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知的財産戦略ビジョン(6月12日 知的財産戦略本部公表)について

去る6月12日、内閣設置の「知的財産戦略本部」の専門調査会である「知的財産戦略ビジョンに関する専門調査会」によって取りまとめられた長期知財戦略ビジョン「知的財産戦略ビジョン」が公表された(知的財産戦略本部・資料一覧)。
上記リンクからは、レポート本体に加え、簡略なサマリーやメンバーの議論の様子を映した写真入りの報告書も閲覧できる。

「知的財産戦略ビジョンに関する専門調査会」は昨年12月に設置されたものであり、構成員は以下のようになっている(レポート58頁)。

安宅 和人 ヤフー株式会社 CSO
池田 祥護 学校法人新潟総合学院 理事長/日本青年会議所 2018 年度 会頭
梅澤 高明 AT カーニー 日本法人会長
落合 陽一 筑波大学 学長補佐・准教授
冨山 和彦 株式会社経営共創基盤 代表取締役 CEO
川上 量生 カドカワ(株) 代表取締役社長
妹尾 堅一郎 産学連携推進機構 理事長
中村 伊知哉 慶応義塾大学大学院メディアデザイン研究科 教授
日覺 昭廣 東レ(株) 代表取締役社長
日本経済団体連合会 知的財産委員長
林 千晶 株式会社ロフトワーク 共同創業者、代表取締役
原山 優子 前総合科学技術・イノベーション会議 議員
渡部 俊也 東京大学政策ビジョン研究センター 教授

知的財産戦略本部本体と比べると、法律実務家としてのメンバーが含まれておらず、産業・ビジネス寄りの色合いが強いと感じる。また、最近注目を集めている落合陽一氏の名前もあり、レポート内容と照らし合わせるといろいろな想像がはたらいて面白い。

「知的財産戦略ビジョン」と銘打ってはいるが、レポート全体としては知財システムを中心に論じたものではない。グローバルなコンテンツビジネスやIT技術の動向、人々の価値観やライフスタイルの変化、日本に特有の事情などを包括的に検討し、知財システムにとどまらない将来の社会像を提示するものとなっている。その上で、目指すべき社会の姿を「価値デザイン社会」と命名し、そのビジョンを世に問いつつ、必要な具体的システム設計を積極的かつ創造的に行って実施していく、としている。

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(「知的財産戦略ビジョン ポイント」4,5頁より)


前半では、第1章から第3章までの内容をざっと眺めることとする(第4,5章と全体の所感は後半にて記載)。

第1章.将来の社会変化につながると考えられる現在の環境変化や兆候(3頁~)

第1章は主に現状認識を示した章となっている。「価値観・社会状況」「新技術」「国際関係」の3つの観点から現在の状況を分析・検討している。

1.価値観・社会状況における変化の兆候
・経済活動の主導権、選択権がサプライヤーからユーザーに移行
・オープンイノベーションの高まりと課題
・モノからコト、サービスへ(消費者需要の変化)
・SNS の普及(いいね!)
・シェアリングエコノミーの拡大
・個人としての社会参画の拡大(副業・起業)
・価値観の多様化(BLI指標の広がり)
いずれも昨今よく言われていることだと思われる。オープンイノベーションの課題としては、大企業とベンチャー企業の立場の格差や、ユーザーを巻き込んだ枠組みの不存在などが挙げられている。

2.新技術の進展と浸透
IT技術の動向としては、以下のものを取り上げている。
・IoT
・ビッグデータ
・人工知能(AI)
・ブロックチェーン
・3D プリンタ、ファブレス生産
・仮想現実(VR)/拡張現実(AR)
・量子コンピューティング
・5G
これに加え、バイオ系新技術として「ゲノム編集技術」を紹介している。
特徴的なのは、日本の科学研究力の陰りを指摘していることである。総論文数や被引用上位論文数などの指標を挙げ、「中国・韓国がその数を大きく伸ばす中、我が国は伸び悩んで」いるとし、「相対的な地位の低下がみられる」としている。そしてその原因としては「歴史的な技術革新期において知財創出力を高めるためのリソース投下が十分に出来ていない」ことを指摘している。
その他、本項ではサイバー空間の発展に伴い、コンテンツ作成・発信が誰にとっても容易になり、対価徴収や利益配分の仕組みも整備されることで、ビジネス化までも容易になると述べている。「個人がクリエイターやサプライヤーへ変わりつつある」という一般的認識を示している。

