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脳科学で読み解く「思春期」の子どもたち(竹村詠美)

教育の未来を考える起業家 竹村詠美のおすすめ洋書! 第6回
"Age of Opportunity: Lessons from the New Science of Adolescence"
by Laurence Steinberg  2014年出版
15歳はなぜ言うことを聞かないのか?
著:ローレンス・スタインバーグ 訳:阿部 寿美代 解説:宝槻 泰伸
日経BP社 2015年10月発売

昨今様々な書籍や雑誌でも脳が大きな発達を遂げる大切な時期として、未就学児への早期教育に大きな注目が集まっている。一方で、思春期という第2の成長期が「第2の大きな脳の成長期」でもある割には、脳科学での示唆を基にして、青少年の育成を考えようという動きはまだまだ少ないように思われる。

Age of Opportuniy”は、最新の脳科学の研究をもとに、思春期の間に脳がどのような発達をするのかについて言及し、その理解を踏まえて今までの思春期の子どもたちの教育で誤っていた点を見直すことを提唱している。思春期の子どもの成長に関わる大人には是非手にしてもらいたい一冊である。
現在思春期の子を持つ我が家では、成長の可能性に満ち溢れている年代に喜びを感じる一方、多感で複雑な時期をどう成長の機会に繋げるのかという問いも抱えている。試行錯誤する中、この本は科学的な根拠を基に思春期の子どもを正しく理解して、どのようにサポート出来るかという問いに光を当ててくれる。

ティーンエイジャーの脳は発達過程にある

思春期の子どもと関わる立場として、本書が提唱する子どもへのチャンスとリスク、そして見逃してはいけない点は以下のようなポイントである。

「今までは子ども期で脳の発達は概ね完成すると思われていたが、最新の研究では、脳は20代でも成長を続けていることが分かった」と、脳の発達について著者は今までの誤解について指摘している。現在の研究によると、脳は25歳前後に完成するそうである。確かに、脳の発達が完成していると思うのと思わないのでは、ティーンエイジャーへの見方は大きく変わる。例えば、何か事件を起こした時も、脳の発達が未熟だから起こしたミス、と考えるのか、発達した成人の脳で意図的に実行したと考えるかで、責任の重さも変わってくるのである。

また著者は、様々な社会的要因で思春期の始まりが早まり、卒業、就職、結婚、など、大人として一人立ちするのが遅くなっていることを指摘し、思春期の時期が昔より長引いていることも、我々に対応の転換を求める要因だと指摘している。
即ち、未成熟だが、思春期特有の身体や周りの対応の変化によって、気持ちに乱高下が起こりやすい敏感な時期が長くなっているということは、リスクの高い期間が長引いているとも言える。つまり、子どもたちは今まで以上に長い期間、成長を見守る大人によるサポートが必要なのである。

自己調整力を鍛えることで充実した人生に

中学、高校と学年が上がるに従って、学びの選択肢や将来に向けて考えを深めて展望を持つことが求められる中、より自分で計画を立て、主体的に学んだり活動したりすることが求められている。こういった行動を取るために必要なのは「自己調整力」であり、自己調整力は将来の成功への最も大きな因子の一つなのだそうだ。

例えば、自己調整力の高い人は学校により長い期間通ったり、より高収入や社会的地位の高い仕事に就いたり、結婚が長続きするという結果が出ている。また感情のコントロールが出来ることで、家庭内や職場での人間関係も良好であることが多いそうだ。また、短期的な誘惑に負けないために健康を維持したり、犯罪に手を染めない傾向もあるようだ。
遺伝子の影響と環境の影響のどちらが大きいかという議論もあるが、環境により良い方にも悪い方にも増幅しやすいリスクがある。悪い方向へ行いかないように、自己調整をする力の向上に最も寄与するのは家族だ。子どもに適切なチャレンジや経験を与えられる家族が、子供の長期的な成功に大きな影響を与えるという関係性が見えてくる。

本書には、子どもの自己調整力を鍛えるために家庭で出来ることや、最も相応しい家庭教育のスタイル「信頼に基づく子育て (Authoritative Parenting)」についても言及されているので是非ご覧頂きたい。温かく、筋が通っていて、子どもをサポートする、そんな保護者が理想の姿なのだそうだ。

