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読書メーターに本気でレビューを投稿し続けた8年間のこと

読書メーターに投稿した本の感想が400冊を超えた。

2012年から始めて約8年。

「うわ、書くことない!」と途方に暮れた日も、「こんなの言葉にならん!」とさじを投げそうになった日も、辛抱強く目の前の1冊と格闘してきた。


1年で50冊、というと読書家の中では少ないけれど、1本のレビューに半日は費やす。一冊一冊と過ごした時間は誰よりも濃密だったんじゃないだろうか。


「嫌いな夏休みの宿題は?」と聞かれたら迷わず「読書感想文!」と答えていた私が、気づけば人生の3分の1以上せっせと続けている。改めて読み返してみると、「人類の進化」みたいに文章も良くなっていて、努力の跡がなかなかに面白い。


こうしてnoteという新たなプラットホームで表現を始めた記念に、この8年間を振り返ってみようと思う。全然きれいなキリじゃないんだけどね。どうやって文章力を上げていったのか、書くことへの意識がどう変わっていったのか、レビューとともに辿っていきたい。読書メーターって何?という人にも興味を持ってもらえたらいいな。


◆第1段階:”記録”としてのレビュー


生涯で読んだ本のすべてを棚に納めて眺めてみたい……。

昔からぼんやりと抱いていた憧れ。読んだ本や漫画は1冊も売りに出すことなく大切に保管していた。

限界はすぐにやってきた。

当時、文学部の2回生。課題リストを片っ端から買い集めるだけで、家族共有の棚はあっという間に根を上げ、無理やり詰め込んだ本たちをげろげろと吐き出してしまった。悲しきかな読書への愛を育むほどに、夢は現実から遠ざかる。

そんな懊悩の日々に出会ったのが「読書メーター」だ。通称、読メ。読んだ本の感想を残したり、好きな作家の新刊をチェックしたりできるサイトだ。ユーザー同士の交流も盛んで、芋づる式に好みの本が見つかる。管理ツールとSNSを掛け合わせた画期的なコンテンツ。

類似サイトとの最大の違いは字数制限。感想やつぶやきは255字までしか入力できない。たくさん書かなきゃという義務感を取っ払ってくれる。



これだ!パッと頭の内側が点灯した。現実で手放すことになった本もWeb上でなら保管できる。すぐさまアカウントを作成、これまでに読んだ作品の感想を順に登録していった。目的はあくまで”記録”。死ぬ間際にしみじみと眺められたらそれで満足。帯やあらすじでわかる程度のことを申し訳程度に書いていただけだった(ユーザーネームも「あんず」という個性のない単語にした)。


恥ずかしいが、当初の感想をひとつ。伊坂幸太郎『砂漠』(新潮文庫)のレビューである。

ありきたりな青春小説じゃない!爽やかでもなければ加速していくようなコメディーチックな感じでもない。個性バラバラの大学生たちが互いに影響し合って、社会に向かっていくまでのストーリー。タイトルの砂漠の意味を知ったとき、大学生として胸にぐっとくるものがあった。将来が不安で今さえ不満足に感じるのだけれど、実はオアシスで……。大きな盛り上がりがあるわけではないのだけれど、時折挟まれるエピソードと西嶋は強烈。大学生は是非。(読書メーターの感想より)


せっかくの名作なのに、どこが”ありきたり”じゃないのかはっきり言ってなにも伝わってこない。大学生が将来に不安を抱えている、だけなら定番の青春小説の設定だ。事故のシーンが持つ生々しさや、麻雀が漂わせる決して健全ではない倦怠感……8年経っても色あせずに焼きついているものがこのレビューには書かれていない。言葉にする難しさから逃げていた。ネタバレ防止をほのめかす三点リーダもあまり効果を感じない。やみくもに投げるだけでどこにもぶつからない、私の読メ人生は青く痛々しく出発した。


◆第2段階:感情を言葉にするためのレビュー


読書メーターにもnoteのスキにあたる「ナイス」という機能がある。たくさん押してほしいわけじゃないけれど、もらえるとうれしい。続けているうちに「あ、この人、前も押してくれたな」と見覚えのあるアイコンを見つけることも増えて、読まれている実感がわく。

だったら自分が抱いた気持ちをもっと的確に表現したい。欲求はじわじわと芽生えていった。


字数は自然と255字に近く。気に入ったセリフを見つけると目はページ数に。こみあげてきたものはきちんと言葉にできるまで、じっと待つ。形のないものに輪郭を与える楽しさはまるで麻薬のように私の中を巡っていった。


あえて『砂漠』と同じ青春小説のジャンルから、越谷オサム『階段途中のビッグ・ノイズ』(幻冬舎文庫)のレビューを上げてみる。

廃部寸前の軽音楽部を再生させる王道青春小説。疾走感抜群、自然と笑みがこぼれる驚きのラスト。最後まで夢中になって読んだ。個性際立つ四人が同じでっかい夢に向かって喧嘩したり壁にぶつかったりしながらも、成長していく姿に一緒になってロックのビートを刻みながら熱くなってしまう。彼らの勢いが周りの人たちを巻き込んでいく様は階段途中で鳴った小さな音が重なってビッグ・ノイズになっていくよう。一人ではないからこそすれ違う、でも、仲間がいるから心強い。なにより、楽しい。自分にもあったはずのこんな時間が懐かしくて羨ましい。(読書メーターの感想より)


