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妻とサスペンス -猟奇的でもおいしい料理- #001

「ここ、多分死体があるわ」

妻とよく散歩をする。住宅街を散歩をしていると、何に使われているかわからない小屋や、建物についている目立たない小さなドアなどがある。すると妻は言う。

「ここに、埋められている」

…?

突然何を言い出すのか。埋まっているわけないだろう。そう言ってみるも、妻は退かない。

「こういう、何の変哲もないところが、一番怪しいから」

そう、サスペンス好きの妻は街中のいたるところに埋まっている死体や、監禁されているかもしれない人質の痕跡を見出してしまうのである。

うちでは料理が好きで得意な妻が、ほとんどの食事を作ってくれている。料理を作る時の妻は真剣だ。真剣に料理をしている、ということではなく、真剣な表情をして、タブレットで動画を観ながら作っている。妻が何を観ているのかあまり気にしたことはないが、食卓で妻は観ていた作品の印象的だったシーンについて解説してくれることがある。

「レクター博士って料理うまいんだよね」
「…それってハンニバルのレクター博士?」
「そうだよ。羊たちの沈黙とか」
「どんな料理?」
「人肉とか、脳とかおいしそうに食べてる」

妻は人肉や、頭を切り開いて脳を食べているレクター博士を、あんなに真剣な表情で観ていたのか。そう思うと軽く眩暈もするが、そういいつつも妻の料理は美味しい。もちろんそういう時は肉料理だったりするわけで、これをどう考えればいいのか。

いや、別に妻は恐ろしいわけではない。猟奇的でもなく、普段優しいし、親切だ。社会的にもしっかりしているし、友人たちや職場、知り合い達は、妻のことを優しくしっかりした人だと思っている。なぜ、こんなにしっかりした「まともな」人がつなまよといるのかね、と何人に言われたことか。しかし、科捜研の女や捜査一課長、海外のサスペンスや連続殺人のドキュメンタリを観ながら、妻は料理を作っている。

「こういうことを知り合いに言ったら、みんなどう思うんだろうね?」
「私、そういうところ出さないようにしてるから。それに私より、つなまよの方がよっぽど変だよ」
「どこが?」
「いや、その説明は難しいんだけど。変でしかない」

妻の料理は、おいしい。

(追記)
妻に読んでもらった。「レクターって生きたまま脳を食べるんだよ」「連続殺人は『ドキュメンタリ』だから」(つまりフィクションではないということ。その後ドキュメンタリの表現を追加)という謎に文章の解像度を上げるようなコメントのみであって、なんだか感心した。

(妻関連エッセイ)

2023年9月5日執筆、2023年9月30日投稿


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