見出し画像

グラウンド・ゼロ


私のお腹が出てきたのはいつの頃からだったろうか。いやね、そうたいして出てはいないんですよ。家族が言うほどには出ていないと私は思う。でも、痩せていた昔と較べると、明らかにポコッと膨れてきているから、お腹の中に誰かいるのは間違いない。しょっちゅう喋り声が聴こえてくるけど、おヘソに耳を当ててよく聴いてみようにも、上体を目いっぱい前屈して顔を左右どちらかに向け、耳をおヘソに当てるなんて、サーカスの軟体芸人じゃあるまいし、私にできるわけがない。さてどうしたものかと思案していると、何処からか一角犀がのそのそ歩いて来て、私のおヘソに片方の耳をピタッと当てると、お腹の声を状況説明付きで復唱し始めた。「関東甲信越放送のトラスケさん?」「…ogg…poxqvv…ppx……gppppx……」一角犀によれば、お腹の中はテレビ局のスタジオになっていて、長身美人キャスターのゼッターランドさんが、現地で取材中のレポーターに呼び掛けているそうだ。「関東甲信越放送のトラスケさん?」「……ggqqqvv…ppxx…px……gpppp…」何でもJR中央本線勝沼ぶどう郷駅前に、突如としてグラウンド・ゼロが出現したらしい。「関東甲信越放送のトラスケさん?」「…xqqiix…xkuuioxxjj……kxxx…」あいにく現地は昨夜からの猛吹雪。通信トラブルのせいでなかなか中継が繋がらない。「トラスケさん?」「…wwv…viioqiix…xkkx…ooivv…」「トラスケさん?」「……pppuuui…ppz…oxxjjoiww…」ゼッターランドさんはいい加減イライラしながらトラスケさんを呼び続けている。「トラスケさん?」繋がらない。「トラスケさん?」やっぱり繋がらない。「トラスケさん?」駄目。「トラスケさん?」「…jqoqpp…xoxx……owppzzz…」「トラスケー!!」おーっと終いには呼び付けだ。「トラスケー!トラスケー!」むきになって連呼している。私はトラスケさんなんて知らないが、ゼッターランドさんが気の毒になったので、つい中継が繋がったふりをして、「…ppx…iggvi…ppxggpoxx……ぃトラスケですっ!」と叫んでしまった。それを 聴いた瞬間、ニヤッと笑った一角犀は、おもむろにおヘソから耳を離すと、私を睨み付けながら言った。「やはりお前がトラスケだったか」


Olympus Mons


かすみがかったピンク色の空の下
火星最大の盾状火山であるオリンポス山の山頂に
巨大な合金製の立方体が乗っかっている
地球の富士山が
すっぽり収まってしまうくらい広大な複合カルデラは
立方体の底面に覆われてしまって見ることができない
太陽系の最高峰でもあるオリンポス山の標高は
優に2,5000mを超えるが
立方体の高さを足すとその倍近くになるだろう
鏡のように火星の光景を映し
陽光を反射している立方体の各面に
時折 その内部から外界の様子を窺う
巨大な両眼の映像が現れる
長いまつ毛のパチクリしたおめめがキョロリン
ハートキャッチプリキュア!
キュアマリンこと
来海くるみえりかちゃんの眼だ


(水色)キュアマリン (ピンク)キュアブロッサム


「いや私はトラスケなんかじゃない!」と叫んではみたものの自信がない。私はトラスケなんかじゃ、トラスケなんかじゃ……あれ? じゃあ私は誰だっけ? よく分からない。私は本当はトラスケなのかも知れない。どうもトラスケのような気がしてきた。トラスケのような気が増してくる。トラスケのような気がどんどん増してくる。私のトラスケ度がどんどんどんどん増してくる。私のトラスケ度がどんどんどんどんどんどんどんどん増してくる。私のトラスケ度がどんどんどんど……もうそろそろ私はトラスケだろう。私はトラスケなのか? トラスケ? トラスケなんだ。事ここに至って私は宣言する。何を隠そう私こそトラスケその人である。一角犀の奴めこのトラスケに一杯食わしやがった。私のお腹の中にテレビスタジオなんか無いのだ。大おんな美人キャスターのゼッターランドさんも作り話だ。私はもともと自分自身のお喋りを聴いていただけだったのだ。グラウンド・ゼロなんてどこの駅前を探したってありゃあしない。「果たしてそうかな?」一角犀が薄笑いを浮かべながら言った。その瞬間、私のお腹の中に核爆発の閃光が走り、黒褐色のキノコ雲が立ち昇ると、亡霊のようにグラウンド・ゼロが出現した。そこは破壊され尽くして何も無い、誰もいない空虚だ。「トラスケぇ、お前の空っぽなお腹をツンツンしてやる」一角犀が私のお腹を角で突っつきながら言った。チクチク感がビミョーに心地よい。刺激によって活性化されたのか、お腹のグラウンド・ゼロは徐々に成長を始めている。もしやおめでたか? おめでたなのか? いったい何が? 「もうちょっと膨らんできたらぷにぷにしてあげる」一角犀が流し目を使いながら幼女の声で言った。ぷにぷにというのは具体的にどうやるのか、私にはよく分からないが、語感から察するに、それも悪くなさそうだと思った。


Valles Marineris


キュアマリン応答せよ! 
火星のキュアマリン応答せよ!
こちらハートキャッチプリキュア!
希望ヶ花中学校駐屯員にして来海えりかの大親友
キュアブロッサムこと花咲つぼみですっ!
成層圏を哨戒飛行中 レーダーで把捉後に
オクトパス型探査スコープにて再度確認
JR中央本線勝沼ぶどう郷駅前
スーパー銭湯「ぽっぽの湯」露天風呂にて
TIPEトラスケのグラウンド・ゼロが発生しました!
ただちに対処しないとお腹が
→子宇宙→孫宇宙→ひ孫宇宙……へと
指数的に増殖してしまう
恐れていた多宇宙に跨る空虚の孵化
ひいては重畳ヒッグス場のVertical崩壊が始まる
指令α-187「ANTI-ぷにぷに」の発令を待っていては
遅きに失するかも知れない
キュアサンシャインもキュアムーンライトも
砂漠の使徒に捕まって凌辱のあげく
ブツ切りにされて土手鍋の具になっちゃったの~(T_T) w
だからキュアマリン!
火星のキュアマリン!
いま地球はあなたの力が必要なの
えりか!
早く帰って来て!!



*詩投稿サイト「文学極道」(現在は閉鎖)2014.1月投稿作   
 月間優良作品に選出していただきました。

 
「犀」 木版画:アルブレヒト・デューラー



この記事が参加している募集

私の作品紹介

宇宙SF

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?