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【掌編小説】ヒトチップス

 倒壊したビルを持ち上げると、隙間にいた人間たちは逃げ惑った。
「おお、わらわらと」
 踏みつけ、握りしめ、叩きつぶす。三人の巨人は各々のやり方で人間を殺していた。地底での永い眠りを邪魔されたからだった。
「久しぶりに地の底から這い出てみれば、こんな小虫が星を支配しているとはな」
「まったくだ。ドンパチと小虫風情が」
 二人が笑う中、ピラミッドを帽子代わりにしている巨人が人間をつまんで呟いた。
「これって食えるのか?」
 あとの二人は顔を見合わせた。
「正気か? 虫だぞ虫」
「虫といっても、ちんまいが肉はあるし、まあ物は試しではないか」
 制止する間もなく、三角帽はやせっぽちの人間を口に放り込んで咀嚼した。二人は「うげー」と顔をしかめ、自らの寒気を抑えるよう腕をこすった。
「うーむ、食えないこともないがまずい。工夫がいるな」
「だって虫だろう? せめて火を通せ」
「それもそうだ。じゃあ次は」
「待て。どうせ暇だからな、色々試そうではないか」
 手に持ったエッフェル塔で巨人が示したのは、食品工場だった。無人だが施設は死んでいない。三人は慎重に外装から剥がしていき、各調味料の入ったタンクを味付けにと抜き出した。それからテレビ局の球体部分を真っ二つにし、適度にちぎった道路を突き刺して鍋をこさえた。
「なんだお前ら、さっきゲテモノ食いのような扱いをした割には乗り気だな」
「まだ抵抗はあるが、うまく食えれば得だからな」
「まあいい。とりあえず焼いてみよう」
 火を起こし、辺りからかき集めた百人ほどを鍋に放り込んだ。押し合いへし合い引きずり合い、下方の熱より上へ逃れようとするが、誰も巨大な鍋からは出られない。ちょうど良い焼き加減になったところで三人ともが味見した。
「確かにまずい。噛み応えが悪いな」
「こいつら布切れを纏っておるだろう。そのせいじゃないか?」
「それだ」
 下処理として衣服を剥ぎ、血抜きもした方がいいだろうということで首をもいで体を絞った。巨人にとってはこの力加減が難しく、臓物がまろび出ないようにするのに何度も失敗を重ねた。
 食材が少なくなると土地を変え、また採集にいそしむ。個体差による味の違いを感じられるほど巨人の舌は繊細ではなかったため、国境も老若男女も問わず、あらゆる人間がごちゃ混ぜに集められた。
 時折り大国よりミサイルや核が撃ち込まれたが、どのような近代兵器も巨人には効果がなく、鍋や食材がダメになることでまた怒りを買った。
 その後も鍋と食材の確保、試作と土地の移動を何度も繰り返し、料理のノウハウも何もない料理行脚の末、とうとう巨人たちは最も美味なる食べ方を開発した。それは、油で揚げた人間に塩をまぶして食うことだった。
「色々やったが単純なこれが一番うまいな」
「止まらん、止まらん」
 巨人たちは一度ハマると同じものばかり食べるたちだったので、一日のちょっとした合間にこれをつまみ、時には宴を開いて大量に生産したヒトチップスを平らげた。
 だが数ヶ月も食べ通せば気分が変わる。ある夜、一人の巨人が言った。
「我らが地上に出てどれくらい経つ?」
「数えておらぬが、千の月は見たろうな」
「ふむ……」
 巨人は思案した。
「なあ、今まで牧場におる牛やら馬やら食ってきたが、最近は数も減ってきた。かといって野生のは捕まえるのが面倒だ。これで人間どもまで食い荒らせば、いよいよ食うものがなくなるのではないか?」
「確かにそうだ。腹が減ってはつまらん」
 三人は頷きあった。
「なら、しばらく寝て待つか。その間に勝手に増えるだろ」
「そうだな、ここらでまた一眠りしよう。起き抜けにむさぼり食うのを楽しみにな」
「おう、じゃあまた」
「またな」
 そうして巨人たちは、あくびをしながら地底へ戻っていった。

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