますよね。子どものためというよりも、教育システムを維持することが目的になってしまっている。

—— 養老さんの言葉をお借りすると、感覚が優先する動物の世界に対して、頭ばかりを使って働く人々の「脳化社会」ですね。その、システム化された社会の中にいることで、ほかにどんな弊害が起きてくるのでしょう。

養老:大都市のようにシステム化された社会の中では、自由に身動きができないんですよ。だから、自己承認もできない。でも、自然の中や地方などの小さな社会に身を置いてみると、自分がやっていることが、どのようにみんなの役に立っているのかが見えてくるでしょう。自分が怠けるとこれが動かないんだ、ということを身をもって実感できるんです。

だから、みんながシステムの中から逃れられるきっかけがあればいい。そうやって人が地方にもバランスよく分散して、地域的に自給するような社会がたくさん増えることが、僕はいいと思っているんです。


標本箱には、世界各地で採集した昆虫の標本がずらり。

消えゆく昆虫たちにみる、これからの未来のくらし方。


養老:
あとは環境の課題もありますよね。1990年から2020年までの間に、世界の昆虫が8、9割減ったと言われているんです。日本にいても、感覚的にわかるはずですよ。昔は花に、虫がうんとたかっていた。でも、今はそういう光景が見られなくなっている。自動車で高速道路を走っていても、つぶれた虫でバンパーが汚れることってなくなったでしょう。

それだって大都市への一極集中が環境に負担をかけていることには間違いない。今、世界の8割の人が都市に住んでいると言われていますが、そろそろ考え直さないといけないと思うんです。このままでいいのか、と。19世紀以来、ずっとやってきた人類のやり方が、やっぱり天井を打ったんだと思うんです。

—— 人のためにも、環境のためにも、できるだけ拠点を分散することがリスクヘッジに繋がるということですね。

養老:加えて今、一番に考えないといけないのは、天災のこと。南海トラフ地震、首都直下地震、富士山噴火。これまでの天災に比べても、はるかに影響が大きいと予想されていますよね。東日本大震災の例だと、食料も2日でなくなってしまったと聞いています。ライフラインが復旧して、ようやく暮らせるようになった後も、すぐには元に戻れないでしょう。

ほかに拠点があれば、急いでそこに避難することもできる。もともと、そういうつもりで(二地域居住や多拠点居住を)提唱してきたわけではないんですけれど、そういった観点からも都市だけでなく地方にも拠点を持つことの意義は今、とても大きいと思います。

養老さんから標本についての説明を受ける
「n'estate」プロジェクトメンバー。

>後編はこちら。
「人生は、絵を描くようなもの。拠点を変え、多くの視座を得よ。」

都市に住まう利便性も。
自然豊かな地方ならではの充足感も。
「n'estate(ネステート)」で体験する、もうひとつのくらし。

> サービスや拠点について、さらに詳しく。
「n'estate」(ネステート)公式WEBサイト
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Photo: Ayumi Yamamoto
Interview: Toru Uesaka


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