荻原記事用

既成概念を覆していく翻訳書の面白さ

翻訳書ときどき洋書「エージェントが語る!翻訳出版」
第2回担当:荻原文香 (ノンフィクション営業部)

タトル・モリエイジェンシーの翻訳権エージェントが交代でお送りするこちらの連載、2回目は、ノンフィクションのエージェント業務に携わって8年目の私が、「思い込みを覆す面白さ」という切り口で、翻訳書の魅力を探っていきたいと思います。それぞれのエピソードは、個人の経験に基づいているので、諸説あるかもしれませんが、その中の一例として楽しんでいただければと存じます。
(翻訳権エージェントって何?という方は、第1回をご覧ください!)

早く出版されれば良い、というものではない?

翻訳書の版権は、タイトルによって、さまざまな段階で契約が決まります。2年以上前の企画書の段階から、原書刊行前の原稿の段階、そして、原書刊行後に本国での実績が出てから契約が決まる本もあります。

企画書や刊行前の原稿で決まる本の中には、原書の刊行とあまり変わらないタイミングで、日本語版が刊行になるものもあります。「緊急出版」というニュース性もあり、話題になりますよね。

一方で興味深いことに、原書から何年か経ってから日本語版が刊行して成功することもあります。不朽の名著が年月を経て、日本における文脈と合致したタイミングで出版されるのは、出版社さんの工夫が生きる瞬間です。

その例として、『人工知能 人類最悪にして最後の発明』(ダイヤモンド社)を挙げましょう。日本で2015年に刊行となり、話題になりました。意外かもしれませんが、原書の“Our Final Invention”が刊行されたのは、さかのぼることその2年前、2013年なのです。
それまで、特に最先端のテクノロジー絡みの本というと、海外から最新の情報をより早く出版した方が良いと思っておりましたが、それを覆してくれた一例です。

2012 年頃を振り返ると、“Our Final Invention”をはじめ、多くの人工知能(AI)に関する本の企画がアメリカなどから出てきていました。(ちなみに自分のメールを「人工知能」で検索すると、直近の2017年を差し置いて、2013年が一番ヒット件数が多いという結果に!)「コンピューターが人間の頭脳を超える日がやってくる」「AIが人類を滅ぼすかもしれない」「人間フレンドリーなAIの開発が必要だ」などと警鐘を鳴らすものが多く、学者が経済学の視点で書く企画もあれば、「UFO現象から解くシンギュラリティ(技術的特異点)」みたいな企画までありました。
どれもいたって真面目な本なのですが、当時お客さんからは、「SFみたいな世界ですね」と、距離を置くような反応が続いたことを記憶しています。

しかし、2014年の後半あたりから、イーロン・マスクやホーキング博士など著名人・有識者が人工知能に対する見解を述べるようになり、そのメッセージは、日本でも取り上げられました。
この頃には、既にアメリカなどで、数多くの人工知能に関する書籍が刊行され、本国での評判が十分に集まってきました。

そこで、出版社の編集者さんが、日本での人工知能の議論の流れを読みつつ、関連書籍の情報を調べあげた結果、抜群のタイミングで、本著『人工知能 人類最悪にして最後の発明』を見出してくださったのです。

本の内容はかなり悲観的なのですが、編集者さんにお聞きしたところ、人工知能の発展について賛否両論ある中で、明確な意見を打ち出しているからこそ、議論のスタートになるという点を評価されたと伺いました。海外の書籍や文献において本著が議論のネタとして使われている、という点をチェックしていただけたのも、原書が既に刊行された後だったからです。

もちろん、いち早く出版にこぎつけることが成功の肝である企画もあります。早ければ良い、遅ければ良い、ということではなく、本によって状況が異なる点が、翻訳書の世界の面白さだと思います。

日本人には合わない、とは限らない?

入社した2010年頃、欧米からの翻訳書もののダイエットや食事に関する本はハードルが高い、という印象を持っていました。もちろん例外はあったと思いますが、一般に、欧米と日本とでは食生活がまったく違うから、というのが主な理由です。原書にレシピが少しでも入っていたら、「参考にならないレシピを削除しないかぎり、翻訳化は難しい」という反応をいただくことが多かったように記憶しております。

しかし、数年前から、少し潮流が変わってきたように感じます。

2015年出版の『「いつものパン」があなたを殺す』(三笠書房)、『ジョコビッチの生まれ変わる食事』(三五館、新装版・扶桑社)と、海外発の食に関する健康本のヒットが相次ぎました。

他の健康本でも、レシピをカットせずそのまま掲載したり、食材の一部差し替えのみを許可を得て行なったり、というケースが増えてきました。
科学に基づく食事・健康の良い企画が海外から多く出てきたことと、欧米との食材の違いが昔と比べるとあまり気にならなくなってきたことなどが要因の一部ではないかと、考えております。

そして、2015年9月に『シリコンバレー式 最強の食事』(ダイヤモンド社)が刊行されました。2015年シーズンに圧倒的な強さを見せたノバク・ジョコビッチ選手のブームに乗りつつ、「シリコンバレー」というキーワードと表紙のデザインで、ビジネスパーソンをターゲットにした出版社さんの見事なパッケージで、こちらもベストセラーに。

「翻訳書の食事系ダイエット本は難しい」ーーそんな既成概念に多くの編集者さんがとらわれていたら、『シリコンバレー式 最強の食事』で提唱されている「バターコーヒー」が、コンビニで売られる日は来なかったかもしれません。これから刊行になる翻訳書でも、食事に関する健康本の面白い作品があります。科学に基づく健康本ブームは、まだまだ続きそうで楽しみです。

翻訳書の世界を皆様と少しでも共有できたら嬉しいです。次回もお楽しみに!

タトル・モリエイジェンシー発!エージェントの視点で、翻訳出版についてご紹介します。1年目のフレッシュ新人から、20年以上のキャリアを持つトップエージェントまで。さまざまなバックグラウンドのメンバーが交代で執筆します。

この記事が参加している募集

推薦図書

よろしければサポートをお願いいたします!世界の良書をひきつづき、みなさまにご紹介できるよう、執筆や編集、権利料などに大切に使わせていただきます。