見出し画像

#02 デンマーク⑤ オーガニックという名の“あるべき生き方”

いま注目すべき取り組みを行っている街を訪れ、街づくりの未来を探るプロジェクト。エストニアに続いて訪れたのは、世界最先端の“食の発信地”として注目を集めるデンマーク。食と社会の関係を巡るリサーチに続いて、案内人を務めた「THE INOUE BROTHERS...」の井上聡(いのうえ・さとる)さんにインタビュー。
“ヒッピーの聖地”クリスチャニアで語られる自らの決意と、オーガニックムーブメントとの関係とは? (インタビュー前編)
▶前編 ④ 食から始まるソーシャルムーブメント
▶「Field Research」記事一覧へ

「THE INOUE BROTHERS...」井上聡氏インタビュー(前編)

世界が注目する“美食都市”コペンハーゲンで起きていたこと。それはトレンドやブームを超えて人々の食や生活のあり方を問い直す、大いなる意識変革でした。
日々自分が口にするもの、そうして自らを形作っているものが、どこで誰の手によってどのように作られ、自分たちの心や体、社会や環境にどんな影響を及ぼしているのか。オーガニック農場に生きる道を見いだした人々(記事②参照)や、オーガニックムーブメントの発端となった“ヒッピーの聖地”「クリスチャニア(Christiania)」(記事③参照)の精神性、土地に伝わる知恵から新たな世界を切り拓いた、驚くべき食文化体験までーー。
「フードカルチャー×街づくり」をめぐるリサーチの案内役として、自らの知見と体験を惜しげもなく共有してくれた「THE INOUE BROTHERS...」の井上聡(いのうえ・さとる)さんに、いま考えるべき食と社会の問題について、運河を臨むクリスチャニアの木陰でインタビュー。真摯で力強い言葉から、向かうべき未来のビジョンが見えてきます。

井上聡(いのうえ・さとる)
1978年、コペンハーゲン生まれ。弟の清史とともにデンマークで日系二世として育ち、グラフィックデザイナーとしてキャリアを積む。ロンドンを拠点にヘアデザイナーとして活動する清史とともに2004年、ファッションブランド「THE INOUE BROTHERS...」を設立。生産過程を通して地球環境への大きな負荷や生産者に不当労働を強いない“エシカル(倫理的な)ファッション”を信条に掲げ、春夏は東日本大震災で被災した縫製工場で生産するTシャツ、秋冬は南米アンデス地方の貧しい先住民たちと作ったニットウェアを中心に、さまざまなプロジェクトを展開している。
THE INOUE BROTHERS... https://theinouebrothers.net/jp

「ソーシャルデザイン」で世の中の問題に立ち向かう

最初に、僕の活動についての話から。「THE INOUE BROTHERS...」はファッションブランドだけど、デザインを通して社会にアクションを起こしていくことを目的にしている。それはいわば、クリエイティブの力で世の中のさまざまな問題に立ち向かっていく「ソーシャルデザイン」の試みでもある。アンデス高地の先住民の間に受け継がれてきたアルパカの毛、そこから作られるニットの魅力を高めつつ、アルパカウールという素材本来の魅力を伝えていくことで、南米で最も貧しいといわれる彼らの生活の向上をめざしているのも、その一つ。

僕たち兄弟は、コペンハーゲンの中でもとくに有色人種がほとんどいない地域の学校へ通っていたから、いじめや差別をはじめ、社会の不合理を感じながら生きてきた。アンデスの人たちの暮らしを目の当たりにして「彼らの力になりたい」と強く感じたのも、アパレル産業において低価格で大量生産されるコットンが引き起こす環境破壊や、発展途上国の人々の劣悪な労働環境などの問題を考えるようになったのも、そうした子どもの頃の体験がベースになっていると思う。