新たな経験やチャレンジが、更なる脳の活性化に繋がる

思春期は"神経可塑性 (neuroplastisity)” が非常に高い点も、著者は指摘している。この時期は、経験によって新たな脳のニューロンの繋がりがどんどん促進されるため、良い行動も悪い行動にも生涯にわたる影響を受けやすい。またこの時期は自己形成に大きな役割を果たしているため、教育の重要性は非常に高い。

そしてこの「神経可塑性」は、その期間を伸ばすことも可能だそうだ。脳の特性として、新たな経験やチャレンジを積むことで、脳の新たな繋がりが、次の繋がりに繋がるという。
中高生の期間に適切な経験やチャレンジを積むと、大学やその後の期間も脳の成長が続くと考えると、惰性で学校に行くだけでなく、本人に適した経験を積むことや、適切なチャレンジを受けているのかを見守ることが大切なのである。

また、思春期に子どもたちがリスクを恐れなくなり、大人には向こう見ずとも思える行動を起こしやすいのは、古代からの祖先を残したい本能から来ているのだそうだ。パートナーと出会うためには多少のリスクも侵すこと事を厭わないという人間の本能の現れらしい。

発達段階により、脳の成長しやすいエリアは異なる。思春期には喜び(pleasure)をコントロールするエリア(報酬のシステム)、や他者への視点や考え方(人間関係のシステム)、自己調整能力(統制のシステム)に大きな成長が見られるという。

敏感な思春期の「取扱注意」事項

発達途上の脳を持つ思春期の子どもたちは、小学生と比べると、必要な時に応じてフォーカスをする力を兼ね備えている一方、大人と比べると、ストレスや疲れに弱いそうだ。なので、状況によって、思春期の子どもたちの判断力が鈍るのは、脳がまだ成長過程にあるということであり、その事実を親や教師は認識し、適切な環境を整えることに注力すべきだろう。

当然、ストレスの影響にも非常に敏感な時期であり、アルコールや薬物問題が思春期に発生しやすいので注意が必要だ。鬱などの様々な精神疾患は10歳から25歳の間に発症するのだそうだ。(即ち、25歳以降に発症する確率は少ない)

ティーンエイジャーが他者の感情に非常に敏感なのは、人間関係のシステムを構築する「脳の敏感期」に入っているからだそうだ。この時期の若者に、感情丸出しで怒ることは役に立たないそうである。なぜなら、子どもたちは怒りの感情に気が取られて、どのようなメッセージが発信されているかに注意を注げなくなるからだ。大きくなる子どもたちに対抗するために、中高の先生や保護者は大きな声で怒ることもあるだろうが、怒る側がまず感情を沈めて落ち着いて話し合うことの方が得策のようだ。

教育格差を無くすために

自己調整力の発達に家庭の影響力が大きいことが実証された中、家庭環境に恵まれない子どもたちも健やかに成長するために、学校で非認知能力の向上について、従来の学力に加えて注力する必要があると筆者は警鐘を鳴らしている。

昨今、学習環境に恵まれない子どもたちに向けた塾や補習といったサポートも増えてきているが、人格の土台作りとしての非認知能力の向上にも取り組むことで、所謂学力だけでなく、生涯にわたって活用できる資質が育まれる学校や学びの場が増えることの重要性を改めて認識する一冊である。

執筆者プロフィール:竹村 詠美
一般社団法人 FutureEdu 代表理事、一般社団法人 SOLLA 共同代表、Peatix.com 共同創設者
1990年代前半から経営コンサルタントとして、日米でマルチメディアコンテンツの企画や、テクノロジーインフラ戦略に携わる。1999年より、エキサイト、アマゾン、ディスニーといったグローバルブランドの経営メンバーとして、消費者向けのサービスの事業企画や立ち上げ、マーケティング、カスタマーサポートなど幅広い業務に携わる。2011年にアマゾン時代の同僚と立ち上げた「Peatix.com」は現在27カ国、350万人以上のユーザーに利用されている。現在は教育、テクノロジーとソーシャルインパクトをテーマに、次世代育成のため幅広く活動中。未来の学びを考える祭典、Learn X Creation (ラーン・バイ・クリエイション) 事務局長、 Most Likely to Succeed 日本アンバサダー、Peatix.com 創業者兼相談役、総務省情報通信審議会、大阪市イノベーション促進評議会委員なども務める。二児の母。

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