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団地【滲み】1600字

『昨日のように思い出せる』ってさ、僕は何十年もボーッと生きてきたのかな


 連休の間のゴミの回収ってあるんだったか。
はて、と白髪の後頭部を掻きながら暗い階段を降りる。
少し汗をかいている。
燦々と太陽が照っているゴミ出し場まで歩いて来ると、
ちょうど殿村さんも燃えるゴミをほっぽった。

「鯉も暑そうやわ」殿村さんと見上げる。
そこには、ポツポツと、青や赤。
「昔に比べると、減ったね、鯉のぼり」

 殿村さんと見上げた僕らの団地は、
少しずつ、少しずつ、歳をとっているようだった。


 サンダルの摺り足の音でわかる。ゆみこさん。
「猛暑日だってよ。まだ5月なのに。老人にはキツいわ。」
コンビニのビニール袋ぐらいの小さいゴミを置く。

「老人って歳じゃないでしょう。」
「孫が居りゃ老人ですよ。わたしはババアです。」
僕は首に巻いたタオルで額を拭きながら、「連休中は息子たち来るの?」
ゆみこさんと殿村さんを交互に見て聞いた。
「くるよ、あした」
「ウチも。うるさくさせちゃうね、ごめんよ」
ゆみこさんも殿村さんも痩せ型でシュッとしてるから、
孫がいるように見えない。

「なんて言うんでしたっけ。あれ、剣でつくやつ、息子さんもやってるの?」直射日光に動じない殿村さんに聞いた。
「フェンシングね。やってたけど、何年前だったか、相手ケガさせちゃってそれで辞めたよ息子は。俺もその時に辞めた。いつだったかね。10年前ぐらいか?ちょうどこの壁を青く塗った年だったと思うよ。」殿村さんは団地全体を見ながら、細い目で、思い出していた。
「もっとでしょ、20年くらい前じゃない?」ニカっと笑いながらのゆみこさんを見ると落ち着く。歯が黄色くてなんだか落ち着く。
「20年前は全部屋インターホンを刷新した年でしょう。壁ぜんぶ青というか千草色に塗り替えたのは10年前ぐらいでしょうが。」ポロシャツの白さが眩しい殿村さんは、魚をさばくのが上手。
「あらーそう、じゃあ全部の窓を二重窓に工事したのは5年前?ほんとはやいわね〜」空に向かって伸びをするゆみこさん。若い頃は水泳一筋だったらしく今でも肩も柔らかい。
 


滲み_団地



 
木が多くて多くて。
敷地内がほとんど日陰。
日陰か、木漏れ日。
ベンチで読む本、
もちろん文庫本サイズ。
緑の木陰、から、ちょっと揺れて、木漏れ日。
その時は眩しくて読めない。
それがちょうどよい休憩。
溜息のじかん。
熱海へ小旅行に行くんじゃあないんだから、ふわっとしたアイボリーのワンピースにカンカン帽の君。716号室からここまで長い旅でしたこと。
ベンチに広げるランチボックス、
サンドイッチ、
中身はもちろんブルベリイ。
いちごはこどもっぽいからね、
笑う君の顔にちょうど木漏れ日。
涼しい連休、
のんびりと君、
読めない小説、
両手を挙げて伸びをして、
ひとつあくびをしてポケットラジオをオン。
乾電池が弱まってるのか音がとびとび。
揺れる葉の間を見上げて、
ちらりと見える青空のリズムが、
眠気を綺麗に誘う。
 
 
 


「むかーし、もっと木がいっぱいこの辺に植っていたよね。」
「あー、そうだったね、そうそう懐かしい。」団地から僕に目を向けた殿村さんは、とても懐かしそうに深く頷いた。
「陽が入らなくてね、毛虫が大量発生して全部倒しちゃったよね、全部の木。いつだったかしらね。そうとう前よ。」首を傾げて考える時のゆみこさんは真剣な時。いつもみんなの悩みを解決してくれる。

ゴミ収集車が来るころに、みな各々の巣に帰還する。
自室への階段を前に、今日もこれを登ったり降りたりするんだな、と思う。
まあ、エレベーターが無くてふうふう言って部屋に帰るから、
それがここに居る皆の健康の秘訣かもな。

もうすこし風があると鯉も涼しそうだな。

雲がないと、青い壁と青空との境界線、それがまるで無いみたいだ。





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