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取り残された地域や生活者を支援する スーパーとドラッグストアの移動販売

住み慣れた街ではあるものの、人口減少や高齢化、その他の理由のため徒歩圏内にお店が無く、日常の買い物に不便を感じているケースを耳にします。
そのようなニーズを満たすサービスとして移動販売車が注目されていますが、人々に求められている理由は他にもあるようです。
今回は既に移動販売車の取り組みを進めている各社の事例について「販売革新」編集委員 梅澤聡さんにレポート頂きました。

全国的に過疎化が進み買物困難者が増加

移動販売車が全国で広がりを見せています。スーパーマーケットやコンビニ、最近ではドラッグストアを母店とする販売車も稼働しています。そこで、代表的な事例を紹介しながら、なぜ今、移動販売車が求められるのか、その実際と目的、可能性を明らかにしていきます。

まず前提として、全国的な過疎化、高齢化が挙げられます。
国立社会保障・人口問題研究所によると、2020年の日本の人口(1億2,614万6,000人)を100%とした場合に、2035年には92.5%、2050年には83.0%にまで減少します(23年12月22日公表資料)。47都道府県でプラスを維持できるのは、両年とも東京都(35年102.9%、50年102.5%)のみで、他の道府県は全てマイナスになります。最も減少幅が大きいのが秋田県で、35年が78.3%、50年が58.4%にまで落ち込みます。
これだけ人口減少が進むと、小売店の持つ商圏人口も減少するわけですから、持ちこたえられず撤退する店舗、さらに地域ごと撤退する小売企業も出てきます。

もう一つは高齢化です。「令和4年版高齢社会白書」(内閣府の公表)によると、2025年には国民の約3人に1人が65歳以上、約5人に1人が75歳以上となります。高齢者の自動車免許返納は(コロナ禍期を除き)増加傾向にある中で、自由に動きが取れない高齢世帯が増加していきます。
全国の至る所で過疎化が進み、買物困難者が増加する深刻な事態になり、現に今でも起きつつあります。

国土交通省はその対策として、住居・交通・公共サービス・商業施設などの生活機能をコンパクトに集約するコンパクトシティ政策を打ち出していますが、やはり住み慣れた居住地から離れたくない人たちも多く、この政策は目覚ましい成果を挙げているとは言い難い状況かと思います。

それを打開する取り組みの一つが、ネットスーパーを代表とするEC(電子商取引)であり、もう一つが着実に販路を広げている移動販売車なのです。

移動スーパー事業をフランチャイズ化して一気に稼働台数を増やした「とくし丸」。
近年は戸別訪問が多くなっている

この移動販売車を47都道府県に1,164台(23年12月28日時点)稼働しているのが、移動スーパー「とくし丸」です。住友達也氏(とくし丸 取締役ファウンダー・新規事業担当)が2012年1月より軽トラック2台で始めた事業で、2016年5月より(現在の)オイシックス・ラ・大地にグループ入りしています。

わずか10年強で4桁の台数を達成できたのも、フランチャイズ制の採用が大きな要因でしょう。本部は加盟希望者を募り、提携スーパーとマッチングさせ、販売ノウハウを提供します。加盟者は、とくし丸の車両を所有して、提携スーパーが取り扱う生鮮食品や生活雑貨を軽トラに積んで、近隣の商圏をめぐり、玄関先まで出向いて販売しています。加盟者は個人事業主なので、本部と提携スーパーにとっては、いち取引先の位置付けです。

別の機会に詳細を記したいと思いますが、このような「ビジネスモデル」で急拡大したとくし丸ですが、その一方で、チェーンストア企業が自前で取り組み、成長させているところもあります。人口減少や超高齢社会の進行を見据えて、移動販売事業そのものを内製化しているのでしょう。商品の仕入れから販売まで全てを自社の管理下で行い、情報を蓄積して、事業に活かしていく取り組みです。

一番の売れ筋は秋冬に販売する焼き芋

移動スーパーの副次的な効果として、
高齢者が自室から出て外を歩いたり会話したりすることで、
健康な生活を送る上での刺激を得ることができる(写真はカスミの移動スーパー)

全国のスーパーマーケットチェーンの中で、最も精力的に移動販売車(移動スーパー)に自前で取り組んでいる企業が、茨城県つくば市に本社を置くカスミ(194店舗、23年10月10日時点)です。
2013年3月より、茨城県つくば市で移動スーパーの運営を開始、運行している市町村は、茨城県内15市6町1村、千葉県内13市3町、埼玉県内8市4町、栃木県内3市3町で、計56市町村、(1市町村の複数台含む)65台の規模に成長させました(23年末時点)。

