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平成訳七十二候

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しもやみてなえいずる

霜止出苗(しもやみてなえいずる)

その日はとにかく食べ続けていた。久しぶりに会う友人との遅めのランチは、昭和の香り漂う渋いスナックの看板が並ぶ通りにある店で、古風なカレーライスとチーズケーキのセット(紅茶付き)。チーズケーキの持ち帰りが人気のようで、ぽつりぽつりとお客さんが来ては買って帰る。スフレ仕立てで軽い口どけ、なるほどこれは無限にいける。常連客が大きなワンホールを買って一人で食べるなどとい

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あしはじめてしょうず

葭始生(あしはじめてしょうず)

北風と太陽。朝と晩の気温差に、脱いだり着たりを繰り返す。季節の移ろいによって左右される装いではあるが、それを縛るのは何も実践の面においてのみではない。その日にその日に合わせたドレスコードを嗅ぎ取って服を選ぶことはたのしい。とりわけ足元は大切だ。

展覧会に行くときは、音に配慮したいのと、長時間立っているので、歩きやすい靴を好んで履くことが多いのだが、2年前、森美術

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にじはじめてあらわる

虹始見(にじはじめてあらわる)

少し前、自動車免許の更新に行った。色気のない手続きに費やすには勿体のないくらいの陽気だった。ありとあらゆる世代の人でごった返す免許センターで、ある共通点に気づいた。誕生日だ。2ヶ月の幅があるとはいえ、僕らはみんな春生まれ。今の姿かたちがどうあれ、社会における立場がどうあれ、皆このうららかな日差しのなかで生まれてきたのかと思うと、それだけで十分めでたいと思われた。講

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こうがんかえる

鴻雁北(こうがんかえる)

桜散る。例年よりだいぶ早い。
雁の群れはV字に連なるけれど、先頭の一頭はやはり体力の消耗が激しいらしく、時々交代しながら飛行するらしい。パシュートのようだ。新年度、空気抵抗強めの日々が続く。春の嵐、一緒に隊列を組んで進んでくれる仲間の現れんことを。

つばめきたる

玄鳥至(つばめきたる)

年度はじまり。新しい街でぎこちなく踊るワンルームディスコ。はじまったばかりの朝ドラの主人公は、つばめじゃなくて、すずめ。まだ着こなしいまいちの背伸びして買った服、肩の馴染まぬジャケット。切り揃えられた髪。道を訊く人。次々出てくる生活の必要を埋めるべく、慌てて買い足した両手の荷物。暮らすって物要りね。

まえがき 愛しの平成へ

愛しの平成へ

君、終わるらしいね。あと一年ほどだそうだ。

世間では、次の年号はなにかなにかとヤキモキしているばかりで、君のフィナーレのことはまだあまり気に止めていないようだ。けれど、いまの世を生きているエンペラーが粋なお方で本当に良かった。君の終わり方としては、なかなかいいものなのじゃないだろうか。

君の後任がやってきたとて、なにかが突然変わるわけではないだろう。生活はつづくのだ。それでもや

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