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女の敵は自分。『LEAN IN』が教えてくれたこと

 本屋で平積みされているのをよく目にしていた。でも今の自分には関係ないだろうと思っていた。副題は「女性、仕事、リーダーへの意欲」。仕事はゆるゆるできればいいし、まだリーダーの地位も遠い。私は読まなくていいだろう。
 しかし復職を控えた今、この本を読む時が来たかもしれない、と思った。相変わらず本屋に平積みされており、手に取った。

 著者のシェリルさんは、Facebookの最高執行責任者を務めた人。その前にはGoogleや世界銀行、米国財務長官の下で活躍している。ハーバードのビジネススクールを首席で卒業。フォーチュン誌の「最もパワフルな50人の女性」に選ばれている。肩書を見たら誰しもが「世界で一番頭のいい女性」、「超絶バリキャリウーマン」と思う。実際、この見方は間違っていないだろう。
 しかしこの本を読むと、シェリルさんも私と同じ1人の女性に過ぎない、とわかる。シェリルさんも人付き合いに悩み、キャリアに悩み、子育てと仕事の両立に悩んでいた。苦しい気持ちをここまで書くかと言うほど正直に書かれていた。
 業績が評価されても「強い女だと思われたくないから」と隠したこと、つわりがひどくGoogleのトイレで吐きながらメールを打ったこと、ビジネス上の付き合いでパーティーに呼ばれてジェット機で行ったのに連れていった娘の頭にシラミが見つかり欠席せざるを得なくなったこと。リアルな吐露に親近感がわく。Facebookのトップも、私たちと同じ女性だ。

 この本はとても丁寧に女性にまつわる問題を調査し、ある程度のエビデンスを付けて書かれているので、ぶっちゃけ読みやすいとは言えない。だからこの本に通底するメッセージをつかみ取るのに少し苦労した。私が読み取ったメッセージはこれだ。

 女の最大の敵は、自分自身。そして次の敵は周りの女ということ。


●女性特有の詐欺師感覚

 自分の業績が評価されたり、周りで女性が管理職になったりすると、女性だから厚底を履かされたのではないかと思う。女性という看板で、詐欺を働いてしまったのではないかと思う。この現象にはインポスター・シンドロームという名前がついており、特に女性に顕著らしい。

 なんとなくバリキャリの人というと、男のように自分の実績をしっかりアピールし、高い位にまで上り詰める人のイメージがある。でもシェリルさんの文章を読むと、彼女も自分の評価を下げがちだったことがわかる。
 「世界で最もパワフルな女性100人」に選ばれた時、友人からの祝福に「あんなランキング、おかしいわ」と答え、Facebookに記事のリンクが貼られると即座に消してもらった。高校の卒業アルバムでは「一番出世しそうな人ランキング」で1位となったが、卒アル制作委員に頼み込んでランキングから名前を外してもらった。

私はいまだに自信を持つ技術をマスターできていない。
(中略)
私は今もなお、自分の能力を超えているのではないかと不安になるような状況に立ち向かっている。自分がペテン師ではないかと思える日々がまだある。
日本経済新聞出版『LEAN IN 女性、仕事、リーダーへの意欲』kindle版P.52

 Facebookのトップでもこんな風に思うの? とビックリしてしまう。なおさら普通の女性は自己評価を下げても当然だ。私にも思い当たる節がある。
 でも、本著では後にはこう続く。

だが自分がこれから成長し、可能性を広げていくためには、自分自身をもっと信じなければならないこともわかっている。
同上

●空想の結婚妊娠出産をやめる

 自分を信じて、可能性を広げよう。
「そんなきれいごと言われても……」
 画面の向こうのあなたはそう思ったかもしれない。

 シェリルさんは何千人もの社員を相手にするなかで、男性は能力開発するのを待っておらず自分からチャンスを掴み取りに行くのに対して、女性は石橋を叩いて渡る、つまり自分の能力が十分になってからチャレンジしようとする傾向があると指摘する。そんなことをしていると成長の機会は永遠にやってこない。背景には、女性は結婚妊娠出産で仕事のペースを落とすかもしれないという心配がある。

「いつか結婚したらライフスタイルが変わるかもしれないから」
「いつか妊娠したらつわりがひどくてしんどいかもしれないから」
「いつか出産したら仕事をやめるかもしれないから」

 多くの女性はこうしたことを新卒の就活中から考えていて、常にブレーキに足をかけた状態で仕事をしている。すると新しいチャンスがあっても「もう少しで妊活したいから」などという理由でチャレンジするのをやめてしまう。チャレンジしないことを繰り返すと、仕事の刺激はなくなり、つまらないものになってしまう。そして妊娠したら仕事をやめてしまう。復職しても、仕事がおもしろくないので業績が伸びることもない。

 私が新卒採用の担当で学生と面談する時、ほぼ100%「福利厚生はどうですか」と聞かれる。今、福利厚生の充実している会社に学生が流れているのは周知の事実だ。この質問の背景には、自分が結婚妊娠出産した時に働き続けられるのかという心配が見え隠れする。何かあっても大丈夫、しんどかったら休める、仕事一辺倒にならなくても会社にいれるという安心感がほしい。実際に私が就活生の時も、同じ質問をした。余談だがうちの会社はとても福利厚生が充実している会社だと思う。女性は言わずもがな、男性の育休取得も当たり前、男性が育児のために時短勤務しているケースもある。
 採用時に結婚妊娠出産の心配をするのは当然だ。でも、将来の結婚妊娠出産を理由にチャレンジをしないのは違う。