筆者は、移動スーパーの役割は買物困難者への対策といった趣旨で取材を進めていますが、カスミによると、利用者のニーズはそれだけではないといいます。買物困難者を支援する大切な役目を持つ一方で、実は割合としては「楽しさ」を求めて販売車両に集まるお客様が多いといいます。
他の日に自身で車を運転して買物に行く人、家族と一緒の車でスーパーマーケットを利用する人なども多く、移動スーパーのみ利用するようなお客様は実際には少ないというのです。

移動スーパーは買物の楽しさを提供しています。ご近所の方たちや販売員とお話しができ、自分の目で確かめて、手に取って、好きな商品を購入できます。その点は、カタログ販売やネット通販では経験できない強みだと思っています」(カスミ営業統括本部ビヨンドストアマネジャーの大内哲也氏)

では、実際の運用を見ていきましょう。車は全て軽自動車で運行しています。利点は、狭い道や場所での機動力です。移動や切り返しの安全性が確保でき、許可を得た庭先や空き地に車を停めることができます。
販売車両の特性として、3面パネルを開ければすぐに商品を手に取ってもらえます。車高も低いので、車椅子のお客様にも商品を手に取って見てもらえます。
品目数は650から700程度。人気は即食性のある商品で、握り寿司、刺し身、旬の果物、パン、菓子類、夏はアイスクリームが上位にくるといいます。
特に一番の売れ筋は秋冬に販売する焼き芋です。ふたを開けたときに立ち上る湯気が食欲を刺激します。ネット購入では体験できない、移動スーパーならではの商品でしょう。

移動スーパーには専任のパートナー社員を置いています。商品を出し入れする店舗では、各部門の担当者より売り込み商品やお薦めの新商品の情報を得るなどして、店舗と一体となって運営しています。
移動スーパーは品揃えの幅と鮮度の良さを打ち出します。価格は店舗と同じ通常価格。店舗の特売価格と連動はしませんが上乗せもしません(前出「とくし丸」は1品につき10~20円上乗せしているので、その点は異なります)。商品の温度帯は、常温と5℃以下の冷蔵、専用のボックスを用いた冷凍を設定しています。

販売車までの歩きが健康年齢伸長を促進

カスミの移動スーパーは、1カ所でおよそ4、5人の集客を目標として、
行政と連携して販売場所を選定している

販売場所の選定に関して、カスミは各市町村と覚書を交わして協力関係を築く方法を取っています。行政と連携して、町内会など自治会と交渉して場所を決めています。主に行政からは、各自治会を通して買物に不便を感じている住人や介護施設など、住人の声を収集して、公民館や公園、空き地などを販売場所に選定していきます。

販売場所は1台につき40~50カ所。月曜から金曜まで各日8~10カ所、移動スーパーが回っていきます。店舗から30km圏が、およその目安になります。
販売する1カ所につき、20人程度も集まるところもありますが、およそ4、5人のお客様に来てもらえれば、持続的な運行が可能になるといいます。

移動スーパーは行く先々で小さなコミュニティを生みます。いつもの場所で、いつもの時間に、いつもの仲間が集まる場。ともすれば周囲との接点が失われがちな高齢者に、自室から外に出て、見知った人たちとコミュニケーションを図る場を提供しています。
そのコミュニティが「見守り」にも貢献するでしょう。いつものお客様に異変があれば対処もできます。また、販売場所まで歩くことにより健康年齢の伸長にもつなげられるといいます。

車両の大型モニターから薬剤師が説明

移動販売車の多くは、スーパーマーケットを起点とする一方、ドラッグストアの取り組みも始まっています。
ウエルシア薬局(2,177店舗、23年8月末時点)は、2022年5月に静岡県島田市で初めて移動販売車「うえたん号」を運行開始、以降、埼玉県秩父郡長瀞町、愛知県岡崎市、埼玉県秩父郡横瀬町、新潟県佐渡市、埼玉県加須市と、計6台が稼働しています。

既存の移動販売車同様に食品と生活日用品を販売しますが、それに加えてドラッグストアの品揃えを活かし、化粧品と第1類医薬品を含む一般用医薬品を販売。さらに大きな特徴として、車両に大型モニターを搭載、店舗の薬剤師や管理栄養士などとのオンライン健康相談も実施しています。
前述のカスミ同様、移動が困難な高齢者、障がい者、子育て世代などの住人に対して、買物や住人同士の交流の機会を増やすコミュニティづくりに取り組んでいます。