だからこそ「THE INOUE BROTHERS...」では、自分たちが関わろうとする人たちの日常生活を現地で身をもって体験することを大切にしている。つまり、リサーチが何よりも大事ということ。でも、僕がかつて広告代理店のデザイナーだった頃は、リサーチのセクションはいつも予算不足だった。どこかの街に新しくオープンする商業施設のグラフィックを考えるのに、そこを訪れる人たちがどんな日常を過ごしていて、どんな考え方を持っているのかを十分に知らないでいいはずがない。その頃から、リサーチにこそもっと時間と予算をかけるべきだと思っていた。
そんな経験があったから、今回のプロジェクトの話を聞いたときは正直、「きちんとリサーチできる環境があって羨ましいな」と思ったよ。それで、自分からコーディネート役をかって出たというわけ。僕が経営している居酒屋「Jah Izakaya & Sake Bar」では「Birkemosegaard(ビルケモースゴード)」(記事②参照)の食材を使っているけれど、これを機に自分の仕事を支えてくれている大切なサプライチェーンのことをもっと深く知りたいと思ったし、その体験をぜひみんなと共有したいとも考えた。

井上聡さんがコペンハーゲンで営む日本式居酒屋「Jah Izakaya & Sake Bar」。和食に合うオリジナルの地ビールを提供するなど、オーガニックを軸に日本とデンマークの食文化をつなげる試みでもある。

なぜオーガニックかーー人間として自然であるために

次に、オーガニックムーブメントと街づくりについて。まず、街づくりに必要なのは、そこで暮らす人々が何よりもナチュラルでいられることだと思う。デンマークでいまオーガニックが注目を集めているのは、それが人間としてナチュラルな生活を送るために必要なものだから。今回訪れたようなローカルコミュニティでは、バイオダイナミック農法(記事②参照)の考え方が畑だけでなく、毎日の暮らしや、ひいては思想や生き方にまで結び付いていた。そしてそれが、コペンハーゲンという都市の生活にも大きな影響を及ぼしている。

例えば、インターネットの発達によって、都市の人々が自分の食べるものを自ら選び、手に入れられるようになった。オーガニック野菜の売り上げが伸びたきっかけの一つは、農家が自分たちの作物に手軽な料理のレシピを添えて発送する取り組みから。それを契機に、時間に余裕のないシングルマザーなど、それまではオーガニックに手を出しにくいと感じていた人々の間でも、こうした食材を選ぶ動きが浸透した。このようにいくつもの多様な要素が複雑に絡み合うことで、一時的なブームではなく、社会変革につながるムーブメントが広がっていったんだよね。

オーガニック農場「Birkemosegaard(ビルケモースゴード)」にて。無農薬の野菜に加え、採れたての花や実を使った料理など、食が土地の風土そのものを感じる体験につながっている。


→ 次回 02 デンマーク
⑥ ”土地の恵み”を育む都市のビジョン


リサーチメンバー (デンマーク取材 2018. 8/15〜17)
主催
井上学、林正樹、吉川圭司、堀口裕
(NTT都市開発株式会社 デザイン戦略室)
https://www.nttud.co.jp/
企画&ディレクション
渡邉康太郎、西條剛史(Takram)
ポストプロダクション & グラフィックデザイン
江夏輝重(Takram)
編集&執筆
深沢慶太(フリー編集者)


このプロジェクトについて

「新たな価値を生み出す街づくり」のために、いまできることは、なんだろう。
私たちNTT都市開発は、この問いに真摯に向き合うべく、「デザイン」を軸に社会の変化を先読みし、未来を切り拓く試みに取り組んでいます。

2018年は、いままさに注目を集めている都市や地域を訪れ、その土地固有の魅力を見つけ出す「Field Research(フィールドリサーチ)」を実施。訪問先は、“世界最先端の電子国家”ことエストニアの首都タリン、世界の“食都”と呼び声高いデンマークのコペンハーゲン、そして、アートと移住の取り組みで注目を集める徳島県神山町です。

その場所ごとの環境や文化、そこに住まう人々の息吹、地域への愛着やアイデンティティに至るまで。さまざまな角度から街の魅力を掘り下げる試みを通して、街づくりの未来を探っていきます。

プロジェクト概要および記事一覧へ