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成人式を迎えた君へ

成人式を迎えた君へ

今日という日を迎えられたことに、君は心底驚いているだろう。そして、そのことを憎んでもいるし、愛してもいるだろう。そんな、苦しくて嬉しい一日だったね。よく覚えてるよ。

おてんば娘だった君を、写真でしか知らない。ヤギの隣、裸でピースしてる君。あれは確か3歳の頃らしい。ジャングルジムのてっぺんでオムツ一丁、サングラスをつけた君がプリキュアのポーズを決めた写真もあったね。あれは笑えたなあ。ヒーローが大好きで、どろんこ遊びばかりしていた君は、すくすくと成長したね。ちっちゃな頃は、なんでもできると信じ込んでいたよね。なんにでもなれる、なんだってできる。

ある日を境に、君は保健室でご飯を食べるようになったね。今考えてみれば小さなことだけど、あの頃の君にとって教室は世界のすべてだった。どんなに先生に怒鳴られようが、保健室でただ、黙々とご飯を口に運んだね。あの時の味は、まるで砂みたいだった。プリキュアはいないと知ったあの日、君は少しだけ大人になったね。

初めて嘘をついた日を覚えてる?日曜日、まだ家族はみんな眠っていて。静けさがまるで全身に染み渡るような青い朝、小さな貯金箱をこっそり割って、ひとりでパックンチョを買いに行ったこと。どうしてそんなことをしたのか今では全く分からないけど、口に入れた瞬間、お菓子が少しだけ苦く感じたのを覚えてる。「なにも食べてないよ」と言った君の口に、チョコレートがついていたのを笑われたね。嘘の味は、甘くて苦いことを知ったあの日。

中学生になって、お父さんが買ってきた古本のスラムダンクを食い入るように読んで、バスケ部に入ったね。運動音痴のくせに、人一倍夢見がちで「桜木花道になるんだ!」って思ってたね。あの頃からずっと、すぐに影響されるタチだ。6人しかいないメンバーでいつも補欠、ビリを走っていても楽しかった。3年生が卒業した途端、空気が変わってしまったけど。部室の前で、ひとり立ち止まって聞き耳を立てたね。自分の悪口を言われてることに気がついて、ぎゅっと唇を噛んで。血の味が広がって、あれはまずかったなあ。美味しかったことは忘れてしまうのに、まずかったことばかり覚えているのはどうしてだろうね。知らないフリを覚えた、あの日。

初めて恋をしたね。ひとを好きになって、あんなに嫌いだった学校がきらめいて見えたね。彼は背が小さかったけれど、運動がよくできて。何段もの跳び箱を飛ぶ姿に、胸が高鳴って「これが、キュンってやつかあ」と満足げな君。靴箱で毎日待ち伏せしてさあ、偶然のふりして「え、今日もまた〜!?」とわざと怒ったりして。きっとバレバレだったけど、今思えば可愛いよ。まあ彼は全然違う子が好きだったけどね、あの日の君は知らなくていいことだ。

高校生になってできた友達は、絶対大事にすること。彼女たちは一生涯の友だちになるから。笑って泣いて、喧嘩して。そんな日々が当たり前じゃなくなる日が来ることを、あの頃の君はまだ知らない。教室に風が吹いて、教科書のページがぱらりとめくれる。前の席から手紙が回ってきて、クスクスと声を出して先生に怒られる。夕方のチャイム、吹奏楽部の音。シーブリーズの匂い、また明日ね!のいつものサヨナラ。二度と来ないあの頃は、すぐに廊下を駆け抜けて行ってしまう。ギリギリまで短くしたスカートを、ひらりとなびかせて。

