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あなたが愛してくれなくても

あなたが愛してくれるなら、他に何もいらないんだよ。そう泣きながら言っても、彼女はもう扉の向こう。エンジンをかけた車で乱暴に飛び出してゆく。捨て台詞は「あなたの母親、わたしやめるから」。

あの日から、わたしは永遠に孤独になった。

彼女は悲しい家の生まれだ。育ちも苦しくて、小さな頃からその話を永遠に聞かされて育った。「お母さんはずっと辛かったのよ」「お母さんはずっとひとりぼっち」「あなただけがわたしの味方」そんな言葉で育ったわたしは、それはもう素直に母の味方で育った。

けれど、彼女の孤独を癒すことは、わたしにもできなかった。父と喧嘩しては飛び出してゆく家。平気でわたしを置いてけぼりにしては、母をやめると叫ぶ。家中の人間と喧嘩しては、首を絞め合う。怒号が飛び交っては、大きな物音を立てる。わたしはひとり、押し入れの中でじっと、ただ、じっとしていた。

彼女の孤独を癒すためにわたしは生まれてきた、そう信じていた。彼女が右を向けと言えば向いたし、彼女が行く先にはどこまでもついていった。「あなたはお母さんの言うことだけ聞いてればいいの」それが呪いの言葉だとも知らず、わたしは神のように彼女を慕い続けた。

大きくなって、わたしには夢も未来もあった。全てを打ち壊す母が、そこにはいた。恋愛も友人も、すべて母に縛られる毎日。彼女の意にそぐわなければ、捨てられる。当たり前のことだった。

彼女はわたしを本当に愛してはいなかった。彼女が最も愛しているのは、彼女自身だった。

何度も呪った、神も母も。そして涙を流しながら懺悔した。彼女を愛してるのに伝わらないことが永遠に辛かった。彼女の全てをわたしは愛してるのに、彼女は"理想の娘"しか愛せなかった。

苦しかった。

それでも、と、もがき続ける日々。わたしはわたしの人生を生きなきゃ、分かっていても染み込んだ恐怖は消えることがない。わたしは彼女のモノではない、彼女の理想を叶える手段でもない。ぐるぐるにわたしを縛った鎖は、簡単には解けない。何度呪いを解こうと思っても、解けない時間という重み。

「あなたがタトゥー彫ったり、わたしを老人ホームに入れたりしたら、縁切るからね」

平気で、彼女は爪を切りながら言う。わたしが彼女の理想から離れた瞬間、当たり前に縁を切られる。彼女はあの頃から変わらず、わたしを平気で捨てる。

でも、それでもね、お母さん。わたしは、あなたを心から愛してるよ。あなたがボケても、あなたがわたしを捨てても、わたしは永遠に、あなたを愛してる。永遠に、永遠に、あなたを愛してるよ。

叫んでも聞こえない大声で泣き続ける夜。わたしは孤独だ、過去も今日も未来も。彼女がわたしを永遠に愛することはないと知りながら、伝わることのない愛を伝え続けるだろう。

まだそれでいいなんて言えない。やっぱり苦しくて、愛されている友達が羨ましくて。仲のいい親子を見れば嫉妬で狂う、どうしてわたしは?とカミソリを手に嘆き狂う。

でも、今のわたしを愛してくれるひとがたくさんいる。こんなわたしを、母に認めてもらえないわたしを、大丈夫だよと抱きしめてくれる人達がいる。孤独ではない、のだ、本当は。わたしも彼女も。だから、わたしは今目の前にいてくれるあなたを信じる。あなたのことを抱きしめて、あなたを愛し続ける。

私達にできることは愛することだけ。だからこそきっと、私たちは強いのだ。憎しみと悲しみで狂う夜、わたしは今日もそんな夜。だけど、でも、あなたがいてくれるなら。そう希望の光を見出して、明日の扉を必死で開ける。

わたしが生まれてきたことに意味なんてないのかもしれない。でも、あなたが生まれてきたことに意味があることを、わたしは知っている。だって、わたしを笑顔にしてくれるから。わたしと出会って、わたしを愛してくれたから。だから、わたしもきっと生まれてきた意味があるのだろう。

だから、今言わせてください。あなたを、愛してる。生まれてきてくれてありがとう。

この世界は闘いと憎しみで絶望だけど、わたしは愛を持ってあなたを抱きしめたい。愛で繋がろう。

どうか世界に平和と愛を。

お母さん、愛してるよ。

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