3.国際関係における環境変化
米中の巨大 IT 企業(プラットフォーム企業)の台頭を第一に指摘している。そしてこうしたプラットフォーム型企業の「ひとり勝ち」の弊害に対し規制を導入しようとする動きがあると述べ、加えてBrexitやEUのGDPR(一般データ保護規則)を挙げて保護主義的傾向の強まりを指摘している。

また、様々な地球規模の課題が顕在化するに伴い、国連サミットで採択されたSDGs(持続可能な開発目標)の考え方が幅広く認識されるようになっているとしている。

そうした世界の状況の中で、日本的な考え方が評価される傾向も出てきているとし、
・三方よし
・モッタイナイ
・禅
の3つを SDGs の考え方と共通性を有するものとして挙げている。
最後に「経済大国から発信立国へ」との日本のビジョンを示し、経済的な観点とは別の観点から、世界への影響力を保つヒントが多く生まれ始めているという。

第2章.現在の兆候から予測される将来の社会像~人が幸せになる未来を作ろう~(14頁~)

本章では、2030 年頃における社会とその中での人、産業について予測を示している。この予測には「社会はいかにあるべきか」という「べき論」も含まれている。

1.主に人の将来像(生き方、働き方、価値観)
まず、技術を使って豊かに生きることや、人の能力を補完・拡充・拡張する技術へのニーズの高まりといった一般的認識を示している。

そして、人々の幸福に対する価値観の拡がりについて、「リアルの価値の向上」や「金銭的な価値以外の価値(共感や信用、社会貢献)の評価傾向」を指摘し、多様な生き方の可能性について述べている。

2.産業の将来像(イノベーション、競争力)
データ活用の重要性や、「生産効率向上から新たな価値創出へ」といったトレンドについて述べられている。技術一つ一つの相対的重要性は下がる可能性がある一方で、パッケージ化、信頼獲得やイメージ戦略、ブランディングを通じて消費者のハートをつかむことが重要になるという。
また、国際的な競争において、「日本固有の価値や文化の活用」が大切であるとしている。中国などの新経済大国の台頭を意識した上で、量ではなく価値観で勝負していくことを提言している。

3.社会の将来像(仕組み・ルール、国際関係)
仮想通貨を例にとり、国家という存在が相対化・柔軟化していると述べている。また、これまで複数の選択肢のうち一つを選ばなければならなかったものが(「オア」社会)、その全てを選ぶことができる、または同時に存在することができるという「アンド」社会の到来を指摘している(ex.職業)。人々の学びに関しては、効率化と互学互習の増加が進むとしている。
最後に、コピーレフトやクリエイティブ・コモンズといったキーワードを用い、知的資産の「所有からシェア」へのシフトや共働的な価値向上について述べている。その上で、「データや知財のマネジメントや仕組みを変えていくことが重要」としている点は注目される。

第3章.将来における「価値」とそれを生む仕組み(25頁~)

本章では、前章までを踏まえ、望ましい社会において重要となる価値とは何か、またその価値を創造する仕組みとはいかなるものかについて述べている。

1.望ましい将来において重要となる「価値」
前章までにも触れられているテーマである「個の多様性」、「(サイバー空間の拡大と対照性のある)リアルの価値向上」、「モノ消費からコト消費へ」、「イノベーション(創発)の重要性」といったことが再度示されている。そして、社会が多様な価値を許容することが、個人の多彩な能力発揮や価値の創造の基盤になるとしている。

2.我が国の新しいビジネスや国際競争力向上につながる「価値」の創出の
仕組み
次に、多様な価値を創造し、イノベーションを促進する仕組みについて述べているのが本項である。
まず、「多様な個性」を生むための取組みとして、「複数の選択肢から主体的に選ぶことができる力」や「違いを受容するための感性やコミュニケーション力」の涵養が重要になるとの見方を示し、そのための学びの在り方としては、講義形式で一方通行的に教えるのではなく、個人の関心や発達に応じたやり方が必要であるという。
イノベーションを促進するという観点からは、知識のプラットフォーム化の重要性を述べている。プラットフォームの発展のためには、「情報を出す者がメリットを感じられ、知的資産をベースとした資金の循環が可能になるようなものであることが望ましい」としており、今後の知財システムの在り方にもつながる課題であると思われる。

