レアンドロ・エルリッヒ展 見ることのリアル

《雲》
ブリテン島、日本などの国や島が雲という形で表現された作品。自然の地形というものは本来変化していくものである。それに抗う形で人間が国境線を引き、自分たちのルール、もしくは秩序として取り決めている。それが地図だ。そして雲は瞬間的に絶えず形を変え続けるもの。今見えている地形は、雲のようにリアルに実は変化し続けているということを問いかけているのかもしれない。移ろいゆかないものなどないのだ。


《教室》
これは廃校された教室だ。私たちはその空間の中へ入り込み、幼少期のノスタルジーを体感し、それと同時に現代日本の少子化や過疎化の問題に向き合うことになる。廃校に陥ったという「過去」とこれからますます加速するであろう過疎化の「未来」。相反する二つの時系列が一つの同じ空間の中に閉じ込められている。


《眺め》
カーテンの隙間越しに様々な住民の日常を垣間見ることのできる作品。私たちが見ることによって住民は見られるという関係性が成立する。しかし、これは逆の立場も在りうるのではないだろうか。監視社会的な現代の側面を切り取った作品。


《根こそぎ引っ張られて》
家を引き抜くと底に根が生えているという非現実的な作品。しかし、本当に非現実的なのだろうか。家というものは地域に根付いているものである。また、しっかりした地盤にしか根は生えず、また家を建築することは出来ない。植物の根という「自然」と近代的な人工物である「家」、相反する二つの事物が融合した作品。現代の世界は自然と人工で成り立っている。


《黄金の額》
黄金色の額の中に永久的で、終わりの見えない世界が続いている。それとは対照的に、そこに映る私たちの姿は永遠のものではない。いつか朽ちていくものだ。私たちが映り込むことによって成立する作品。永遠に残り続けるものとそうでないものが同時に存在している。


《タイトル不明》





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