「大学デビューだ!」と息巻いて入学したあの学校、君にとっての転換期。初めての一人暮らし、緊張したなあ。大家さんが初日に持ってきてくれた手作りのだし巻き卵、覚えてる?これが京都かあと、感慨深くなったね。毎日が戦争のようで、周りに合わせるのに必死だったよね。急に大人っぽくなった同級生たち、メイクの本を何冊も買って覚えたよね。「いつもすっぴんだよね」と言われて落ち込んだ日もあったっけ。好きな服も好きな本も、好きな音楽も好きな映画も。たくさんあったのに、いつの間にか分からなくなっていたね。「なにそれ、分かんなーい」と言われることが増えて、そっと鞄にしまったね。流行りの服、流行りの音楽、イケてる子、イケてない子。大学にもカーストがあることに気がついた時には、もう底辺。どうしようもなく、泣き明かした夜。両親も分かってくれることはなく、孤立した君は引きこもったね。毎日カップ麺しか食べず、部屋の片隅でうずくまり「この世界にわたしの面積をとってしまうのは申し訳ない」と本気で思っていた。うつだと診断されてからは、休学を選んだね。割と順風満帆だった君の人生が、変わった。京都を去る日も大家さんは、だし巻き卵をくれたね。泣きながら食べたあの日、挫折を知った。

ずっとずっと、苦しかった。本当は、ボタンのかけ違いばかりのような人生を、見ないふりしてきただけだった。世界の何もかもが憎かった。そして一番、自分自身が憎かった。ストレートで入学、卒業、大企業就職。勝手な"思い込み"が音を立てて崩れた。なんでもできる、なんにでもなれるなんて嘘じゃないか!と床をバンバン叩いた。血が滲んで、泣き崩れた。ひとりぼっちだと、絶望した。ひとは、弱いと知った。

あの日から、世界が変わった。

何度も絶望して、何度も死のうと思った。世界を呪って、神を呪った。それでも、捨てられないものがあった。それは「書くこと」。うつになってから書き始めた日記は、何冊にもなった。苦しい苦しい、と叫ぶばかりの気持ちを、色んな言葉で表現した。辞書を引いた、本を読んだ。ふさわしい言葉を見つける作業に没頭した。いつの間にか、わたしは文字と、踊っていた。筆先から紙に流れ込む言葉たちは、わたしと一緒に泣いてくれた。笑ってくれた、怒ってくれた。眠れない夜も、ずっと側にいてくれた。

そして、迎えた二十歳。なにもかも終わったように見えた世界が、いつのまにか色鮮やかになっていた。「透ける新緑」「光る飛沫」「初恋のように散る桜」言葉と踊り出せば、世界は美しかった。言葉が連れ出してくれた、この世界へと。指も足も、震えは止まらない。しかも、似合わない振袖に取ってつけたような髪飾り。それでも「おめでとう」の言葉は何より嬉しく、そして、何より憎かった。見上げた空は青く、高く、大きなとんびが舞っていた。わたしも羽ばたけるような気が、少しだけした。




ねえ、あの日の君、聞こえていますか。わたしは今、書くことを仕事にしています。3歳の君が、保健室の君が、バスケ部の君が、引きこもった君が。生きることを諦めなかったから、わたしは今日も生きています。ありがとう、生きていてくれて。そして、二十歳を生き抜いてくれてありがとう。

なんでもできるわけじゃなかったし、なんでもなれるわけじゃなかった。でも、あの日の味も、あの日の涙も、あの日の笑顔も。ぜんぶぜんぶ、意味があったんだよ。意味にしていくんだよ。それが多分、生きるってことだ。そして、それが言葉になってゆく。誰かのもとに届くために、誰かの心を揺り動かすために。

だから、明日も生きてゆくよ。

生きててくれて、ありがとう。

成人、おめでとう。





成人式の日は決まって、SNSにはいろんな投稿が流れる。素敵な振袖も、素敵なスーツも。そして「友だちがいない」「同窓会に呼ばれなかった」「行けなかった」という投稿も。その気持ちが痛いほど分かる。"晴れの日"なんて言われても、孤独が増して、苦しく悲しい。大人になれば、10年経てば忘れられる、なんてことはない。古傷のように痛む日もある。でも、きっと、生きててよかったと思える日が来るから。そんな日を、わたしが作るから。今まで生きることを諦めなかったことが、なによりもの正解で、この世界にどこにもない唯一の真実だから。だから、一緒に生きてください。美しく、醜い、この世界を。

あなたが生きていてくれてよかった、ほんとうに。そして、出会ってくれてありがとう。あなたは一人ではないんだ、絶対に。ここに言葉がある限り、わたしは愛を伝えつづけよう。成人、おめでとう。そして、今日も生きててくれてありがとう。あなた、そして、わたし。


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