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また夜が明けてしまった

 「今日の夜、空いてる?神楽坂に20時ね」 

 華金の朝礼後に、会社の先輩から誘われていった合コンで、僕は周りに合わせて調子よく面白おかしく話して場を盛り上げていた。

 新卒で入った会社での仕事は、気付けばもう三年になる。思ってはいないんだけど、僕は初対面の人からどこか斜に構えたように見られることが多い。何を話したらいいかわからないからだ。そんな時は最低限の会話で済ませてしまう。入社したのはいいものの同期とそこまで馴染めず、上司からも何かと注意されることが多かった。そんな時になぜか僕をかばい、色々なことを教えてくれた先輩。仕事もプライベートもバリバリにこなして、日々充実している(ように見える)先輩は、僕のことをなにかと気にかけてくれて、飲みにもたくさん誘ってくれた。

 幸いにも親の遺伝でお酒にも強い方だったし、学生時代は毎日一緒にいる気の合う仲間たちがいて、それなりに大学生らしい生活を送っていた。先輩と飲むのはそれを思い起こさせてくれるようで楽しかった。だからよっぽどのことがない限り、いつもご一緒させてもらっていた。それは先輩の友達であったり、取引先の人であったり、別の部署の人であったり、自分一人では絶対に出会うことのない人たちだった。最初は緊張しながらも、少しずつ自分のことも話せるようになり、そして気が付けば自分の同期たちとも飲みに行くようになった。

 ただ、合コンに誘われるときに関してはどういうテンションで参加すればいいのか、未だに掴みきれずにいる。楽しいのは楽しいけど、今は特に出会いを求めているわけじゃなくて、ただちょっと普通とは違う時間を過ごしたいだけだったから。先輩には「社会人は求めないと出会いなんてないからな」って言われてたけど、笑ってごまかした。先輩がこう言う時は、結構ガチな時だと理解していたから、今日はとにかく盛り上げる役に徹しよう。

 とりあえずシャンパンで乾杯して五対五の自己紹介が終わった。広い個室でバーカウンターもある。ボーイのお兄さんが一人、バーテンの渋いおじさんが一人。普段より人数も多くて、先輩の本日の合コンへの熱量が伺える。料理はビュッフェ形式で、各々が食べたいもの食べるスタイルだ。少しして空気が解れると、なんとなく近いグループに分かれて喋ったり適当にチーズを摘んだりする。もちろんお酒も入って、どこか楽しそうな雰囲気になってきた。こうなってくると、僕はようやく落ち着いて周りを眺めることができるようになる。なんだかかわいい子ばっかりで目のやり場に困った。先輩どんな繋がりを持っているのか全く伺い知れないし、いつも不思議になるんだけど、僕が普段関わりあうことがない子たちに会うのがこの合コンだと思っている。だから深くは考えないけど、今日は特にみんなキラキラしているような気がする。

 合コンについては別に恋愛恐怖症というわけではない。高校や大学でも彼女がいたことがあった。ただ、卒業前に別れてからはフリーでめちゃくちゃ彼女が欲しいと思っているわけではない。

 そんな状況にあって、先輩がセッティングする合コンではとりあえず場を盛り上げるのが僕の役割だと認識しているんだけど、各々が楽しく話している場ににずけずけと入っていくのはなんか気が引ける。だから、とりあえずお声が掛かればテンション高くいけばいい。最近はいつもそうだった。盛り上がって楽しい半分、どこかで冷静になっている。今日も同じだろうなって感じていた。

 「こんにちは。さっきから一人で飲んでますね」

 不意に丁寧に話しかけられてびっくりした。名前も覚えていない子(こういう場では名前を覚えるのがそもそも苦手)。

 「飲んでますよ。あなたは飲んでますか」

 社交辞令で返した。スタンスからしてこの場で特に何かが生まれるとも期待していない僕は、その場を壊さないようにしている。先輩たちと飲んで楽しく過ごすことが目的だから。ただ、彼女も手持ち無沙汰だったみたいで、片手にグラス、片手にクラッカーを持ってにこやかに、でもどこか緊張した表情をしていた。とりあえず、僕も少しぬるくなった二杯目のビールを彼女に傾ける。

「飲んでます。こういう場所はあまり慣れていないんですけど、楽しいですね」

 と返してとりあえず笑っておく。愛想笑いであっても、どんな場面でも笑っていられるのは社会人になって身につけた自分の特技で、こんな時は何を言われても肯定して笑顔を見せておけばいい。向こうも同じ気持ちなのかはわからないけど、笑い返してくれた。