全体に対して一文が長すぎるきらいはあるが、この作品が持つテンポやエモーションなど音楽的な楽しさをタイトルに絡ませてなんとか書きだそうと奮闘している。「自然と笑みがこぼれる」「熱くなってしまう」と読んでいる時の喜怒哀楽も盛り込んである。255字というのは何かを語るにはあまりにも短い。少ない言葉で奥深さを伝えるには工夫も必要。ようやくかすかに感触を得た瞬間だ。


◆第3段階:”人と本をつなぐ”レビュー

ちょうど同じ頃、レビューの概念を変える1冊に出会ってしまった。『第2図書係補佐』(幻冬舎よしもと文庫)ピース又吉直樹さんの書評集だ。当時すでに”読書好き芸人”としてにわかに注目を集めてはいたが、芥川賞を受賞した今ほどの知名度はなく、まともにネタを見たことすらなかった。ぱらぱらと開いてみる。1篇が短い。どーんと1ページまるごと本の装丁の写真。気力を使わなくてよさそう……。文学研究の箸休めのつもりでレジまで持っていった。


が、気付けば課題そっちのけ。一気にページを手繰って、それからまた戻って、繰り返し文字を指でたどって。無我夢中で読み切った。私もこんな風に本を紹介してみたい。しびれるような余韻の中、憧れはほうと吐き出した息と一緒になってこぼれた。


驚いたのはそのおすすめの仕方だ。

ほぼ内容に触れない。その本と出会った頃の下積み時代のエピソードや、読んで想起された学生時代の思い出など、書かれているほとんどが自分のこと。そんなことある?な出来事に笑ったり、私もそういう気持ちになったことあるなあと共感したり。読みものとして楽しませてくれて、そこに又吉さんの人柄が滲んでいる。

それでいて作品から抽出したエッセンスがちゃんと混ぜられているから、はっきりとは書かれていなくても「ちょっと笑えるけど恥ずかしい話かもしれない」、「なんだか胸がきゅっとなりそうな小説だな」と余白の中で想像を馳せることができる。そうなると次は確かめてみたくなる。本屋に入る。取り上げられていたものを探している。


私のレビューもせっかくなら、本と人をつなぐようなものにしたい、と思った。感想を残すだけなら紙でもいい。それをわざわざ”公開”しているのだから。


そこから「読みたいと思ってもらえるかどうか」を軸に感想を書くようになった。気になる文章はノートにメモをして、フォームに入力する前に推敲する。内容だけでなく、言葉選びや文体で遊び始めたのもこの頃だ。

たとえば万城目学『鴨川ホルモー』(角川文庫)のレビュー。

みなさんは「ホルモー」という言葉をご存じか。我が大学にはホルモーを行うサークルは存在しないが、必須の舞や鬼語の発声、なにより全滅時の雄叫びによって世間様に狂態を曝すことを考えれば安堵の笑みを洩らさずにはいられない。とはいえ、ホルモーによって繰り広げられるばかばかしくも爽快な青春群像劇に高揚させられること間違いなし。友情にぐっと心を掴まれ、恋慕の情に胸を締め付けられることだろう。是非とも羞恥心を捨て、ありったけの想像力を駆使しこの本の表紙を捲ることでホルモーに参戦してほしい。(読書メーターのレビューより)

タイトルにもなっている「ホルモー」は架空の競技である。ファンタジー要素もありながら物語の骨格はスポ根もの、というちょっと風変わりな作品だ。と、こんな風に落ち着いて語ってしまうと、ありもしないスポーツに青春を捧げるぶっとんだばかばかしさが伝わらない気がする。そこで思い切って万城目さんの世界観に丸乗っかり。文体もわざと古めかしくくどくどしく寄せてみた。果たして一番ぶっとんでばかばかしいのは、読み終わったのに活字の世界から抜け出せていない私であるが、この作品の中毒性を表現できたんじゃないかと思う。


他にも原田マハ『本日もお日柄もよく』(徳間文庫)は、スピーチライターのお話なので、これまで統一してきた「だ・である」調を崩した。本文にはスピーチのコツも載っているので、もしこのレビューでお!となってもらえたら、教本としても手に取ってもらえるのではないかと考えた。

読まれないと思って書きなさい。文章教室の先生の教えを思い出しました。スピーチも同じです。神経の通わぬ言葉は眠気を誘うだけ。この物語も幼馴染の結婚式で祝辞を聴きながらスープ皿に激突するところから始まります。ちょっぴりドジな主人公。その人生は伝説のスピーチライターとの出会いで一変します。思いに耳を澄ませ、言葉と格闘する。そうして放たれたものなら世界を変えることもできるのです。本日は、お日柄もよく、皆様とこの小説とのご縁の場に立ち会えたことを嬉しく思います。ぜひ表紙に手を重ね、言葉に心を重ねて読んでください。(読書メーターのレビューより)


