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この世界は良いところ?悪いところ?

ニューヨークの地下鉄には、「会話スタイル」と呼ばれる座席の配列がある。

L字型に座席が配列されてあり、3、4人で乗った時に、みんなで会話を楽しめる、というものだ。

ところが、実際は大勢で地下鉄に乗る人ってそう多くない。大抵の場合、他人同士で密着して乗る感じになってしまう。それも横の人の息が頬にかかりそうなほどの距離感で。

そのせいかどうかは知らぬが、この「会話スタイル」は、順次廃車になっていくことが決まった。これからは一列型のみが作られていくそうだ。

そうなると、こんな経験をすることもこれからは減っていくのかもしれないが、つい先日、ブロンクスから地下鉄に乗ると、L字型の2席に、ラッパー系ファッションに身を包んだ、ドレッドヘアーの若い黒人男性二人が座っていた(スヌープドッグ的な感じを想像してください)。その二人が私の横顔に向かって話しかけるような配置で、席に着くことになった。

大きな声で熱心に語り合う二人の横に座って、ぼんやりと床を眺めていると(地下鉄に乗って、何もせずに地面や人をぼんやりと眺めるのが好きです)、聞こうとしていなくても勝手に二人の会話が耳に入ってくる。というか、私の耳に向かって音を発してるので、入ってこないわけがない。

で、その二人が何を熱心に話していたかと言うと、ドラゴンボールとナルトのキャラクターを混ぜ混ぜにして、マイベスト5を挙げるというもの。ピッコロ、悟飯、自来也、四代目、我愛羅、ベジータ、クリリン、カカシ、ガイ先生、ロックリー、ブルマ、シカマル、そして勿論、悟空、ナルト。

一人が、サスケを二位に入れたことで、もう一人が、おいおい待てよ、と反論した。そしてサスケについてめちゃくちゃ熱く語り合う二人(私も反論の方に一票)。あぁ、この「会話スタイル」シートの利便性を活かして、この会話に入っていきたい!という衝動に駆られながら(恐らく、会話に入っても自然に盛り上がってくれた二人であろう)、目的地の駅に着いてしまったので、そこを後にした。

ニューヨークってこんなところです。大まかに言って。(たぶん。)

というわけで、皆さんにとって、世界はグッドプレイスですか?バッドプレイスですか?

研究によると、世界を見る視点は、三つのカテゴリーに分けられる。らしい。

カテゴリー1:世界は安全な所だ派 vs. 世界は危険な所だ派
カテゴリー2:世界は魅力的で面白いところだ派 vs. 世界はつまらないところだ派
カテゴリー3:世界は生き物である派 vs. 世界は機械的である派 

カテゴリー2では、世界は楽しく、美しく、興味深いものであふれていると感じている人と、世界はろくでもなく、からっぽで、ダルい場所だと感じている人とに大まかに傾向が分かれる。

カテゴリー3では、世界は生きていて、流動的であるので、なんだって可能で、自分の行動次第では変えられるかもしれないと感じている派と、世界は固定されたもので、自分が何をしたところで変わらないと感じてる派に分かれる。

もちろん、それぞれの対極にのみではなく、その線上のどの地点にでも存在し得るので、どちらかと言うと世界は生きてるって気もするけど、場合によっては機械的とも感じるよなぁ、ということもある。

カテゴリー同士には相関関係があり、世界は安全だと思う派は、世界を美しく興味深い場所だと思う傾向があり、世界は生きていると感じる傾向にもある。逆に、世界は危険だと思う派は、世界はろくでもない場所で、何をしたって無駄だと思う傾向にある。まぁそうだろうな。

前者にとって、世界はおおむねグッドプレイスであるが、後者にとってはバッドプレイスだ。

面白いのは、この世界認識が経験によって形作られるのではないという点。その人のしてきた経験、環境には左右されず、生まれつきの気質であるという。

なので、貧乏な家庭で育ったか、裕福な家庭で育ったか、安全な地域で育ったか、危険な地域で育ったか、良い経験ばかりしてきたか、最悪の経験ばかりしてきたかは、その気質の形成に左右しない。

経験が世界観を形作るのではなく、もともとの世界観が経験を形作るのだという。

世界グッド派、バッド派、どちらの傾向が強いから良い悪い、ということではないが、世界バッド派は、鬱的傾向、悲観的傾向、無気力、失望傾向が高くなるというので、本人がそれに苦しんでいる場合、グッド派思考にシフトすることで、それが軽減するらしい。

ところで、子どもにこの世界がいかに危ない場所で、どんな悪人がいて、どんな悪いことを企んでるかを教えることで、護身する習慣を身に着けて欲しいと願う親は多いけれど(特にアメリカではこの傾向が強い)、研究によると、「この世界は悪いところ説」を子どもに教えると、それによって護身をする確率があがることはないのに、それによって、後に、健康で幸せに生きることが難しくなる確率が上がるという。(なんちゅうこっちゃ。)