ドラッグストアとしては先駆けとなったウエルシア薬局の移動販売車
(写真は4台目となった秩父横瀬店の出発前の車両)

4台目となる横瀬町の「うえたん号」は1日9カ所、月曜から金曜まで計45カ所で販売しています。横瀬町の町長、富田能成氏は誘致の理由を次のように話しています。

横瀬町は65歳以上が約35%、この割合は、どんどん増えていきます。高齢者の買物や遠出の難しさが今は大きな課題。いかにして買物に行く人をサポートしていくのか。その課題に応えるには、横瀬町の力だけでは難しく、民間の力添えが必要になるのです。今回は地域に合わせた形で事業を構築してもらいました

この「うえたん号」は前述の通り背面に大型モニターを搭載、商品を積み組む「ウエルシア秩父横瀬店」と移動販売車とをオンラインでつなぐことによって、テレビ画面上、双方向で会話することができます。同店に常駐する薬剤師や登録販売者、ビューティアドバイザーと、気軽にコミュニケーションを図り、相談をすることができるのです。

車両に搭載している商品は500から600品目。温度帯は常温と冷蔵、収納ボックスで対応する冷凍で対応。ドラッグストアの中でも食品の売上比率(23.1%、24年2月期第2四半期)が高い同社らしく、生鮮や加工品の品揃えを充実させる一方、ドラッグストアらしい品揃えとして、健康食品、化粧品、大人用の紙おむつ、マスクなどの衛生用品を扱っています。車両に搭載しない商品に関しては、お客様の要望を電話や、その場で受け付けることで取り扱いを可能としています。

うえたん号の車両には店舗と移動販売車をオンラインでつなぐ大型モニターを搭載。
写真はウエルシア薬局の社員から説明を受ける横瀬町町長の富田能成氏

第1類医薬品、2類、第3類の取り扱いについては、事前にウエルシア秩父横瀬店で注文を受け、商品を移動販売車で運び、お客様に手渡しをします。
医薬品の注文時に、既にその医薬品に関する情報提供を終えていますが、より安全に使用してもらうため、車両の大型モニターを通じて薬剤師が説明を加えます。

例えば、湿布薬の場合、貼付する身体の場所を説明したくても、電話で伝わりづらかったりします。そこで車両モニターを介して部位を説明すれば、正確に理解してもらえるといったメリットがあります。

薬剤師や登録販売者とのコミュニケーションだけでなく、化粧品を販売するビューティアドバイザーも大型モニターを使用して接客販売を心掛けます。
共同事業として横瀬町が積極的に事業を推進し、移動販売車の稼働に際しては、町が全戸にチラシを配布するなど協力体制で進めています。

事例として紹介したカスミやウエルシア薬局といったチェーンストアは、産業として「人々の生活の豊かさ」を実現するために急速な発展を遂げてきました。生活の豊かさは、価値のある商品を、より安価に提供するマーチャンダイジングと、流通先進国の米国をモデルにした、カーショッピングに対応するショッピングセンター開発なども日本で開花させました。
その豊かさを、私たち多くの消費者が享受する一方で、そこから取り残された地域や生活者も生まれてきています。買物困難者支援と地域コミュニティ創出への関わりも、チェーンストアにとって大切な役割となっています。

(取材・文:「販売革新」編集委員 梅澤聡)

スーパーやドラッグストア各社による移動販売サービスの取り組みと、その背景にある生活者ニーズの実態をレポートしていただきました。買物困難者を支援するという“守り”の施策にとどまらず、実店舗やネットスーパーにはない体験を提供するという“攻め”の施策を展開している点が興味深く、地域住民とWin-Winの関係を築きながら新たなビジネスチャンスを開拓していることがうかがえます。また、「人口減少」や「高齢化」といった社会課題を見据えた取り組みであるからこそ、行政や自治体との連携が取りやすい点もポイントではないでしょうか。

品揃えと鮮度、販売員とのコミュニケーション、近隣住民とのコミュニティ、オンラインによる服薬指導やビューティーアドバイザーのカウンセリングなど、移動販売車が提供する体験は過疎地域のみならず、都内や郊外に住む高齢者や障がい者、共働き世帯などのニーズを満たす可能性もあるかもしれません。そのような展開も含めて、各社の移動販売サービスが今後どのように発展していくのか、引き続き注目してきたいと思います。

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