益田ミリ『しあわせしりとり』(ミシマ社)は収録されたエッセイのタイトルがしあわせなもの限定のしりとりになっている。その趣旨にあやかって、私も1文目をしりとりにしてみた(これこそ考えるのに1日費やしたが、気づいた人はいるのだろうか)。何気ない日常からトキメキを見つけ出すミリさんの視点を知ってもらいたくて、あえて普通の文章の中に潜ませたのだ。

しあわせなものだけでつなぐしりとり、旅行の楽しみはイカ踊りとイカ刺し、沁みるお土産のジャムの重さ、最新の回転寿司にわくわく、黒こげのとうもろこしは切なくて、適当に選んだお店のナポリタンに癒される。「特になにもなかった日は、いい日に入れている」なんでもないようなミリさんの日常にほっとしたりはっとしたり。なんにもない日にこそ、しあわせはかくされている。それらをつないでいくのが人生なのかもしれない。言葉をたくさん知っている人ほどしりとりが得意なように、しあわせをたくさん知っていれば人生はもっと楽しめるんだろう。(読書メーターのレビューより)

他にも木下昌輝『人魚ノ肉』(文春文庫)は歴史小説なので外来語を使っていないし、朝井リョウ『何者』(新潮文庫)は就活の話なので就活関連の略語のオンパレード。まだ読んでいない人でもほんのりと作品の触感を味わってもらえるよう、一言一句こだわっている。



悩んだ末にあえて小説の内容に触れないこともある。津村記久子『ワーカーズ・ダイジェスト』(集英社文庫)は人生の10冊に選ぶほど特別な作品なのだが、個性的なキャラクターが出てくるわけでもドラマチックな展開が待っているわけでもない。代わりに胸ぐらをつかまれ振り回されるような共感ポイントがたくさんちりばめられている。そこで、あえてあらすじはバッサリ。私と同じ働くことに疲れた人に頷いてもらえるような出だしにした。


働いているとだんだんと考えなくなる。日々、感情が薄くなっきているように感じる。面倒なこととか理不尽なこととかがあまりにも多すぎて、いちいち労力を使って思考したり心を動かしたりしていては心身がもたないし、その方があらゆることがうまく進むからだ。だけど、そうやって受け流している日常の些細なことの中には、わざわざ取り立てるほどでもないが誰かと共感できたら心強いことがたくさんある。この小説には働く人の小さな共感をとてもリアルに時にコミカルに描いていて、読むと少し元気が出る。あと、カレーブームが到来する。(読書メーターのレビューより)


猪田彰郎『イノダアキオさんのコーヒーがおいしい理由』(アノニマ・スタジオ)も自分のエピソードが中心だ。京都の名店「イノダコーヒー」は知らないけれど、いつもの一杯を美味しく飲みたい人に向けて書いてみた。

朝、コーヒーを淹れるのに失敗した。やらなきゃいけない仕事や課題のことを考えていたからかもしれない。薄くてぬるくて、香りもしない。ごまかそうとして牛乳を加えたら、もっと中途半端な味になった。なんだか最近のわたしみたいだ。夕方、ぶらりと入った本屋でこの本と出会った。コーヒーは気持ちで淹れるらしい。まずはキッチン周りをきれいに。お湯はぐらりと揺れたらすぐ。真ん中から外側に、濁らないよう早め早め。美味しくなるよう思いを込めて。きちんとコーヒーと向き合うのだ。明日はおいしく淹れたいな。(読書メーターのレビューより)

キッチン周りをきれいに(する)。お湯はぐらりと揺れたらすぐ(淹れる)。真ん中から外側に(向かって回しながら)、濁らないよう早め早め(に淹れる)。文末の動詞を取っ払いリズム感を作って、珈琲を淹れるときのテンポも、自分なりに表現した。


◆これからも……

Webコンテンツは無料で利用する時代から収益を得る時代へと変わりつつある。その変革期の中にあって読書メーターはどれだけレビューを書いても1銭にもならない。ぱたりと辞めたって誰も咎めやしないだろう。

そもそもレビュー自体、作家さんたちの素晴らしい著作があって初めて成り立つもの。何のために書いているのか自分でもよくわからなくなる。むなしくてたまらない夜もある。


だがありがたいことに8年も続けていると、私の紹介した本を読んでくれるお友達や、「ファンです」とコメントやDMを送ってくださるユーザーさんもできた。その本は彼らが苦しいときの心のよりどころになってくれるかもしれない。退屈な人生を変えるきっかけをもたらすかもしれない。

わからない。わからないけれど、私はこれからも”本気のレビュー”を投稿し続けるだろう。


誰かがかけがえのない1冊と出会うその日まで。




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