ペンシルベニア大学のClifton教授が、経験が世界観を形作るのではなく、もともとの世界観が経験を形作る例として、二つの物語をシェアしている。

一つは、Clifton教授の義祖父の話。

彼は第二次世界大戦中、戦地の歯医者として最前線で従軍した。つまり、顎や口周りの酷い外傷を縫合するような、かなりろくでもない状況に数多く直面した。

その祖父の口癖であり、後に家族のモットーにもなった教えがこれ。
”Life's a s*** sandwich and you just took your first bite.”(世界は糞でできたサンドイッチだ、お前は今その最初の一口を味わったんだよ。)

もう一つは、Clifton教授がヨーロッパ旅行で出会ったツアーガイドのサラの話。

サラはポーランドで育ったユダヤ人である。ある日彼女の住む町にナチス軍がやって来て、人々を道の両端に立たせた。道の中央にいたナチス軍は、道の一方に一斉に発砲をして、そちら側に立っていたユダヤ人を残らず殺してしまった。

それから道のこちら側を向いた。サラとその母と姉が立っていた側だ。人々は身構えたが、彼らはその場では撃たれず、全員収容所へ送られた。サラは3つの収容所を転々として最後にアウシュビッツに辿り着いた。その時点で彼女の母と姉は既に亡くなっていた。

1944年のクリスマス。つまり、終戦前最後のクリスマス。サラは病気になり、アウシュビッツ内にある診療所のベッドに寝ていた。最悪の収容所の中にある最悪の診療所で一人横になっていると、隣のベッドに寝ていた同じ年くらいの少女が手を伸ばして、サラの手を握った。その時、サラは「世界はなんて愛に溢れた美しいところなんだろう」と圧倒されるような畏敬の念に襲われたという。

祖父もサラも、最悪の地獄を生き抜いた。けれどそこから得た教訓がこうも違うのは、もともと持っている世界認識が影響しているからだ、ということを様々な研究で証明したというわけだ。ざっくりとまとめると。

ちなみに、コロナによって、人々の認識が、「世界は危険なところである」に偏ったかを調べた研究でも、全く変化はなかったという。

世界規模の出来事によってでさえも、個人的な経験によってでさえも、人の世界認識が変わらないのだとすれば、一体どうやったら変えることができるのか?(もちろん、必ず変えなければならないということではない。)

Clifton教授によると、今まさに大勢の研究者がその研究をしているので、お楽しみに!ということであるが、彼のお勧めは、意図的に身の回りにある美しいもの、興味深いものを見つけていくこと。

例えば、毎日新しい5つの美しい物事を見つけて、それをノートに記す、とか。

世界バッド派がこういうことをすると、最初はバカバカしく感じたり、なんて無駄なことを…、と感じるらしいが、騙されたと思って毎日するのが肝心だそうだ。

毎日しているうちに習慣化してきて、違和感なくできるようになる。そうなると、普段歩いていても、人と接していても、自然と良いところ、美しいものに目がいくようになるのだそうだ。(認知行動療法ですね)

ところで、私はあれから、ドラゴンボールとナルト混ぜ混ぜでマイベスト5を選ぶとしたら、と暇があれば考えているが、これがとても難しい。世界は難解なところである。


Clifton教授チームのウェブサイトで「あなたの世界観はどれ?」テストを受けられます。https://myprimals.com/discover-your-primals/

引用研究:
Belief in a Dangerous World Does Not Explain Substantial Variance in Political Attitudes, But Other World Beliefs Do, by Jeremy D.W. Clifton and Nicholas Kerry, Social Psychological and Personality Science, 2022.

Parents Think – Incorrectly – That Teaching Their Children That the World is a Bad Place is Likely Best for Them, by Jeremy D.W. Clifton and Peter Meindl, The Journal of Positive Psychology, 2021.

Testing If Primal World Beliefs Reflect Experiences—Or at Least Some Experiences Identified Ad Hoc, by Jeremy D.W. Clifton, Frontiers in Psychology, 2020.

Happy in a Crummy World: Implications of Primal World Beliefs for Increasing Wellbeing Through Positive Psychology Interventions, by Jeremy D.W. Clifton, The Journal of Positive Psychology, 2020.

Primal World Beliefs, by Jeremy D. W. Clifton et al., Psychological Assessment, 2019.

From the Fundamental Attribution Error to the Truly Fundamental Attribution Error and Beyond: My Research Journey, by Lee Ross, Perspectives on Psychological Science, 2018.

The Hostile Media Phenomenon: Biased Perception and Perceptions of Media Bias in Coverage of the Beirut Massacre, by Roberto P. Vallone, Lee Ross, Mark R. Lepper, Journal of Personality and Social Psychology, 1985.