「えーっと、趣味はなんですか」

 この言葉はとても便利だと思う。元々、色々なことに興味があって、広く浅く手を出す僕は、たいがいの人の趣味に合わせて話すことが出来る。こういう時は、本当に好きなことが被っていなくても構わない。だって、今話せる話題があればいいんだから。僕には結構簡単なことで誰も傷つけないし、何なら知らないことを知ることができるかもしれない。総じて、マイナスになることは何一つないんだから。

「音楽。よく聴きます」

 ああ、これもありふれた言葉だなって思いながら答えた。音楽は好きだ。邦楽も洋楽も、アニソンも、僕が生まれていないちょっと昔の曲もどこかで聴いてきた。カラオケに行っても困ることは無いし、リクエストされればディズニーの主題歌だって歌えるんだ。

「何が好きなんですか?」

「ロックが好きです」

 うん?実は僕もロックが好きだ。ロックの定義は分からないけど。あのかき鳴らす感じが好きなんです。ちょっと興味が湧いてきた。

「じゃあオススメの曲、教えてよ」

「KOTORIのトーキョーナイトダイブって知ってますか」

 バンドの名前だけは知っていたけど、聴いたことは無かった。そう伝えると、彼女はイヤホンを片方貸してくれた。

 眠れない夜に飛び込む 星みたいな光の街 

 飲みかけのコーヒーと 止まらない空調の音

 眠れない夜に飛び込む 寂しさを抱きしめて

 こんな夜に君に会えたらいいな

 トーキョーナイトダイブ ここに君はいないのに

 トーキョーナイトダイブ また夜が明けてしまった

 片方しかないイヤホンから流れてきた曲で、その場のこととか色んなことをひっくるめて、なぜか泣きたくなった。「東京」っていう街に暮らす僕ら一人ひとりの物語。大学で上京してきて、何も止まらずに進んでいく都会が好きだった。でも、寂しくてどうしようもないままにコーヒー飲んで煙草を吸ってまた朝が来ることもある。そんな毎日。

 「いい唄でしょう」

 そう言って笑う彼女と今度は色々なバンドの話をして、気がつけば合コンはお開きになった。
 店の外で

 「次はカラオケだよー!」

 って声を張る先輩の介抱をしてたら、彼女は少し遠くから手を振っていた。
 急いで走って連絡先を交換して、その後も何度か遊びに行った。好きなバンドのライブに行って感想を言い合って、飲み比べをした後にカラオケにも行った。共通していたのは、僕も彼女も音楽を通じてどこか繋がりを持ちたいと思っていたことだ。お互いに好きな曲を紹介して、時には終電を待つ駅のホームで唄った。その後に家に帰ってからその曲を聴いた幸せな時間。

 彼女はアイドルを目指して活動していた。でも、色々なしがらみがあってうまくいっていないらしい。時々そんな話もしながら、またライブに行って、その後に居酒屋で感想を言い合って飲んで帰った。ただ、お互いの家は知らないし男女の関係になることも一切ない。ただ音楽で繋がっていた不思議な友達としか言いようがなかった。

 そんなある時、彼女からLINEが入った。

「仕事終わったから飲まない?」

って。場所は六本木。偶然にも近くで先輩と飲んでいた僕は、酔った先輩にに適当な理由をつけて抜け出した。六本木交差点近くで煙草を吸って、酔い冷ましにコーヒー飲んで少し待っていると彼女が来た。

 だいぶ酔っていた彼女は「もう寝たいよ。家連れてって」と言った。断る理由もない。そのままタクシーを拾って僕の家に来て、コンビニで買ったおにぎりを食べて水を飲みながら少し話していたら彼女は僕のベッドで眠ってしまった。

 その時、僕の頭の中には「トーキョーナイトダイブ」がエンドレスリピートで流れていた。

 朝が来て、僕は眠っている彼女を置いて仕事に行った。あの時、僕どうすればよかったのか、未だにわからない。

 その後彼女には一度も会っていない。時々連絡は取っている。アイドルの道は諦めて、この前外資系の企業に就職したらしい。

 今でも「トーキョーナイトダイブ」を聴くと彼女を思い出す。どんな子かはよく知らない。たぶん生きている世界も違う。でも、ただ一つの心に残る曲を教えてくれた、素敵な女の子。

 あの高いビルの向こう側には 海が見えるらしい

 あの黒い空の向こう側には

 そんな歌詞を思い出して、また僕はトーキョーで生きていく。

#ほろ酔い文学

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