レポート31頁では、将来の価値創造エコシステムの一例を示しており、下にそのモデル図とその説明を引用する。

図の上側は、比較的サイエンス寄りの部分であり、図の下側は、比較的ア
ート寄りの部分である。図の中央付近にあるいくつかのデータを集めると、
プラットフォームを形成することが可能であり、多様な個性が活躍する場で
ある右側の黄色い部分が機能するベースとなる。価値創造モデルにおいて生
まれた様々な価値が一定の共感を得て社会の中で認知されれば、社会は多様
な価値を包摂するものとなる。そうした社会での評価や対価がフィードバッ
クされて、多様な個性がさらにモチベーションを得ていく形で、持続的な価
値創造が実現されるエコシステムとなっている。

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第1章~第3章についての所感

第1章~第3章まででは、比較的グローバルな目線での人・産業・社会の動向や将来像が示されている。内容としても、昨今様々なメディアで様々な言論人が伝えていることとそう変わらないと思われる。
注目に値するのは、日本の現在の状況について述べた部分だろう。たとえば、科学競争力という観点では量的・質的な指標を挙げた上で、日本の状況が好ましくないことを正面から認めている(7頁、なお参考記事)。その原因としてはリソース投下の不足をいっており、要するに「もっと金を出せ!」ということなのだろうが、国家予算の配分という話になるとまた多くの課題が出てきそうである。助成すべきなのは研究機関としての大学なのか、それとも企業なのか、組織単位で支援するのか個人単位とするのか、あるいはどのような技術に国としての投資を強めるべきかなど、仕組みを考えるだけでも悩ましい問題が続出する。

また、多様なプレイヤーの絡んだイノベーションを推進するというが、その中でも「大学は教育機関としてどうあるべきか」、「労働者の保護をどう考えるか」といった単なるビジネス的な観点にとどまらない課題が出てくると思われる。今回のレポートでは、そうした視点はあまりみられない。「個人の組織からの脱却」といったこともレポート中見受けられ、個人がより自由になるという文脈で述べられていると思われるが、企業組織による保護からはずれた個人の漂流のような現象も同時に増えていくのではないか。個人が様々な場面で能力を発揮し、価値を創造するといえば聞こえがいいが、そうした活動ができる人間がどれだけの割合いるのかということは気になる。政府の副業推奨方針なども話題となっているが、それによって促進されるのは個人の多様な価値創出だけではなく、相変わらず作業的で非クリエイティブなはたらきが拡大するのみとなる場面も多々あるだろう。「個人が何らかの価値を創造する」という発想自体、限定された人々しか持ちえないのではないかという点には注意したいと思う。ただ、能動的に価値を創出するという意識には至らずとも、サービスを利用することでデータを生み出したり、既存の様々なモノやサービスについて評価を加えたりなど、人々が何らかの形で価値創出に関わる枠組みは整えられつつある。レポートがいうユーザーを巻き込んだ形でのイノベーションも、そのように捉えるのであれば十分実現していけるのではないだろうか。
一方で、日本のポジティブな特徴としては、「多様な文化や価値の共存」を挙げている(30頁)。これに関しても、的を射ていると思える部分もある反面、本当に世界に誇れるレベルでの個性といえるのかは判断しかねるところがある。よく言われる例としては、日本人はクリスマスを行事的に楽しんだ後、年が明けた正月には神社に初詣に行く、といった宗教的な混合性があるが、それにしても悪く言えば宗教的意識が低いだけ(ゆえに他国の宗教意識への理解は薄い)ということにもなる。文化の継承という観点でも、地方での担い手不足はもうずっと言われ続けている。また、多様な個人の尊重という観点では、性的少数者や民族的マイノリティに対する寛容度は(制度レベルでも個人レベルでも)低い。レポートでも「同調圧力」がかかりやすい日本の特徴については指摘されている。そうすると、少なくともこれまでの日本の状況は、「多様な文化や価値の共存」というよりも「(排他的なコミュニティが地域的に点在することにより)互いに干渉しあわない中で様々な文化や価値観が残されてきた」と捉えるほうが正確であるように思える。互いに評価しあったり、認めあったりということをしてこなかった分、担い手の不足した文化が消滅するスピードは速い。レポート後半でも示されている様々な知識・コンテンツのプラットフォーム化やアーカイブ化の取り組みは、こうした現状を改善する上で有効だろう。

レポートが示している社会像は、単なる未来予測ではなく、望ましい将来像を含めたものとなっている。人々のライフスタイルや価値観の変容など、興味深いポイントも多いが、政府設置の調査会のレポートである以上、国家視点での理想や願望によるバイアスがかかっている可能性があることには注意が必要である。後半では、第3章までの認識を前提として、知的資産の創出や活用をめぐる様々な施策や課題についてみていく。

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