ショートショート。のようなもの#32『蛍』
首からかけている懐中時計の針は、午前2時を指していた。
私の目の前には、幾つもの小さな光の粒がゆっくりと点滅しながら、ふわふわと浮遊している。
私は、この地域で有名な蛍の鑑賞スポットへとやってきた。
キレイな渓流を脇に山道をずんずん進んで行くうちに、気がつくとここに辿り着いていた。
途中、険しい崖などもあり、とても危険な山道だ。
老体に鞭を打ち、足が棒になりながらも何かに吸い寄せられるように歩を進めた私は、真っ暗の中に浮かぶこんな幻想的な蛍を見ることができた。
さらに、その奥には大きな滝がある。
ごー、ごー、ごー、と音を立てながら私の頬を少し湿らせる。
しばらく、その光景にうっとりとしていた私は、ある違和感を覚えた。
暗闇の中で、蛍や滝に目を奪われていたので気がつかなったが、山道の至るところに人が倒れているではないか。
私は、ぎょっとした。
そして、その倒れてる人の胸や背中の辺りから、何か光の粒のようなモノが出てきては浮遊していく…。
どうやら、私が見ていたのは蛍ではなく人の霊(たましい)のようだ。
私が歩いてきた、この道は、ある地点から黄泉の国へと続く道へと切り替わっていたのだ。
改めて見てみると霊たちは、滝の中へと吸い込まれていく。
滝の向こう側こそが、黄泉の国。
…ん?…ということは私も…?
と、空想した刹那、私は膝から崩れ落ち胸からキレイな蛍が飛んで出た。
そっか、そういえば私は、ここへ辿り着く途中に崖から足を滑らせたのだった。
蛍を見にきたはずの私は、皮肉にも蛍になって滝の中へと吸い込まれて行く。
懐中時計の中で微笑む亡き妻に会いに行くかのように。
~Fin~
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