 ママになってからの仕事の仕方は、子どもができてから考えればいい、とシェリルさんは言う。そして専業主婦を否定しない。

出産後に仕事を辞める理由は、いくらでもあるのだ。家で子どもを育てるのは素晴らしいことだし、多くの場合に必要な選択肢でもある。
(中略)
次の世代を育てることに人生を捧げるという決定を私は尊重するし、応援する。
(中略)
ここで私が言いたいのは、子育てのために仕事を辞めるのはその必要ができたとき、つまり子どもが生まれた時だということである。その前ではない。まして何年も前ではない。実際に子どもが生まれるまでの年月はけっして後ずさりする時期ではない。前に進むべき大切な時期である。
同上P.128 ※太字は筆者による

 実際に空想の結婚妊娠出産を掲げて内定辞退した人を多数見てきたシェリルさんの言葉は重い。

 シェリルさん自身、常にうまくいっているわけではない。第1子妊娠中はGoogleのトイレで吐きながらメールを書いていた。第2子を考えている頃にリンクトインCEOのオファーがあり、とても魅力的だったが第1子のつわりがあまりに酷かったので断っている。第2子が生まれて7ヶ月後にFacebook COOのオファーがある。それでもFacebookに転職して最初の半年は、この選択は正しかったのだろうかと悩んでいる。当時、パートナーの勤務地が遠方で、飛行機で行き来する生活を2年続けた。その間も、このスタイルがベストではない、どうにかすべきだと思い続けていたという。

 女性のキャリアは梯子ではなくジャングルジム。横に行っても下に行っても上に行ってもよい。キャリアを上り詰めたようなシェリルさんに言ってもらえると少しほっとする。


●できる女は嫌われる

 ここまでは、女の敵は自分、という話だった。女性特有の詐欺師感覚と空想の結婚妊娠出産で自分の伸びしろを縮めている。
 たとえ自分という敵を打ち負かしても、悲しいことに周りに敵が溢れている。できる女は嫌われるのだ。

仕事で成功を収めた女性は「きっと職場で嫌われている」とみなされる。「すごいやり手」で「チームプレーができないタイプ」で「裏で駆け引きをする」とか「ちょっと信用できない」とか「付き合いにくい」などと思われるのである。
同上P.57
キャリアはマラソンだと想像してほしい。
(中略)
沿道の観衆は、男性ランナーに「頑張れー」と声援を送り続ける。ところが女性ランナーには「そんなに無理するな」とか「もう十分。最後まで走らなくていいよ」
(中略)
「どうして走り続けるんだ、子どもが家で待っているのに」
同上P.137
世間は容赦なく、あなたは仕事も不十分なら子育てもさぼっていると母親に思い出させる。
同上P.164
子どもを預けて仕事に復帰するのは、誰にとっても厳しい選択である。私自身もそうだが、この選択をした親は誰でも、それがどれほど心痛むことかを身に沁みて知っているだろう。自分が夢中になれる仕事、やりがいのある実り多い仕事に打ち込むことだけが、その選択の正しさを自分に納得させてくれる。それからもう一つ、大事なことだが、選択をした後でも、両親は途中でいつでも方針転換することができる
同上P.140 ※太字は筆者による

 働くママとかわいそうなベビー。こういう風に取られるのを、今は我慢するしかないようだ。私を含む復職を間近に控えたママは、これから「働くママとかわいそうなベビー」のレッテルを貼られると覚悟しておいた方がいい(そんなレッテルを貼ってくる人はもういないと信じたいが、世間にはいろんな人がいる)。
 シェリルさんはこの状況を危惧している。本の後ろの方ではフェミニズムの話にも触れられている。

 できる女は嫌われる。一方で、自分もできる女を嫌っていないだろうか? 嫌っていないまでも、実力を正当に認めていると自信を持って言えるだろうか?

 私が今勤めている会社は割と年功序列の会社で、部長クラスはほとんどおじさんだ。その中で、明らかに他のおじさん達より若い女性の部長がいる。私も彼女のことを「女性ですごい」と1mmくらいは思っていたことを認めなければならない。男性が部長になったとき「男性ですごい」とは思わないのに。
 きっと彼女はお客さんとの付き合いが上手でたくさん売上を出せたから評価されたのだと思う。私からするとだいぶ先輩だが、一度他の社員と一緒に渋谷にショッピングに行かせてもらったことがある。プライベートも可愛らしい雰囲気の女性で、小学生のお子さんがいる話をしてくれた。まさかいかつい会社のいかつい部署の本部長とは微塵も思わない。

 誰しもレッテルやバイアスから自由にはなれない。でもこの本を読んで、自分の無意識のバイアスにたくさん気付かされた。復職を控えた今、私がしなければならないのは認識を改めることだ。


 よく「子どもを産んで人生観が変わった」という言葉を目にする。私にはまだこの言葉が腑に落ちていないのだが、1つ確実に言えることは「異世界に足を踏み入れた」ということだ。街の見え方が変わり、あらゆる母親父親の凄さを思い知り、赤ちゃんというまだヒトになりきれていない未知の生物が目の前に現れた。このショックは間違いなく仕事の仕方も変えるだろう。復職まであと20日。不安も抱えながら、シェリルさんの後ろの後ろの後ろを追って行こう。

 気になった人はぜひ読んでみてください。

LEAN IN(リーン・イン) 女性、仕事、リーダーへの意欲 (日経ビジネス人文庫) https://amzn.asia/d/90gFbYC


≪終わり≫

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