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新婚ホヤホヤで築50年越えの廃虚のようなオンボロアパートに住んだ話

※この話は怪談ではありません。どちらかと言えばハートフルな話かと。



結婚が決まり、一年後にせまる披露宴やハネムーンの話を進めていく上で、私達には課題があった。

お金がない。

当時、私達はそれぞれ一人暮らしをしておりお互いの家賃は7万を超えていた。

その上、毎週のように休日はライブやイベントに出かけて外食をしてきたから無理もない。 

私たちは揃いも揃って楽天家だったから、その日が楽しければそれでよかった。だから貯金がなかった。

そんな折、彼から「勤務先の社宅に住まないか?」と打診があった。家賃はたった1万円らしい。聞いた所、立地も悪く無い。お互いの勤務地にも30分以内で通える。

何より、今までの2人分の家賃(15万円は越える)それをそのまま貯金できるなんて。

その話、乗ら無い手は無い。

「ただね、かなり古いとは思うけど...」

彼は小さく呟いたけれど、私は気にしなかった。


引っ越しの前に部屋の中を見せてもらう事になった。

社宅があるのは淀川の河川敷がそばにある、ちょっとした工場地帯。大きな台風がきて堤防が決壊すれば即、川に飲み込まれてしまうような海抜の低さだった。

街の風景の多くを占める色がコンクリートの灰色で、辛うじてコンビニとスーパーは有ったけれど、若い2人が住む街では決して無かった。

そして住まいに関しては、予想以上の実態に驚愕した。

"昭和の団地"のような風体。1〜2階部分の壁面にはツタが絡まっており、鬱蒼としている。

1階毎に2世帯分の部屋があり、4階建だったので計8世帯が住める筈だったのに、その棟に住んでいる人は居なかった。

私たちが住む予定になっているのは最上階、4階の部屋だった。重い鉄扉をあける。ノブは勿論握って回すタイプ。外観のイメージよりも内装は小綺麗で少し安心するが、キッチンダイニング以外の3部屋が全て和室だった。

自分が住んでいる単身者用の築浅ワンルームマンションと比較すると、およそさまざまな物事が遥かに異なった。

日に焼けた壁紙。和室と砂壁。
吊り下げられているのはお婆ちゃんの家でしか見たことのない四角い電気。
収納は山ほど有るけれどすべてふすま。
風呂がテレビでも見たこともない古い型式。
湯船は正四角形の箱をしていており、ダイヤルを回して湯を沸かす…

在りし日にここで暮らしたであろう、昭和の家族の残り香があったようにも思う。
でも、そんなノスタルジーに浸る余裕は無い。兎に角古くてボロい。

でも、家賃はたったの1万円...

私たちは顔を引きつらせつつも
ええいままよ!と引っ越す事に決めた。

無理だと思ったらその時に部屋を借りたら良いんだ。私たちは楽天家なのだ。

結論から言うと、私たちは無事にお金を貯めて結婚式を挙げた後も半年間そこに住み続けた。

住めば都といったもので。

ボロボロの社宅を勝手に改造してどんどん住みやすくした。
壁に穴も開けたしペンキも塗った。失敗したところはモディリアーニやシャガールのポストカードをペタペタ貼った。

畳にはフローリングシートを敷いて、お気に入りのペンダントライトを吊るし、IKEAの安くて綺麗な色の家具を置いた。

私は彼が不器用な割に上手に電子ドリルを使いこなしたり、丁寧に計画的に仕事をする事に気付いた。

毎週通った堀江にあるようなお洒落なカフェもパン屋もケーキ屋も近くには無かったけど、私たちは休みになれば2人でキッチンに立ち沢山の料理を作った。

彼は初めて料理に触れ、その楽しさを知り、また準備にも後片付けにもなかなか時間がかかる事を知った。

残業終わりに自転車二人乗りして、隣町にある王将まで華金を謳歌しに行った。
夜道を2人で歌いながら走った。楽しい事や満たされる事はお金じゃ無くて心の在り方だって2人で悟った。

春の日曜日の朝はシーツを洗濯する。干したものを取り込むと、よく、太陽の匂いと一緒にカメムシも付いてきた。大きなカメムシを素手で掴んで窓の外に放り投げる技を心得た。

夏のある日、風呂釜が壊れて湯が出なくなった。古過ぎる型式で修理には2週間も要した。直るまで近くの汚い銭湯に2人で通った。でもお風呂の後の珈琲牛乳は信じられないほど美味しかった。

秋の夜は、荒れ果てた裏庭で鳴く鈴虫の音を聞きながら静かに眠りについた。私たちが囁き合う声よりも大きな声で鳴く事を知った。

冬はスーパーにある小さな鯛焼き屋さんで鯛焼きを買って食べながら帰るのが習慣になった。ホッカイロなんかよりも効果的だった。彼はカスタードクリームで私はこしあんだった。

"インスタ映え"という言葉が絶世期だったあの頃。私たちの愛の巣は全く持って相反する所にあったけれど、私達は生涯忘れない豊かな生活を送った。

私の妊娠が分かって、ここで子供を育てるのは難しいと判断して引っ越しをしたけれど、その頃には大好きだった彼氏は、心の底から愛すべき夫に変貌を遂げていて、私たちは正真正銘の家族になっていた。


今年の初めに家を建てた。私と夫の"こうしたい"を詰め込んだ、我ながら素敵な家だと思う。

子供と3人でこの、何不自由無い家に住んでいる今でも。
足を存分に伸ばして入れる湯船に浸かりながら、ふと、あの四角くて狭く汚い風呂を思い出す。ガラストップのピカピカのIHで料理を作りながら、狭いキッチンで2人で海老の皮を剥いたことを思い出して静かに微笑む。


いつか子どもに話すだろうか、2人で過ごしたあの日々のことを。
でも、私と夫の2人だけの大切な宝物にしておきたい気もする。

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