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dizzy【滲み】1700字

この症状が立ちくらみという名前だと知ったのはだいぶ後の事である。

うるさかった長野市はオリンピックが終わってからゆったりとしていて悪くない。

雨がしとしと降った翌日は、地面があくびをしているのかいつまでも水はけが悪く、運動会はぬかるみっぱなしの泥との戦いで異様な賑わいを見せていた。
太い綱を引っ張りながら、膝に力を入れると滑る、爪先に力を入れると滑らない、その力加減を楽しみながらも泥が白い体操着に付着して染み込んで乾燥する事を恐れている内に、銃声が鳴り響き、僕らのチームは勝ったようだ。
退場の曲が流れるまでなぜか勝ったチームも負けたチームも太陽を浴びながらしゃがまなければいけなく、靴のなんとかレンジャーのキャラが印刷されたマジックテープについた泥を小指で剥がしていると退場の曲が流れ始めた。
音飛びを一定の感覚で味わいながらゆっくり立ち上がると、だんだんと目の前がテレビの間違えて押したチャンネルのようなザーっという砂嵐になって暗くなっていく。あーきたきた。負けたチームの後に沿って駆け足で退場していく中、目の前は真っ暗で見えないが、このぐらい走ったら校庭の端だからそろそろ曲がり角だなと考えつつ、難なく3年2組の定位置に戻り座った。いつのまにか校庭には玉入れのカゴと転んで玉をぶちまけた先生が赤と白を交互に仕分ける滑稽さが健在していた。

お母さんが作った唐揚げは家で食べた方が美味しい。口をくちゃくちゃして立ち上がりプールの裏の茂みに向かう背後で、もうごちそうさまー?と大きな声が聞こえる。振り返らず早足で太陽の居ない茂みに向かう。

1組のおかっぱの女の子がしっかりと赤白帽の赤を頭に装着し、ゴムを捻り無く顎にかけてじっとプールを見つめている。
「はやいね」僕が声をかけると、
1組の女の子はプールの中心から目を逸らさずに
「だってお母さんの唐揚げ外で食べてもおいしくないんだもん」と言った。茂みに覆われたプールのフェンスを握りしめながら、
僕ら2人は並んで藻で覆われた緑のプールを見つめていた。
プールの水面半分ぐらいは、太陽が当たり反射して白い。
白さが揺れている。
「ネッシーを見たの」女の子は目を逸らさずに言う。
僕も負けじと目を逸らさずに聞いた。「ネッシーって何?」喉が渇く。
「恐竜の生き残りよ。あたしこの間プールから頭を出したネッシーを見たの。エメラルドグリーンだった。」
エメラルドグリーンがどんな色かわからなかったが、
「絶対捕まえようね。」と言った。

滲み_dizzy

離れた校庭から小さいながらも一定の音飛びを保ったまま、お昼時間が終わるアナウンスが聞こえた。
プールの白と緑の光がチラつく。
あーきたきた。
1日に2回目というのは今まであまり無かった。
なぜか口に出した。自分の中だけの遊びをこっそり教えるような感覚だろうか。「あーきたきた。」
「え、ネッシー?どこ?」
「んーん、なんか見てるものが全部ざざーって黒くなる時ない?月にいるみたいな。ふわーんって。」
「プール黒くないよ」
「んーんプールじゃなくて、なんか全部が。ほら、今真っ暗。」

1組の女の子からの返事はなく、風で揺れる茂みの音と、アナウンスがブツっと切れる音が耳に届き、月の暮らしをリアルにさせる。頬にくすぐったさを感じた途端、全身が敏感になり自分が汗をかいている箇所を明確に把握した。だんだんと暗さは無くなり砂が捌けていく。プールが見えてくる代わりに目の前には女の子の顔が映し出されていて、綺麗に洗われた赤い帽子から伸びるおかっぱの端っこが僕の頬をかすめている。眉をひそめながら二重のまんまるの目がこちらを見つめていて、「君の目は茶色だね。」僕は負けじと目を逸らさなかった。暑い日なんだ、と理解させてくれるには十分な女の子のピンクなほっぺたに目がいく。僕の瞳が動くのを認識したのか、「見えてるじゃん。エッチ」そう言って僕の隣に戻りまたプールにかじりついた。僕は負けじと白と緑の光を見つめ続けながら、黒の世界に行くコツを頭で必死に探っていた。

茂みの蒸し暑さは恐竜にピッタリだったが、ネッシーは現れず徒競走はビリでダンスの出し物では振りを間違えて転んで泥だけになった。家のシャワーで入念に身体を洗ったが、頬は洗わなかった。

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